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46 紅い災い。
しおりを挟む神域の森を大きく迂回した地点にある平原にて、王国軍と魔族軍は激突する。
この地では過去に幾度となく両者がぶつかり、多くの血を流していた。
勇者と勇者候補らを多数有する王国軍、総勢二万。
魔族は近隣の砦などから駆けつけた軍勢が一万と五千、だが順次後続が馳せ参じる手筈になっていた。
序盤こそは数の優位性を活かして王国軍が押していたが、それも長続きはしなかった。これは攻める側の士気と守る側の士気に大きく差があったからである。
長雨でぬかるんだ地面を踏みしめての連日の無理な強行軍、その末の戦闘に王国軍の兵らは一向に奮わず、対する魔族側は敵勢を自陣深くへと誘い込んでからの迎撃にて、地の利もあり英気も体力も充分に余裕があった。
誘導されて突出するたびに包囲殲滅されていく王国兵。
いかに勇者が優れた能力を持とうとも、彼らの体は一人一体しかない。東で戦っていれば南が疎かになるし、左を防げば右を突破される。あえて戦線が薄く拡散するように散らす魔族の軍の策に翻弄されて、個別行動を強いられる勇者や勇者候補生ら。しかも魔族たちは彼らとは無理に戦おうとはせずに、すぐに蜘蛛の子を散らすように逃げてしまう。
不毛な追いかけっこにて疲労だけが蓄積されていく異世界人たち。
ただでさえ異様な雰囲気と緊張感にてガリガリと精神力が削られる戦場にあって、彼らはじきに満足に動けないようになっていき、撤退を余儀なくされていった。
こうして初戦は魔族側の圧勝に終わり、王国軍はたった一日にて二千もの将兵を失うこととなってしまった。
二日目は先日と同じ愚を犯さないように、王国軍は斥候を放ち周辺の地理と状況の把握につとめたので、戦闘は散発的に起こるだけであった。
三日目は戦力を集中して、勇者らを先陣に行軍スピードを抑えつつ着実に進撃する王国軍。いかなる挑発や策にも乗ろうとはせずに、ひたすら自分たちのペースにて動く軍勢にはつけ入る隙がなくて、魔族軍も大した成果を上げられずに一日を終える。夜襲も仕掛けたが、こちらも王国兵らの警戒が厚くて思うような効果を出せなかった。
四日目は両陣営ががっつりと組み合う形になり、勇者という武力と数で勝る王国軍が攻勢をかける。しかし昼過ぎあたりから到着した魔族の援軍によって盛り返され、夕暮れ時には痛み分けとなっていた。
そして運命の五日目が訪れる。
朝靄の中、不意に起こった怒号と剣戟と悲鳴。
てっきり敵の朝駆けによる奇襲攻撃かと思った王国軍。だが敵はこれまで見たことのない連中であった。まるで腐りかけた死体のようなものが蠢いている。それらが紅い目を妖しく光らせ、兵へと殺到しては無造作に肉へと喰らいつき、これを引きちぎり、血を美味そうに啜る。そうして喰われた者もまた同様の姿に成り果てて、同胞へと襲いかかってきた。これに軍勢は恐慌をきたした。
これは王国軍だけのことではなかった。
魔族側でも同様なことが起こっていたのである。
ただしこちらは指揮官の判断にていち早く対処したおかげで、被害を最小限に止めて現場を離脱することに成功する。それでも千近くの将兵を失うことになったのだが……。
哀れなのは王国軍であった。なまじ自陣をしっかりと柵で覆い守りを堅牢にしていたために、そこは逃げ場のない袋小路の様相を呈することとなる。
瞬く間に増えていく被害、そのたびに味方は減り謎の敵が増える。
これにいち早く対応したのは異世界から来た人間たちであった。
彼らは敵の正体や性質に思い当たったのである。それが彼らの世界にあった映画やゲームの中に度々登場する、人喰い種や生きる屍と呼ばれる者たちであるということを。
噛まれたり血を浴びると危険だと知っていた彼らは、すぐに柵を破壊して味方を逃がすことに専念する。朝靄の中で敵味方が入り乱れる混戦の中、勇者たちはその名に恥じない働きをした。それでも被害は甚大で全軍の半数近くを失うこととなる。その中には王様や側近らも含まれていた。
なまじ自陣の中でもっとも安全と思われる、中央部に彼らの居場所が集中していたのが裏目となってしまった。
ちょうど渦の真ん中に取り残されたような格好になった王様。
そんな彼を身を挺して守ろうとした者は誰もいなかった。
王国軍敗走、魔族軍撤退、謎の敵出現の報を私は魔族の使者から受け取った。
まるで伝染病のように広がる性質を持っているので、くれぐれも注意して下さいとの魔王からのメッセージ付きで。
これに遅れること三日後、今度はギルドマスターより同様なことが書かれた手紙が届いた。
この二つの報せを受けて考え込んでいたシルバーが、おもむろにその謎の敵を見てみたいと言い出す。なにやら心当たりがあるみたいなご様子。
「一人で見に行ってくる」
そう言う彼に「水臭いぜ、相棒」と私は応じて、すぐさま旅支度を始める。いくら出不精とはいえ家族にも等しい仲間を、一人ぼっちで行かせるほど薄情ではない。
レッドやシロも、もちろんついて行く気満々である。
なおも渋るフェンリルに「いざとなったらレッドに乗って空に逃げるから。そうしたらシルバーも全力を出せるでしょ」と説得してどうにか納得させる。
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