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第四部
I
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休み明けの朝。
同僚たちがぱっと顔を輝かせながら、出社したばかりの俺を見つけるなり、集まってきた。
「直樹、結婚式だったんでしょ? すっごくきれいだったって噂だよ!」
「写真見せて見せて!」
わっと人が集まり、俺は少し頬を赤くした。
「え、えっと……ちょっとだけですよ」
と言いながらスマホを取り出す。
指先でスライドした画面には、
柔らかな照明に包まれた白いチャペル、
凛とした迅さんの姿と、隣で締まりのないニタニタした俺……。
「うわ……白鷹課長、ほんとイケメン!」
「ていうか直樹、かわいすぎない? まるでモデルじゃん!」
「幸せそうだなぁ、自然に笑顔って感じじゃん。なんか見てるだけでこっちも癒される」
からかう声にも、俺は照れ笑いしながら
「もう、やめてくださいよ~」
と返す。
俺の照れた感じが、職場の空気をやわらげてるみたいで、周りの雰囲気をふわりと明るくしてるみたい。
舟形先輩はそんな俺を隣でそう思いながら、そっとため息をついていた。
――ほんと、直樹って不思議だ。いるだけで空気がやさしくなる。
(あいつ、ほんとに自覚ないんだよな……)
***
その夜。
仕事を終えてマンションの扉を開けると、台所からカチャ、と食器の音が聞こえた。
「ただいま、迅さん。今日もお疲れさまでした」
「……おう。早かったな」
夕飯を作っていた迅さんが振り向く。
俺は上着をハンガーに掛けながら、にこっと笑った。
「そうだ、今日みんなに結婚式の写真見せちゃいました!」
「……見せた?」
迅さんの眉がほんのわずかに動いている。
……俺は気づいてないけど。
「だって、みんな“幸せそうだね”って言ってくれたんですよ」
と嬉しそうに言う。
迅さんは、無言で少しのあいだ俺を見つめた。
――あの写真の中の――自分に甘えるように笑う直樹。その顔を、誰かに見せたのか……。
独り占めしていたい、という感情が、喉の奥で静かに疼く。
だけど、俺はそんなことなど露ほどしらなくて、嬉しそうに微笑んでるから、迅さんの嫉妬もすぐに溶けていく。
「……そうか。まあ、そう見えるなら、いいことだな」
「ふふ、そうですよね」
俺は笑いながら、二人のマグカップに温かい紅茶を注ぐ。
迅さんはその背中を眺めながら、心の中で小さく息をついた。
――まったく、こんな顔を見せられたら、怒る気なんてなくなる。
翌日。
朝の会議室で桐島課長が資料をめくりながら言った。
「次の案件は大口だ。取引先は天城商事。向こうのチーフは天城玲央さんって人だ」
「天城商事……名前は聞いたことあります」
俺は頷く。
有名な会社だ、聞いたことくらいはある!
桐島課長は
「外見に惑わされるなよ」
と冗談めかして笑っていて、舟形先輩はその横で苦笑していた。
そして昼過ぎ、三人で天城商事の本社へ向かう。
明るい会議室に入ると、黒いスーツの男が立ち上がった。
整った顔立ちに落ち着いた雰囲気、笑みの奥に計算の光を宿す――天城玲央。
直感でアルファだって、わかる。
「お忙しいところありがとうございます。天城商事の天城です」
その声の低さに、空気が一瞬引き締まった。
俺は丁寧に会釈し、資料を渡す手を少し緊張させながらも笑顔を見せる。
こっちを見てる、と思っていたけど、天城さんの瞳がかすかに揺れているのは気づかなかった。
「なるほど……御社の白鷹直樹さんですね。お噂はかねがね」
俺が天城さんと目が合った一瞬、天城の表情に何かが走ったように見えた。
その気配に気づいた舟形先輩は眉をひそめ、桐島課長は何も気づかず話を進めている。
打ち合わせは順調に終わった。
だが会議室を出たあと、舟形先輩がぼそっと言った。
「……直樹、気をつけろよ」
「え? 何かありました?」
「いや……別に。勘だけどな」
