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279 たまご岩の記憶
しおりを挟む塔の内部、その中ほどの宙に浮かんでいるのは大きな蒼い色のたまご岩。
たまご岩の表面から大量にあふれ出しているのは水。
瀑布のごとき勢いにてドバドバ。足下の四角い堀へと注がれ、そこでいったん足を止めたのちに、すぐにそろって門を通って外へと流れていく。
物に宿った何かと通じることができるという、ふしぎなチカラを秘めた茜色の瞳を通じて、この光景をみていたのは水色オオカミのルク。
これによりルクは、このお城みたいな巨大建造物や、あの地底世界について、おぼろげながらもその正体に気がつく。
天地をつなぐ塔は給水のための施設、歪んだ壁沿いの道は水路、そしてトンネルのあった門は水門にて、あの空間はおそらく水を貯めておくためのもの。
かつてはあそこになみなみと蒼い水が満ちていたのかもしれませんが、とてつもない量です。
ひょっとしたら砂の海のオアシスを支えていたのも、その水であったのかも。
ということは、あのたまご岩が壊れてしまったから、すべてがダメになってしまった?
ルクの考えがおよんだのはここまで。
じつはこの地底世界そのものが、砂漠の環境改善のために何者かによって建造されたものであったのですが、そこまではさすがに想像がおよびませんでした。
環境を左右する、それは世界のあり方を意図的に変えるということ。
それは神の御業に匹敵する行為。
はたしてほんとうに可能なのか、許されることなのか。
あまりにも途方もない話。
水色オオカミの思いつく範囲をとっくに超えていたのですから、ルクが理解できなくてもしようのないこと。
「おい、ルクっ、ルクっ、どうしたってんだよ」
自分の名前を呼ぶクルセラの泣きそうな声にて、意識がたまご岩に残された記憶のカケラより、現実へと引きもどされた水色オオカミ。
「あぁ、ごめん。もう、だいじょうぶだから」
強まっていた瞳の茜色が弱まり、もとどりになったルクが答えると、クルセラがいきなり飛びかかる勢いにて体当たり。
「心配かけんじゃねえよ。急にぼんやりとして動かなくなりやがって」
自分の胸に頭を押しつけては、半べそをかいている女の子から恨めし気な目を向けられて、ルクもたじたじとなる。
そんな二頭の様子をだまって見ていたシュプーゲル。
適当なところでクルセラを引っぺがし、「それでルク殿、いったい何があった?」とたずねました。
ルクは自分の瞳に宿るチカラをかいつまんで説明し、さきほど見てきた遠い過去の光景について語って聞かせました。
話を聞き終えたクルセラとシュプーゲルが落胆したのは言うまでもありません。
だって水を産み出すたまご岩は、とっくに壊れてしまっており、かわりになるような品もどこにも見当たりませんから。
かつてのようにオアシスを蘇らせることはむずかしいと判断せざるをえません。
「はぁー」深いタメ息をついたクルセラ。「でも砂の海のナゾがわかっただけでも良しとするか」
なんともサバサバした調子の彼女。わけもわからずに逃げ回るように移動を強いられる生活だったのが、故郷が失われた原因が知れただけでも、収穫だったと言う。
探索の旅は残念な結果に終わったけれども、何も知らないでいるよりかは、よっぽど健全だと笑ってさえ見せました。少なくとも自分が何と戦っているのかがわかったから。
そんなクルセラとは対照的に、なにやら難しい顔をして考え込んでいたのはシュプーゲル。
「いや、ちょっと待て……。オアシスがダメになった理由はわかった。だが、だからとて砂の海が急速に広がりつづけている理由になるのか?」
日中の灼熱と夜間の極寒。その過酷な環境が悪循環となり、あらかたの生き物や植物を拒み、空も大地も乾燥させて、じりじりと広がる砂漠。
ですがこの砂の海の拡大はそんな生ぬるいものではない。広がるにしたって明らかに異常なペース。
だからこそシュプーゲルは疑問を口にしたのです。
「オレの目には、まるで砂そのものが増えつづけているように見える」と。
この意見を聞いて、しばし考え込んだクルセラが言いました。
「たしかに、言われてみればわたしにもそう見える。だとすると……、ひょっとして原因は一つじゃない?」
こくんとうなずいて見せたシュプーゲル。
「とすれば、そっちが判明すれば、あるいは砂の海の拡大は止められるかも」とルク。
それは何の根拠もない希望。
あるいは砂漠の陽炎がみせた幻想なのかもしれません。
それでも彼らは賭けてみることにしました。
となれば、もうここには用がありません。
一行は塔の内部にある階段を使って、とりあえず上へと向かうことにする。
地上に通じていればめっけもの。ダメならばそこからルクが水色オオカミのチカラをふるって、出るまでのこと。
目指すは砂の海の中心部。
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