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004 くんかくんか
しおりを挟む一限目が終わった五年二組の教室にて――
三日ぶりに登校した和香は、自分の席でぐったり机に突っ伏していた。
「ワカちゃん、ワカちゃんってば、ねえ、ちょっと大丈夫なの?」
そこへ声をかけてきたのは、スズちゃんである。
スズちゃんこと赤宮五十鈴(あかみやいすず)は、クラスで一番の仲良しの子。
「あー、うん平気。ちょっと体がダルいだけだから」
心配してくれる友人に、和香はにへら。
学校には風邪で病欠と連絡していたが、本当は御所さまのところで修行をしていたからだ。
じつは今朝方、ようやく自宅へと戻ってきたばかり。
修行は……きつかった。
凍えそうな水による滝行に始まり、あれやこれやと思い出したくもないことをやらされ、どうにかネコから人間へと戻れるようにはなったものの、力の制御がまだまだ甘い。
かといって、あんまり学業をおろそかにするのもよろしくない。
そこでキリのいいところで、いったん修行を切り上げたという次第。
でも、いまのままだと何かのひょうしにネコになりかねない。
大切なのは平常心を保つこと、御所さまより口を酸っぱくして言われている。
ゆえに今後も自主練を続けながら、週末には本家へと顔を出し、御所さまから継続して修行をつけてもらうことになっている。
ちなみに御所さまによれば「和香はちょいと不器用だねえ。センスもいまいちだし。でもそれでこそ教えがいがあるってもんさ」とのこと。
ぐぬぬぬ。
悔しがっている和香だが、そうとは知らぬスズちゃんはいつも通りにて。
「にしても本当に心配してたんだよ、ワカちゃん。だってプリントと給食のプリンを届けに行ったのに、熱で寝込んでいるからって、ちっともお見舞いできなかったんだもの」
「ごめんねぇ、スズちゃん。でも、ほら、もうすっかり元気になったから」
「……本当に? 無理してない? ちっともそうは見えないんだけど。だって目の下にひどいクマができてるし」
「えっ、うそ!」
「本当よ、ほら」
スズちゃんがコンパクトミラーを貸してくれたので、確認してみたらばっちりクマができていた。なかなかにひどい顔である。
今朝はドタバタしており、ちゃんと鏡を見ていなかった。小学五年生にもなる乙女にあるまじき失態。和香は心の中で「やっちまった!」と叫ばずにはいられない。
でもって、そんな時にかぎって――
「あっ、音苗さん、もう体の方はいいの?」
さらりと声をかけてきたのは古峰玲央であった。
とあることがきっかけで、接点を持つことになったクラスのキラキラ王子さま。
和香はあわてて顔を伏せる。ある意味、いまもっとも顔を見られたくない相手だからだ。
べつにワンチャンあるかもなんて期待はしていない。でもイケメンの前では、それなりのクオリティを保ちたいというか、見栄を張りたいというか……ねえ?
そんな微妙な女心を察してくれたスズちゃんが、さりげなく友人を隠すようにして立つ。
持つべきものは頼りになる女友達である。
「う、うん。ちょっと熱が出て寝込んだだけだから、もう平気。それよりも古峰くん、このあいだはありがとう。あの時はちょっとパニクってて、ちゃんとお礼を言えなかったから」
「ははっ、どういたしまして。キミにケガがなくてよかったよ。それじゃあ、病み上がりだからあんまり無理をしないようにね」
そう言って王子さまは去っていった。
一連の言動に淀みはなく、さながら清流のごとし。まったくもってジェントルマンかつスマートである。他のぼんくら男子たちとは大ちがい。
にしても、とくにコロンとかをつけていないはずなのに、残り香がいいニオイがする。
和香とスズちゃんはふたりして、くんかくんか。
「……ねえ、ところでワカちゃん、さっきのあの意味深なやりとりってば何?」
「ん? なんのこと」
「このあいだは~、とかなんとか」
「あー、いや、べつにたいしたことじゃあ……」
「ほぅほぅ、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能にして、学校一のモテ男である王子さまな古峰玲央と親し気にしていたことが、べつにたいしたことないだと?」
「え~と……その、あの」
「さぁ、さぁ、さぁ、そこのところ、キリキリ白状してもらおうかしら」
言いながらスズちゃんが両手をワキワキさせる。
和香はやばいとすぐに逃げようとするも、少しばかり遅かった。
スズちゃんのくすぐり攻撃を喰らって「ぎゃははは」と悶絶。
結局、和香はあらいざらいをしゃべらされるハメとなった。
が、ことはそれだけではすまなかった。
なぜなら相手はファンクラブがあるほどの大人気な王子さまなのだ。
そんな王子さまが自ら声をかけた女子がいる。
という噂は、瞬く間に校内を駆け巡り、これに触発された者たちが動き出す。
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