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006 ホワイトナイト
しおりを挟む――あっ、やってしまったかも。
和香はおのれのうかつさを呪った。
三輪瑠璃が率いるファンクラブの面々にからまれたあとの帰り道、いっしょに下校していたスズちゃんとは、橋のところでバイバイしてすぐのこと。
ついいつものクセで足を運んでしまったのが、土手道である。
ここはいろいろあった場所、ハッと気がついた瞬間、あの時の記憶が鮮明にフラッシュバック!
とたんにボンッと顔が真っ赤になった。
(そんな……教室で古峰くんから直接声をかけられた時には、何ともなかったのに……)
もしかしてさっきの影響?
自分でも気づかぬうちに強いストレスを感じていたのかも。
動悸がどんどん激しくなっていく、抑えられない。
このままだと変身してしまう。
御所さまから「平常心、平常心」と修行中に何度も注意されていたというのに、油断した。
(マズイ、ここだと丸見えだ)
能力がバレることは、もちろん御法度である。
いまどき、ネットに動画なんぞをあげられたらシャレにならない。
和香は急ぎ土手道から河川敷の方へと降りた。
キョロキョロ、周囲に誰もいないことを確認してから、近くの繁みへと潜り込む。
◇
ガサリと音がして、繁みの奥からあらわれたのは一匹のネコ。
和香が変じた茜色のネコである。
「にゃお~ん。(まいったなぁ)」
たしかに修行で人間の姿に戻れるようにはなったけれども、一度ネコの姿になると最低でも二十分間は元に戻れない。変身に必要な気がたまるのを待つ必要がある。
まだまだ未熟な和香は、御所さまのように変幻自在とはいかないのだ。
なんだそれぐらいの時間なら……とおもうかもしれないが、たかがニ十分、されどニ十分である。短いようで、これがけっこう長い。
それにあなどれないのだ。自分の家とかならばともかく、とくに外の世界では……
「うんにゃあぁぁぁぁぁぁー! (おーたーすーけー!)」
叫びながら必死に走っているのは茜色のネコ。
これをバウバウと吠えながら追いかけているのは、ゴールデンレトリバーである。
散歩中であった飼い犬が、和香の化けたネコを発見したとたんに、ぶんぶん尻尾を振って大興奮! 飼い主の制止もきかずに、ピューッと単身追いかけてきた。
大きなイヌがいきなり向かってきたもので、驚いた和香が逃げたのもよくなかった。
「にゃにゃにゃー! (こっちこないでー!)」
和香はネコになれるほかにも、他の動物たちと会話できるという異能を授かっている。
だから話しかけてみたのだけれども、かえって逆効果となった。
「わんわん、わおーん。(あれ? きみ、ネコなのにイヌの言葉がわかるの。なんで? ねえ、なんで?)」
まだ若い子であったらしく、言葉が通じることを不思議がり面白がっては、ベロを出してハッハッハッ。ますます興奮するばかりで、いまひとつ話が通じない。
どうやら言葉がわかることと、コミュニケーションが成立することとは、また別であるようだ。
あと、この子はたぶん『待て』が得意じゃないタイプなのだろう。
キラキラした瞳を見ればわかる。
悪気はないのだ。好奇心に突き動かされているだけのこと。
とはいえ、この勢い……もしも掴まったら、きっとじゃれつかれてオモチャにされちゃう!
向こうは遊びのつもりでも体格差がある。やられるほうはたまらない! ボロボロにされる自分の姿が容易に想像できる。
だから和香は必死になって逃げた。
そのうちに、フェンスが張ってある場所へと通りがかったもので、そこをシュタタタと駆けあがり、向こう側へと逃げ込んだのだけれども――
「んにゃっ!」
トイプードル、チワワ、柴犬、ダックスフンド、ミニチュアシュナイザー、フレンチブルドック、シーズー、ビーグル、ドーベルマン、ハスキー、ラブラドールレトリバー、ゴールデンレトリバー、ダルメシアン、ボルゾイなどなど。
小さいのから大きいのまで、多種多様なイヌたちがわんさか。
よりにもよって逃げ込んだ先は、ドッグランであった。
みずから死地へと飛び込んでしまった和香は、顔をひくつかせそろりそろり、ゆっくりあとずさっては回れ右。
でも少しばかり遅かった。
目ざとい一頭に気づかれてしまう。それをきっかけにして周囲のイヌたちにも、ドッグランにネコがまぎれ込んでいるのがバレてしまった。
でもって、ここに連れて来られるようなワンちゃんたちは、基本的に遊びたい盛りで元気ハツラツ、理性よりも「ごはん」「遊ぶ」「寝る」「飼い主大好き」が、頭の中の大部分を占めているやんちゃな子ばかり。
イヌたちは、スペシャルゲストの登場に耳をピンと立てては尻尾をぶんぶん!
一頭が「わおーん。(ひゃっほう)」と駆け出したのにつられて、「僕も」「私も」とあとに続く。
「にゃにゃにゃーっ! (うそでしょう!)」
ドドドドッ、土煙をあげて押し寄せるイヌの群れ。
一頭だけでもたいへんだったのに、数がいっきに増えちゃった!
和香は泣きべそをかきながらキャアキャア逃げ惑う。
だが、それもあまり長くは続かない。
しょせんは多勢に無勢である。気づけばドッグランの隅へと追い込まれていた。
イヌたちに悪気がないのはわかっている。
でもいまの和香は非力なネコの姿にて、怖いものは怖い。
どうやらこの姿の時には、人間の時よりもネコの感覚に引きずられるようだ。というか、この数に囲まれたら、たぶん人の姿でも怖い。
どうにかなだめようと声をかけるも、かえってイヌたちは「わんわん」騒ぎだす。
火に油を注ぐことになった。
異種族間交流は本当にむずかしい。
絶対絶命のピンチである。
だが、その時のことであった。
「わんっ。(そのへんでかんべんしてやれ)」
吠えたのは白のシェパード。
他者を圧倒する存在感にて、長く通った鼻筋、キリリっとした顔立ち、雄々しいながらも佇まいに品がある。
イヌだけど、ツルの一声であった。
ドッグランで一目置かれている存在なのか、白のシェパードのひと吠えにより、騒ぎはピタリと鎮まり、一同は即解散となる。
おかげで助かったのだけれども、和香は気が抜けてしまいへたり込んでしまった。
そんな茜色のネコの襟首を、白いシェパードは甘噛みにてくわえるなり、ひょいっとフェンスの向こう側へふわりと投げた。
「わう。(さっさとおうちにお帰り)」
高い知性を感じさせる黒い瞳。
その眼差しはとても優しかった。
目が合った瞬間、和香は不覚にもイヌ相手にドキリ!
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