にゃんとワンダフルDAYS

月芝

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003 奥の院の御所さま

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 いろいろありすぎて疲れていたのだろう。
 車が走り出してすぐに和香はウトウトし始め、斗和の勧めもあってそのまま寝てしまった。

 次に和香が目をさますと、すでに陽はとっぷり暮れており、周囲の景色は一変していた。
 夜空には、まん丸お月さま。
 前後左右どこを見ても木、木、木……な山の中。
 月明かりの下、山道を走ること、さらに一時間ほど。
 ようやく到着したのは寺の参道みたいな石段があって、立派な門を構えているお城のような屋敷の前であった。

「にゃっ!?」

 あまりの大きさにネコ姿の和香は、ぽかん。
 そんな孫を胸に抱き、祖母は石段をのぼっていく。
 門前につくもインターフォンは見当たらず。
 和香がどうするのかとおもっていたら、祖母はなんら臆することなく口上を述べた。

「先ほどご連絡をさせていただいた分家の斗和です。ご開門願います」

 張りがあってよく通る声、合唱サークルに参加しているだけのことはある。
 堂々とした名乗りにて、和香はちょっとカッコいいと思った。

 ギィイィィィィィィ。

 声に応じて門の扉がゆっくりと開いていく。
 けど、門の裏には誰の姿もなかった。

(見た目は厳めしくて古風だけど、もしかして自動ドアなのかしらん?)

 和香は小首をかしげる。
 門の奥はいくえにも曲がりくねった坂となっており、これをおっちらおっちらのぼること十分ほど。
 ようやく屋敷の玄関へと到達する。
 その頃にはさしもの祖母も、ちょっと息切れをしていた。
 ずっと抱かれて楽をしている和香はもうしわけない。

 玄関からは旅館の仲居さんのような方に案内をされて進む。
 学校みたいな長い廊下、照明は控えめにてちょっと薄暗い。
 けれども、いまの和香はネコなので夜目が利く。だからわりと奥の方までちゃんと見えている。
 廊下沿いには襖やドアがたくさん並んでいた。それだけたくさん部屋があるということ。
 本当にその辺の小学校よりも大きいのかもしれない。

(これが音苗家の本家のお屋敷なんだ。もしかしてすごいお金持ち? けど、なんだか……)

 しぃんとした邸内にて、ヒシヒシと感じるのは人の気配と視線である。
 ひとりやふたりじゃない、もっと大勢が息を殺しては、じっとこちらの動向をうかがっている……っぽい。
 当人らはこっそりバレないようにしているみたいだけど、丸わかりだ。
 どうしてそんなことまでわかるのかといえば、いまの和香がネコだからである。
 目だけでなく、そういったものを捉える感覚をも鋭くなっているらしい。

(なんだか感じ悪いなぁ)

 ぶっちゃけ見世物にされているようで、あんまり気持ちのいいものではない。
 好奇だけならばまだしも、視線のなかには明らかにトゲトゲしいものまで混じっているし。
 どうやらみんながみんな、自分たちの来訪を歓迎してくれているわけではなさそうだ。
 おかげでさっきから、お尻のあたりがムズムズしてしょうがない。
 和香は早くもげんなりしており、ブルリと軽く身震いしてから、祖母の腕の中にて丸まった。

  ◇

 途中、何度か角を曲がっているうちに方角を見失う。
 迷路のような広い屋敷内、奥にあったのは家の中に建てられた神社のような場所であった。
 奥の院と呼ばれる区画。
 拝殿にあがるとそこにいたのは………………、一匹のネコ?

 月の光を浴びた新雪のごとき白さ。
 瞳は金色にて目つきはやや鋭いが、まろ眉がかわいい。
 けど、左目のところにある向こう傷が、せっかくの愛らしさを台無しにしている。
 そのくせ妙に傷が似合ってもいるから、う~ん、これは……凛としたカッコかわいい系?
 ふたつに分かれた尾っぽが、優雅に揺れていた。

「おっ、待ってたよ。ひさしぶりだね斗和、元気にしてたかい?」
「はい、おかげさまでつつがなく。御所さまもほんにお変わりなく」
「ははは、まぁね。こちとらとっくに隠居の身だからね。気楽なもんさ」

 気安く挨拶に応じる白ネコ。
 言うなり、ドロン!
 人の姿へと変じた。
 波打つ白髪が、胸のあたりにまでのびている。
 紺の小袖を粋に着流し、淡い青と白の市松模様の羽織をはおっては、どっかと胡坐をかき、手には煙管を持っている。その姿は、まるで時代劇に登場する博徒の女親分さんのよう。
 なんとも貫禄のある御所さま、迫力がある。
 ジロリとにらまれただけで、和香は「にゃっ!」と首をすくめてプルプル。
 すると御所さまは「がはは」と破顔した。「悪い悪い、べつに怖がらせるつもりはなかったんだよ。ちょっと能力をたしかめようかとおもってね」

 先祖返りをすると、ネコになるだけでなく異能も身につくとのこと。
 けれども、それは十人十色なんだとか。
 というわけで、和香の身柄は祖母から御所さまへと委ねられた。
 両脇の下へ手を差し入れられては持ち上げられ、うしろ足がぷらんぷらん。縦にびよーんとのびる和香の体。
 ネコの体ってこんなにものびるのかと、自分でもびっくりしている和香を横目に、御所さまはまじまじと観察する。
 で、おっしゃることにゃあ……

「ふむふむ、授かった能力はふたつ。ひとつは他の動物たちと話せることだけど、う~ん、もうひとつはまだ目覚めてないから、ちょいとわからないねえ」

 動物さんたちとお話しができるだなんて、なんて素敵にメルヘンちっく!
 しかも種族の垣根を越えて会話ができるだなんて、ちょっとすごくない?
 もうひとつの方は現時点では不明、おいおい発現するだろうとのこと。
 まぁ、それはさておき、まずはやるべき大事なことがある。
 それは……

「え~と、和香。あんたにはとりあえずこれから修行をしてもらうよ。とにもかくにも、人間の姿に戻れるようにしないと話にならないからねえ。
 まずは滝に打たれて、禊(みそぎ)からだな。いまの季節、まだちょっと水が冷たいけど、なぁに若いんだから大丈夫だろう。
 さてと、あんたには学校もあることだし、あんまりのんびりとはしていられないから、ちゃっちゃといこうか」

 言うなり、御所さまに首根っこを掴まれて和香はドナドナされていく。

「うにゃにゃーっ! (へっ、修行? 聞いてないよーっ!)」

 ジタバタ暴れるも逃げられない。
 そんな孫娘に祖母は手を振り、「がんばれ」と笑顔で見送った。


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