水色オオカミのルク

月芝

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286 水色オオカミの伝説

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 その日、世界をやさしい風が駆けめぐる。
 ある者は庭先で、ある者は部屋の中で、ある者は森の奥で、ある者は旅の空の下で、それを感じた。
 ふわりと心地よい風が頬をそっとなでる。あるいは髪をゆらす。
 そして想い出されるのは懐かしい友の姿。

「これは……。そうか、ついに己が使命をなしとげたのだな」

 空を見上げてそうつぶやいたのは、小麦色の肌をした背の高い男性。
 彼は人化したグリフォンのルシエル。その腕の中にはスヤスヤと気持ち良さげに寝ている男の赤ちゃんの姿があります。この子は双子の兄のルテク。

「あら? いまの風、なにやらあの子の気配がしたような」

 そう言ったのはティア。
 彼女の腕の中には女の赤ちゃんの姿があります。この子は双子の妹のルルア。
 こちらは目を覚ましており、何やらきゃっきゃっとよろこんでいる。

「ティア、それにその様子だとルルアも気がついているのか。ルクだよ、ルクがついに御使いの勇者の使命をまっとうしたのだ」
「まぁ!」
「いずこかの地にて精霊化したのかはわからんが、なぁに、すぐにトリどものウワサにのぼるだろう。わかったら、みんなで会いに行ってみるか。この子たちのお披露目もせんとな」
「それはかまいませんが、ルシエルさまはともかくとして、わたしでは見ることも話すこともできないのでは?」

 天の国の水色オオカミが、地の国にて御使いの勇者としての使命をまっとうする。
 精霊化し世界を安定させるかわりに、実態を失い、この世界の理からも外れて、その姿を見たり声を聞けるのは、ごくかぎられた者だけとなる。
 ティアはそれを気にしていたのですけれども……。

「ふふふ、以前のティアならば、な。だがいまはちがうぞ」
「?」
「オレの子を宿し産んだだろう。そしてこの子たちはグリフォンの血を受け継いでいる。それを腹に宿していたがゆえに、この子たちを通じて、それはティアの中にもわずかにだが流れているんだ。だからきっとだいじょうぶ」

 と、ここでルシエルの腕の中にいたルテクがパチリと目を開けた。
 赤子はすぐにグズりだしたものだから、夫妻の会話はここで中断。
 子育ては戦争とはよくいったもの。それが双子ともなれば忙しさも倍増に。だけれどもよろこびはそれ以上にて。
 ミルクをあげたり、おしめをかえたりと、慌ただしくもしあわせな時間が過ぎていきました。



 かつて砂の海と呼ばれる土地があった。
 海に例えられるほどの広大な砂漠。
 昼は灼熱、夜は極寒。
 あまりにも過酷な環境ゆえに、ほとんどの生命を拒む場所。
 だがいまはちがう。
 中央には巨大な湖があり、つねに清涼とした水が底よりとうとうと湧き出て、砂漠を征く者たちのノドを潤し、この地に住まうすべての者たちに恩恵を与えている。
 ある日、突如としてあらわれたという湖。
 その出現にともなって、とっくに枯れはてたとおもわれていた近隣のオアシスも息を吹き返し、じょじょにだがかつての緑の姿をとりもどしつつある。
 空にあった黒い太陽は姿を消した。
 だがそのことを知る者はほとんどいない。
 湖の真ん中には高い塔がポツンと佇んでいる。
 この地をおとずれた水鳥や渡り鳥たちが、ツバサを休めている姿がよく見受けられるが、運が良ければグリフォンやドラゴンなどの、生ける伝説を見かけることもあるとか。

 湖のほとりにて、さざ波相手にはしゃぐ幼いオオカミの兄弟がおりました。
 それを見守りつつ、「ほら、あんまり、岸からはなれるんじゃないよ」と言ったのは、左の耳が半分欠けているお母さんオオカミ。
 やんちゃ盛りの子どもたち。イタズラばかりのきかん坊なところなんて、父親の小さい頃にほんとうにそっくり。
 おかげで毎日、たいへんだけれども退屈しなくてすんでいる。
 と、おもったらさっそくやらかしたのは弟の方。
 あれほど注意したというのに、たいして泳げもしないくせに、調子にのって足のとどかないところにまで行ってしまい、バシャバシャとおぼれている!
 あわてて駆けつけようとしたお母さん。
 すると、ちょっとふしぎなことが起こりました。
 岸からはなれたところで、アップアップしていた子オオカミのカラダが、勝手に浅瀬にまでもどってきたのです。
 まるでだれかの手で、そっとやさしく押しもどされたみたいに。
 ワケがわからずに、ちょこんとお座りをした格好にて、キョトンとしている子オオカミ。
 ヤンチャ坊主の頭をゴツンとやったお母さん。
 湖の方を見て「ありがとう、ルク」とつぶやきました。



 ―― 水色オオカミのルク (完) ――


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