無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音

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第三部

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白いテントが並ぶガーデンには、
緑の芝と花の香り、そして穏やかな風。

チャペルでの式を終えた俺たちふたりが、
祝福の拍手に包まれながら入場すると、
みんなが笑顔で迎えた。

「直樹、きれいだったよ!」
「迅さん、かっこよかったですよ!」
「二人とも、おめでとう!」

笑いと涙の入り交じる声。
俺は照れくさそうに頬を赤らめながら、
何度も「ありがとう」と頭を下げた。

司会の声が、ガーデンに明るく響いた。

「それではここで――お二人の“初めての共同作業”、
ウエディングケーキ入刀です!」

わぁっ、と歓声が上がる。
花で飾られた白い三段ケーキが、テーブルの上で輝いていた。
陽の光を受けて、リボンやベリーがきらきらしている。

「直樹、いくぞ」
「う、うん……!」

迅さんと並んでナイフを手に取る。
一瞬だけ視線が合って、心臓がどくんと跳ねた。

「せーの!」

二人でナイフを入れると、
拍手とフラッシュの音がいっせいに上がった。
その瞬間、なんだか世界がぱっと明るくなった気がした。

「はい! お二人の初めての共同作業、大成功です!」

司会の声に続いて、
「次は――ファーストバイトです!」

歓声が一段と大きくなる。
「直樹、やるしかないな」
「えっ……や、やるの!?」
「みんな見てるぞ」
迅さんの笑みが優しくて、俺はもう顔が真っ赤だった。

司会の女性がフォークを渡してくれる。
「まずは新婦の直樹さんから、新郎の迅さんへ!」

「は、はいっ」

フォークにケーキを乗せる。
でも思ったよりもケーキが大きくて、
ぐらぐらして、
「えっ、あっ……」
と慌てているうちに――

「直樹、大丈夫だ。ゆっくりでいい」
「う、うん……じゃあ、あーん……」

迅さんが少しかがんで口を開く。
その顔が近くて、
手が震えて、
結果――

「……!? お、おっきすぎた……!」

ほっぺたにケーキがついた迅さん。
会場が爆笑に包まれた。

「わー! 大胆!」
「愛情たっぷりですね~!」

俺はもう顔から火が出そうだった。
「ご、ごめんなさいっ!」
「いや、甘くてうまい」
迅さんが笑いながら、指でクリームをぬぐって、
そのままペロリと舐めて見せた。

「……っ!」
歓声がさらに大きくなる。

「次は、新郎の迅さんから、直樹さんへ!」

今度は、迅さんが、小さくケーキを切り取って、
優しくフォークを差し出す。

「ほら、直樹。あーん」

その声の優しさに、
直樹は涙が出そうになった。

「……あーん……」

ケーキが口に入る。
ふわふわで、甘くて、
それよりも、迅さんの笑顔が甘すぎた。

「おいしい?」
「……うん。すごく」

二人の笑顔に、また拍手が沸き起こる。




料理が並び、談笑が弾み、
少し場が落ち着いたころ――司会の声が響く。

「ここで、新郎の直樹さんからご両親へのお手紙があります」

一瞬、静まり返る。
俺は胸のポケットから丁寧に折りたたまれた便箋を取り出し、
マイクを受け取った。

「……あの、ちょっと長くなるかもしれませんけど、聞いてください」

小さな笑いが起きる。
でも、すぐにまっすぐな響きを取り戻した。



 お父さん、お母さん。
 いままで本当にありがとう。

 俺がオメガだってわかったとき、
 どうしていいかわからなくて、
 怖くて、泣いてばっかりいたけど、
 お母さんが“直樹は直樹でしょ”って笑ってくれて、
 お父さんが“そんなん気にすんな”って頭をくしゃくしゃにしてくれて――
 あの時、救われました。

 うまくいかないこともあったけど、
 いつも“失敗しても大丈夫だ”って背中を押してくれて、
 その言葉が、今の僕をつくってくれました。

 だから、今日ここで、
 ちゃんとありがとうを言いたかったです。
 育ててくれて、信じてくれて、本当にありがとう」

読みながら、声が震える。
両親は涙ぐみながら笑っていた。
母が口に手を当て、父が黙ってうなずいている。
弟の智樹も泣いている。

司会が優しく促す。
「そして……もう一通、直樹さんからの手紙があります」

ざわ、と場が少しざわめいた。
迅さんが驚いたようにこっちを見つめる。
俺は照れ笑いを浮かべて、もう一枚の手紙を開く。



そして――迅さんへ。

 最初に出会ったとき、
 俺はたぶん、ものすごく生意気で、
 仕事もできなくて、失敗ばっかりしてました。

 迅さんはオメガが苦手って聞いてたから、
 嫌われないようにしよう、
 迷惑かけないようにしようって、
 必死でした。

 でも、どんなときも迅さんは、
 ちゃんと俺のことを見てくれてました。
 叱ってくれて、励ましてくれて、
 気づいたら――俺は、迅さんのことが好きでたまらなくなってました。

 仕事のときも、家に帰るときも、
 同じ時間を過ごすたびに、
 “この人と一緒にいたい”って思いました。

 不器用な俺を選んでくれて、
 守ってくれて、愛してくれて――ありがとう。

 これからは俺が、迅さんを守ります。
 たくさん笑って、たまに泣いて、
 それでもずっと一緒にいられるように、頑張ります。

 迅さん、これからもよろしくお願いします



読み終えた瞬間、
静かな拍手が、次第に大きな波のように広がっていった。

俺は涙で目を潤ませながら、
迅さんを見た。

迅さんは椅子から立ち上がり、
真っ直ぐに歩み寄ってくる。

人前なんて関係なく、
静かに、でも確かに抱き寄せて――

「……ありがとう。直樹。
 俺の方こそ、よろしくな」

その声が耳に届いた瞬間、
こらえていた涙が、あふれた。

風がやさしく吹いて、花びらが二人のまわりを舞う。

――幸せって、きっと、こういう瞬間なんだ。

胸の中でそう呟いて、笑いながら涙をぬぐった。

陽の光の下、花びらが舞って、
二人のまわりは笑顔でいっぱいだった。

――この瞬間を、一生覚えておきたい。

俺はそう思いながら、
迅さんと手をつないで、照れくさく笑い合った。

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