225 / 286
225 咎鎖のオオカミ
しおりを挟むかがやきをうしなった鈍い黄金色。
そんな毛をした水色オオカミが、うつむきながら足を引きずるようにして歩いている。
何者かの悪意を形にしたかのようなトゲのついた黒い首輪が禍々しい。
四本の足にも黒の輪っかはめられている。そのすべてからだらりとたれ下がったクサリ。
カラダのあちこちには杭が打ち込まれており、そこからもまたクサリがのびていた。
動くたびにジャラリと音が鳴る。雪原に幾筋もの細長い線を描く。
傷口からは血がジワリとあふれ、杭やクサリを伝う。
ポタリポタリとしたたり落ちては、白のキャンパスに紅い染みをつくっていた。
オオカミが、ふと顔をあげ、こちらを向いた。
互いの目が合う。
だけれどもそこには、あるハズのモノがない。
漆黒の双眸かとおもわれたそれは、二つの穴。
そこからもまた血が流れており、まるで泣いているようであった。
「だいじょうぶなの?」
あまりにも痛ましい姿をしている同胞。
たまらず声をかけた水色オオカミの子ども。
「もんだい……ない」
気だるげな声にて答えた口の端からも血がしたたり落ちる。
ちっともだいじょいうぶそうにありません。心配のあまりオロオロするルクにはおかまいなしに、彼は言いました。
「ワタシは咎鎖(とがさ)のオオカミのソレイユ。こんな場所に何の用だ?」
用件をたずねられましたので、きちんと名乗ってから、知り合いのドラゴンからこの地を一度は訪れておくようにいわれたことを、ルクは説明しました。
話を聞いたソレイユはしばし考え込む仕草をみせたのちに「ふむ」とひとりうなづく。
「なるほどな。そういうことか……。そのドラゴンはよほど賢しいとみえる。この地を見せて、未熟な子に学ばせようとしたようだ。ならば協力せねばなるまい。ルクにはワタシと同じあやまちをおかしてほしくないからな」
「あやまち?」
「そう。……許されざる大罪をワタシはおかした。足元をよくみてみるがいい」
自分の足元にあるのは白い雪ばかり。
堀ったところですぐに固い氷の壁に突き当たる。
「チカラを使って一帯の雪を飛ばしてみろ。そうすればわかるだろう」
言われたとおりにしてみても、やはり姿をあらわすのは底が見えないほどのぶ厚い氷の層ばかり。
北の極界とよばれるここの地面は、どこもかしこもこんな調子です。
いまさらなので、わけがわからずに首をかしげる水色オオカミの子ども。
ニオイもまるでしませんし、これがいったいどうしたというのでしょうか?
地面に鼻先を近づけて、まじまじと眺めていたのですが、その視線があるモノをとらえて、おどろきのあまりおもわずピョンと飛びはね、あとずさったルク。
氷の下にはヒトの顔がありました。
カッと見開かれた目。叫び声をあげているかのような口。真っ青な肌には深いシワが幾筋も刻まている。
恐怖と絶望だけがありました。
そんなものを克明に刻み込まれたヒトの姿。
よくよく見れば、そこかしこに同じような人影らしきモノが……。
この足下には無数の人間たちが氷漬けにされて囚われている。
それがわかってルクは心底ゾッとなりました。
怖気のあまり、頭のてっぺんからシッポの先までの毛が逆立つのをおさえられません。
「わかったか? これがワタシのおかした罪。かつてここは楽園かと見まがうほどに、大地の恵みが豊かなところであったというのに……」
「えぇっ! ほんとうなの?」
ソレイユの話にルクはおもわず声をあげずにはいられません。
いまでは草木の一本も生えていない、こんな場所に緑があふれていただなんて、とても信じられなかったからです。
「あぁ、それなのにワタシがけっしてとけることのない氷と晴れることのない闇で閉ざしてしまった。ゆえに我が身は永遠の責め苦を与えられて、このような浅ましい姿と成り果て、この地に囚われた者らの魂もまた永劫に解き放たれることはない。世界はこの形で固定化されてしまった」
水色オオカミのチカラにて、数多の命をうばい、見渡す限りの大地を氷の世界にかえてしまったと聞かされ、唖然とするばかりのルク。
それに世界の固定化とはいったい……。
わからないことばかりで困惑する子どもに、咎鎖のオオカミが語って聞かせたのは、己が身に起きた出来事。
だれも救われることのない悲劇の物語。
0
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
かつて聖女は悪女と呼ばれていた
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」
この聖女、悪女よりもタチが悪い!?
悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!!
聖女が華麗にざまぁします♪
※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨
※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる