異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝

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16 冒険者ギルドにて

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 森でモンスターに襲われた際に、仲間とはぐれ行方不明となっていた男が帰還した。
 仲間たちは無邪気に再会を喜んだが、ギルドの上層部はこれに疑問を挟む。
 神域の森とは最高難易度を誇る場所、そこで仲間とはぐれて大怪我を負った者が、たった一人きりで生き残り戻ってきた。類まれな資質を持つ最上級冒険者や異世界渡りの勇者ですらも踏破不可能の未開の土地を、腕は悪くないが一介の冒険者がである。
 そこでギルドマスター及び、主だった役員らが揃って男を呼び出し詳しい事情を訊く機会を設ける。
 その席で彼の口より語られたのは主に二つのこと。
 一つは森の奥に住む女性について。
 怪我を負い死にかけていた自分を治療し介抱してくれた麗しきひと、あれこそは地上に神が遣わしたという、奇跡の聖女に違いないと熱心に語る男。だがその話を聞いていた面々はどこか胡乱気な顔をしていた。
 先にも述べたが神域の森とは最上級にヤバイところなのだ。そこに女が一人で住んでいるという話だけで、いっきに信憑性が乏しくなる。だからギルドマスターは切りの良いところで聖女云々に関する話題は打ち切らせて、もう一つの重要証言について言及した。
 それはフェンリルを見たという話である。
 人語を話す巨躯をした銀の狼、その佇まいは王者の風格、万物の知性を湛える金の瞳、話す声の荘厳さ、風にたなびく流麗な毛並み……、男は思いつく限りの言葉をもって彼の獣を褒め称えた。こちらの言葉には一同もうんうんと納得するものがほとんど。なにせギルドにて秘密裡に伝承されている事柄と、証言内容に合致する点が多かったからである。

 一通りの聴取を済ませて男を返した後に、ギルド関係者らは協議に移る。
 議題は辺境の廃村デイビィスについて。
 かつては人類の最前線として気勢をあげていた時期もあったのだが、十年ほど前に神域の森より突如として出現したゴルガノドンのせいで、放棄を余儀なくされた開拓村。
 なんどか偵察や討伐隊が組まれるもすべて失敗に終わり、ついに廃棄されることがギルドと国により正式に取り決められた受難の土地。以来、誰も近寄ろうとはしなかったのだが……。
 先ほどの男が遭難していたという場所から一番近いことから、おそらくは彼はそこで女から手当を受けたのであろうとギルド側は考えた。だが先の男の言うことを鵜呑みにはしない。彼らはこうも考えた。あんな場所で女が一人で住んでいるわけがない。だとすれば何処かの流民どもが勝手に住み着いているのではないのか。そしてそいつらが住めるということは、いつの間にかゴルガノドンはどこかに去っていたのではないのかと。
 そこでギルドはとりあえず秘密裡に腕利きを集めた斥候部隊を派遣して、廃村の様子を見に行かせることにした。

 そして斥候部隊に参加していた者たちは、廃村にて信じられない光景をいくつも目撃する。
 
 廃村の中央広場にて、一人の若い女が神域の森に生息する様々な動物やモンスターらに囲まれて、にこやかに過ごしていた。そんな彼女の傍らには銀の狼がまるで傅くかのように寄り添い、口笛一つで大空より舞い降りてきたのは紅蓮の鳥、そして災厄の使徒と呼ばれ恐れられる存在すらをも従えるのみならず、それらを率いて醜く巨大な植物の怪物を前にして一歩も引かず対峙する雄姿をも見せて、斥候部隊の面々の度肝を抜いた。
 ギルドへと報告に戻った彼らは、みなどこか陶酔した目にて口を揃えて、その時の光景を「まるで地上に出現した楽園のような光景」とか「神話の中に登場するような場面」であったと証言する。そして次のような証言でもって報告を結ぶ。

「何度か接触を試みたのだが、どうしても彼女に近づくことは出来なかった」と。

 ギルドでも最高峰の技量を持った彼らをして、まるで隙がなかったという女。
 一体、何者なのであろうか? 究明は冒険者ギルドとして責務だが、ことは慎重に運ぶ必要がある。なにせ向こうにはフェンリルだけでなく、どうやらファイアーバードに白いサイカ、森に生息する数多のモンスターや獣らが付き従っているのだから。迂闊に手を出して下手を打てば、それこそ人類滅亡への引き金になりかねない。そこでしばらくは情報を秘匿し、経過観察に留めることとする。

「彼女は本当に聖女なのだろうか? それとも世界を破滅に導く魔女なのだろうか……」

 一人きりとなった執務室にてギルドマスターは、もの憂げにそう呟かずにはいられなかった。


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