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005 壁ドン
しおりを挟むいま、和香はとても困惑している。
放課後のことだ。
掃除の時間、量が少なかったから、ひとりでゴミを捨てに行ったのだけれども……
校舎裏をテクテク歩いていると、不意に女子の集団に囲まれた。
とおもったら――いきなり、ドンッ!
壁に手をつき、こちらを見下ろしてくるのは隣のクラスの女の子である。
小学五年生女子の平均身長よりもやや低い小柄な和香、それと比べて頭ひとつ分ほど大きい。
スラリとした体形にて、小学生に人気のあるブランドの服をばっちり着こなしている。ロングの巻き髪&ハーフアップな、お嬢様然としたヘアースタイル。
この美少女の名前は、三輪瑠璃(みわるり)。
隣のクラスの女子の中心人物にて、同学年のファッションリーダー的存在でもある。
そんな彼女に壁ドンをされて、和香は内心「ひょえぇぇぇ~」
和香を囲む一団が急にガサゴソ。
いったい何ごとかとおもいきや。
女子たちが一斉に取り出したのは一枚のカードである。名刺ぐらいの大きさにて、ラミネート加工が施されたそれは………………会員証?
てらてらした表面には『玲央さまファンクラブ』と明記されており、氏名と会員番号が印刷されている。
ちなみに三輪さんは会員番号一番だった。
他の子の番号はまちまちだけど、二百番台の子も混じっている。会員数は三桁におよんでいるようだ。ファンクラブの存在は知っていたが、よもやこれほどの規模とはおもわなかった。
すごい熱の入れよう。
だけど、推し活が強すぎてちょっと引き気味の和香。
それに対して、三輪さんは「え~コホン」と軽く咳払い。
「ところで五年二組の音苗さん……あなた、ここのところ古峰くんと、やけに親し気であると聞いたのですけど?」
声を荒げるでもなく、言葉遣いはやんわりしている。
けれども、目の奥がちっとも笑ってない!
でもその言葉を受けて、和香は遅ればせながらいまの状況に合点がいった。
どうやら意図せずして、自分の行動が彼女たちを刺激してしまったらしい。
だから和香は古峰くんとの間にあったことを、ありのまま吐露する。
さっきスズちゃんに話したので、誰かに説明するのは二度目だ。おかげでスラスラしゃべれた。
ハチに襲われて困っていたところを助けられた。うしろから抱きしめられたことについては、もちろん黙っておく。これはスズちゃんにも言ってない。
でも、それで納得してくれたらしい。
三輪さんは壁ドンを解除した。
「……なるほど、そういうことでしたのね。わかりました、さすがは古峰くんです。いいエピソードをいただきました。さっそく次号の会報誌に掲載したいとおもいます。情報提供、感謝します。あっ! そうだわ、よろしければこちらをどうぞ」
そういって渡されたのはA4サイズの一枚の紙。
ファンクラブの勧誘チラシにて、申し込み用紙にもなっている。
え~と、なになに一般会員の月会費が二百円で、プレミアム会員は五百円。なおカードの再発行には百円かかるのか……
和香がチラシをしげしげ眺めているうちに、「では、ごきげんよう」と三輪さんと仲間たちはさっさと行ってしまった。
かくして嵐は去った。
囲まれたときにはどうなることかとおもったが、とりあえず無事でなにより。
「ほぅ」
和香が安堵の吐息を漏らしたところで、ひょっこりあらわれたのはスズちゃんである。
「いや~、ごくろうさん。とんだ災難だったねえ」
「あっ! もしかしてずっと隠れて見てたの?」
「ずっとじゃないよ、途中からだよ。派手な女子の一団がぞろぞろ移動しているのを見かけたもんで、気になってあとをつけたら……ね」
「だったら助けてくれたらよかったのにぃ、スズちゃんの薄情者~」
和香が口を尖らせると、スズちゃんは肩をすくめた。
「やれやれ、あんまりムチャをいわないでよ。だったら訊くけど、もしも逆の立場だったらワカちゃん、横から口をはさめた?」
「うっ、それはたしかに……ちょっとムリかも」
「でしょう? もちろん連中が乱暴なことをするようだったら、すぐに非常ベルを押すつもりだったけど。いや~、じつは前から一度押してみたかったんだよねえ、アレ」
ボタンがあればポチっとしたくなる。
気持ちはわからなくもない。
とはいえ、学校の廊下にあるのは用途がちがう。そこはふつうに先生を呼んできてほしい。
さらりとトンデモナイ願望を口にするスズちゃんに、和香はジト目を向けずにはいられない。
そんな和香の手からチラシを引ったくり、ざっと目を通しスズちゃんはフムフム。
「ところでワカちゃんはどうするの? せっかくだからファンクラブに入会する? プレミアム会員になったら、三輪さん主催のお茶会に招待してくれるって書いてあるけど」
三輪さんの家はお金持ちである。
大きな家に住んでいるし、お父さんは会社の社長、お母さんはプロのピアニストとして活躍していることは、校内でも広く知られたこと。
彼女は見た目だけじゃなくて、正真正銘のお嬢さまなのだ。
そんな三輪さんの自宅にお呼ばれしての優雅なティータイム。きっと美味しいスイーツとかでもてなされるはず。
だがしかし……
「五百円はちょっときびしいかなぁ」
と、和香。
自分のお小遣いの額、懐事情をかんがみると、おいそれとは払えない。いくらお得だとはわかっていてもだ。
よってファンクラブへの入会は却下。
じゃあ、スズちゃんはどうかといえば、こちらもぜんぜん乗り気じゃない。
そもそもスズちゃんは『イケメンは離れたところから眺めるぐらいがちょうどいい』という考えの持ち主にて。
そういうわけで、和香はスズちゃんから返してもらったチラシを折りたたんで、ゴミ箱に捨て……るのはちょっと怖かったので、スカートのポケットにそっとしまった。
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