彼はやっぱり気づかない!

水場奨

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5話 sideシフォン

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坊が人間を連れてきた。
なんだか人間の匂いのしないやつだな。
『とう様、この人がきっとこの沼を綺麗にしてくれるよ』
……坊。

『坊、よく聞け。人間が命を燃やせるのは1度きりだ。この沼は浄化できまい』
坊に伝えると、がーん、とショックを受けたまま固まってしまった。

『何を悩んでいる、坊主』
我は坊の連れてきた坊主をよく見る。
見れば見るほど、人間らしくない、ふむ。

「俺がものすごい力持ちだったらよかったのにな、と思って」
『なんでだ?』
「犬さんを引っ張り上げたいからかな」
坊主が言うと、固まっていた坊がパッと飛び上がった。

『そうだよ!とう様を助けるための方法が他にもあったんだ!僕よりはお兄ちゃんの方が力があるもん!』
坊の嬉しそうな声を聞いていると、なんだか愉快な気分になってきた。
どのみちこのままならば、ただ死ぬのを待つだけだ。この坊主に力を与えてみるか、という気分になってきた。

それにしても、我を訪ねてきた人間に力を授けること10回ほど。
我がこの世に生を受けて2000年は経ったか。
結界内にたどり着ける清純な魂を持ち、崇高な志を持つ者の数はそのぐらいであったのだろう。
この坊主が結界内にたどり着ける人物であるかは知らぬが、結界外ここで会えたのは何かの縁なのかもしれぬ。

『なるほど。坊主、本当にその願いでよいのか?」
「おう。構わないぞ」

ふむ。
今までの人間は浄化であったり魔力量であったり、下手をすれば天災を起こせるほどの大きな力を望んだものだが、それは望まぬのか。
この坊主、案外結界内にもたどり着いていたやもしれぬな。

『……それほどに言うなら良かろう。代替わりを控えた我が、他に力を与えられるのはこれが最後のことだ。正統な手続きで坊に引き継ぐためにも、その願いを叶えそなたにパワーを与えよう』

光属性 癒し 治癒
闇属性 混沌 安らぎ 毒耐性
火属性 発火
水属性 出水
風属性 重力操作
土属性 硬化 軟化

ふむ。割と残っておったな。
他者に譲渡できるはずの力は全て、この坊主に与えよう。
属性によっては僅かしか譲ることのできない物もあるが、それは致し方あるまい。
なぜか人は火属性と光属性を望むからな。光属性や闇属性は適性がなければ譲れぬ故まだ残っておるが、水属性と火属性は譲ってやれるギリギリ、ほんの僅かしか残っておらぬ。
坊主に元からの素質がなければ、モノにするまでちと骨が折れるかもしれぬな。


まあそうは言っても、ここからは自分で努力すればレベルも属性も増やすことができるのだ。
坊主が自力で頑張る他あるまいよ。



まさか力の譲渡をした後、あんなことになるとは思っていなかった我である。



『あ、そういえばお兄ちゃんね。血が流れて死にそうになってたから、僕の胆力をいっぱいあげたんだよ!
人間の血と胆力って似てるんだよね?』

『は?』

坊?

胆力あげちゃったの?魔力じゃなくて?

で、それを知らず、僅かでも残っていた譲ることのできる属性の全てを、我与えちゃったよ?

我は坊主を見て、坊を見て。

ん、あの坊主、もう人間ではなくなったかもしれんが、ヤツが気づくまで黙っておろう、と決めた。


☆☆☆


我に畏怖の念を持たぬ人間は初めてだ。
普通の人間は我を怖れるものである。

だからだろうか。

坊主サフィを探して結界外をうろちょろしている人間がいるのは。サフィは気づいていないようだがな。
雪がちらつき始めた中、ひと月経ってもそんな人間が減らぬということは、それだけこの坊主が好かれていたということであろう?

人は人の中で生きた方がよい。
それほどまでに帰りを待ちわびる者達がいるのならば、帰してやるべきだろう。
いずれサフィにも生涯を共にする連れ合いが現れる。
人は1人では生きられぬのだから。

そういえば、御山殿の愛子殿は今も1人でおるのだろうか。
愛子殿が救われねば、この世は生きにくい世になっていくであろう。
そうとわかっておれば、尚更坊主を鍛えねばならぬか。
森で何日か1人で過ごせるすべを身につけさせ、結界の外に出してやらねばならない。
その時我らはついて行けないのだから。
我らはそう簡単に人間に姿を見せるわけにはいかないからな。


しかし、坊主サフィ……。

寒さに耐えられず、冒険者達が置いていった荷の中から選んだ防寒具。
大人のロングコートとかいう物のせいで、裾がズルズルと地面についておるぞ。
あああ、急に向きを変えたら裾を踏んでしまうぞ!

ほら、言わんことない!
転んでしまったではないか!

「ちょ、ちょっとやめろって!」
顔から転んで血が流れた頬を、クゥがペロペロと舐め回している。
まだまだ修行するのだと張り切るサフィを、クゥが飛びかかって止めようとしておるようだ。
「わかった!わかったから!今日はこれで終わりにするって!!」

簡単に振り解けるだろうに、邪魔だと足蹴にすることもなくクゥを抱き上げて、よだれまみれになったまま、長い裾をズリながらヨタヨタと寝床に帰る。
我に手を差し伸べた者が、彼でよかったと思うのはこんな時だ。

しかし、そんなにズルズルの衣装を着たいものだろうか。
人間は変わっておるよな。
それほどにまで寒いのならば、洞穴の中でそのコートとやらに包まっておれば良いのに『働かざる者食うべからず』とか言って動き回るのだ。
今のところ大した戦力にもならんが、いずれ独り立ちさせねばならんからな。それを反対する理由もない。
結界を出て森を歩くことになれば、今のままでは生き残れないのは確かだからのう。

我はサフィを追いかけて寝床に寝そべると、また動こうとするのを押さえつけて抱き込んだ。
「まだ、外明るいから寝るの早いって。もー、あれかー?もふもふしてほしいのか?仕方ないなあ、この甘えん坊め!大きくても犬科だもんなー」
そう言ってブラシを取り出すと、我をブラッシングしはじめた。

我は偉大なる神獣、大生神ぞ。
我をすぐに犬扱いするサフィに、いつかギャフンと言わせてやりたいものである。

しかし……

『サフィ、手を止めるでない』
「はいはい」
『もちっと下の方だ』
「おうともよ」
『そこはもう少し強めじゃ』
「……ふわぁああ。もうねよーぜー」
『仕方ないのう』



こんなダメダメなサフィであるが、性根の良さが心地よい者であるのは確かだ。
雪が解けるまでになんとか一人前に育ててやらねばな。
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