にゃんとワンダフルDAYS

月芝

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002 音苗家の秘密

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 夕陽のような茜色の毛並み。
 胸元からお腹にかけてと四肢の先が白い。
 すらりとした容姿をしており、尾は長くゆらゆら。
 瞳は翡翠色……ご近所ではあまり見かけないタイプかも。

 突然、胸が痛みだして気が遠くなったとおもったら、ネコになっちゃった!
 パニックを起こし、ネコの和香は「にゃあ! にゃあ! にゃあ!」
 玄関で騒いでいると、パタパタとスリッパの音が近づいてくる。
 家の奥から姿を見せたのは母の和子(かずこ)であった。
 和子はおっとりした性格にて、いつもほんわか。人を落ち着かせる雰囲気を持っており、ご近所の口うるさい老人たちも、和子の前だと途端に借りてきたネコになるから不思議。

「にゃにゃーん! (お母さーん!)」

 和香は母に助けを求めようとするも、あることに気がつきピキリと固まった。
 なにせいまの自分はネコである。
 そんな姿で飛びついたとて、母に娘だとわかるはずもなく……
 普通、見知らぬネコが勝手に家へとあがり込んでいたら、どうするであろうか?

「ぐるるるるる。(うぅ、追い出されちゃうよぉ)」

 喉が震える。
 己が置かれた危機的状況を悟って、和香はがくぜんとした。
 家から追い出されたら野良暮らしが待っている。
 キャンプもろくにしたことがない自分が、はたして外の世界でやっていけるのだろうか。
 ネズミを獲ったり、ゴミ箱を漁ったりするの?

(……うん、わたしには無理)

 和香は早々に結論を下した。
 三日ともたずに野垂れ死ぬ自信がある。

(あぁ、こんなことならばせめて、テレビの無人島サバイバル番組をちゃんと視ておくんだった)

 和香はとても後悔した。
 けれども、それはいらぬ杞憂であった。
 なぜなら……

「あらら? 和香ちゃん、お帰りなさい」

 これには和香の方がきょとん。
 母の態度があまりにも意外な……いや、普通の反応にて。
 てっきり問答無用で叩き出されるものとばかり思っていたのに。
 なんと! 母の和子はネコになった我が子をあっさり受け入れたのである。

(???)

 わけがわからない。
 呆気にとられ、尻尾をピンとのばし固まる和香。
 和子はそんな我が子を馴れた手つきで、ひょいと抱きあげたかとおもったら、うれしそうに頬擦りしたり撫で撫でしたり、はてには鼻をお腹に押しつけ「スゥハァ、スゥハァ」とネコ吸いをしちゃったり。

「あらあらあら、かわいい。うちの子、超かわいい、たまんないわぁ」
「にゃ? にゃ? にゃ? (ちょ、ちょっと待ってよ、えぇーっ!)」

 戸惑うばかりの娘をよそに母はご満悦のよう。
 パタパタ、スリッパを鳴らしながら、向かったのは同居している祖母の部屋であった。

  ◇

「母さん、母さん、ねえ、母さんってば」
「なんだい、いい歳してパタパタ廊下を歩くんじゃないよ。みっともないったらありゃしない」
「むぅ、歳のことは言わないでよ! それよりも、ほらほら、これ見て。じゃじゃじゃじゃーん」
「うん、おや? そのネコは……和香なのかい。そうか、あの子がねえ。そうか、そうか」

 ネコになった娘を、うれしそうに披露する母。
 これまた母と同じくひと目で和香の正体を見破り、なにやらウンウン感慨深げなのは祖母の斗和(とわ)だ。
 斗和はかくしゃくとしており、とにかく活動的でフットワークが軽い。祖父が亡くなってからは、俳句やら合唱をはじめとした十ものサークルに参加しており、老後をエンジョイしている健康優良老女。
 母と祖母に挟まれたネコ姿の和香は、さっきからずっと頭の中にハテナマークを浮かべっぱなし。
 すると祖母がネコとなった孫の頭を優しく撫でながら教えてくれたのは、我が音苗一族の秘密であった。

「いいかい、よくお聞き和香。じつはね……、うちの家系には猫又の血が混じっているんだ。それでときおり子孫の中に、おまえみたいなのがあらわれるんだ。
 いわゆる先祖返りというやつだね。発現する能力はまちまちだけど、共通しているのがネコになれるってことなのさ。
 あー、あわてなくても大丈夫。心配しなくてもちゃんと人の姿に戻れるから、安心をし」

 それを聞いて和香はほっと胸を撫で下ろす。
 自由奔放、ネコのような生き方にはちょっと憧れるものの、さすがにずっとこの姿では困る。学校だってあるし。
 でも安心していられたのも束の間のことであった。
 続く祖母の言葉にギョッとして髭(ひげ)がピンと立つ。

「にしても、まさかうちみたいな傍流(ぼうりゅう)に先祖返りが出るとはね。
 おめでたいけど、本家のゴタゴタに巻き込まれなければいいんだけどねえ」

 音苗一族……
 とはいっても、うちは本家からかなり遠い支流の隅っこ。ほとんど赤の他人みたいなものにて、付き合いはないにも等しい。一族の会合とかにも呼ばれないし、お中元やお歳暮のやりとりもなく、せいぜい年賀状を出している程度の間柄なんだとか。
 いちおう和香が生まれたときには、本家へ挨拶にいったらしいのだけれども、赤ちゃんの頃の話にて、和香はまったく憶えていない。
 先祖返りについては、もちろん一族だけの秘密。
 でもって、もしも先祖返りがあらわれたら、すぐに本家へ報告することが義務付けられているんだとか。
 いわゆる一族の掟というやつである。

「そういうわけだから、いまからこの子を連れてちょっくら本家に行ってくるよ」

 と、祖母の斗和。
 持ち前のアクティブさを発揮する。
 ネコになった和香を軽自動車の助手席に乗せ、自身がハンドルを握っては、さっさと出発してしまった。


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