俺が首を傾げてるるその背後で、
天城さんはガラス越しにその笑顔を見送っていた。
♢
「――面白い人だ」
口の中で、誰にも聞こえないように呟く。
その声は、静かに始まる波の音のようだった。
同僚たちがぱっと顔を輝かせながら、出社したばかりの俺を見つけるなり、集まってきた。
「直樹、結婚式だったんでしょ? すっごくきれいだったって噂だよ!」
「写真見せて見せて!」
わっと人が集まり、俺は少し頬を赤くした。
「え、えっと……ちょっとだけですよ」
と言いながらスマホを取り出す。
指先でスライドした画面には、
柔らかな照明に包まれた白いチャペル、
凛とした迅さんの姿と、隣で締まりのないニタニタした俺……。
「うわ……白鷹課長、ほんとイケメン!」
「ていうか直樹、かわいすぎない? まるでモデルじゃん!」
「幸せそうだなぁ、自然に笑顔って感じじゃん。なんか見てるだけでこっちも癒される」
からかう声にも、俺は照れ笑いしながら
「もう、やめてくださいよ~」
と返す。
俺の照れた感じが、職場の空気をやわらげてるみたいで、周りの雰囲気をふわりと明るくしてるみたい。
舟形先輩はそんな俺を隣でそう思いながら、そっとため息をついていた。
――ほんと、直樹って不思議だ。いるだけで空気がやさしくなる。
(あいつ、ほんとに自覚ないんだよな……)
***
その夜。
仕事を終えてマンションの扉を開けると、台所からカチャ、と食器の音が聞こえた。
「ただいま、迅さん。今日もお疲れさまでした」
「……おう。早かったな」
夕飯を作っていた迅さんが振り向く。
俺は上着をハンガーに掛けながら、にこっと笑った。
「そうだ、今日みんなに結婚式の写真見せちゃいました!」
「……見せた?」
迅さんの眉がほんのわずかに動いている。
……俺は気づいてないけど。
「だって、みんな“幸せそうだね”って言ってくれたんですよ」
と嬉しそうに言う。
迅さんは、無言で少しのあいだ俺を見つめた。
――あの写真の中の――自分に甘えるように笑う直樹。その顔を、誰かに見せたのか……。
独り占めしていたい、という感情が、喉の奥で静かに疼く。
だけど、俺はそんなことなど露ほどしらなくて、嬉しそうに微笑んでるから、迅さんの嫉妬もすぐに溶けていく。
「……そうか。まあ、そう見えるなら、いいことだな」
「ふふ、そうですよね」
俺は笑いながら、二人のマグカップに温かい紅茶を注ぐ。
迅さんはその背中を眺めながら、心の中で小さく息をついた。
――まったく、こんな顔を見せられたら、怒る気なんてなくなる。
翌日。
朝の会議室で桐島課長が資料をめくりながら言った。
「次の案件は大口だ。取引先は天城商事。向こうのチーフは天城玲央さんって人だ」
「天城商事……名前は聞いたことあります」
俺は頷く。
有名な会社だ、聞いたことくらいはある!
桐島課長は
「外見に惑わされるなよ」
と冗談めかして笑っていて、舟形先輩はその横で苦笑していた。
そして昼過ぎ、三人で天城商事の本社へ向かう。
明るい会議室に入ると、黒いスーツの男が立ち上がった。
整った顔立ちに落ち着いた雰囲気、笑みの奥に計算の光を宿す――天城玲央。
直感でアルファだって、わかる。
「お忙しいところありがとうございます。天城商事の天城です」
その声の低さに、空気が一瞬引き締まった。
俺は丁寧に会釈し、資料を渡す手を少し緊張させながらも笑顔を見せる。
こっちを見てる、と思っていたけど、天城さんの瞳がかすかに揺れているのは気づかなかった。
「なるほど……御社の白鷹直樹さんですね。お噂はかねがね」
俺が天城さんと目が合った一瞬、天城の表情に何かが走ったように見えた。
その気配に気づいた舟形先輩は眉をひそめ、桐島課長は何も気づかず話を進めている。
打ち合わせは順調に終わった。
だが会議室を出たあと、舟形先輩がぼそっと言った。
「……直樹、気をつけろよ」
「え? 何かありました?」
「いや……別に。勘だけどな」
俺が首を傾げてるるその背後で、
天城さんはガラス越しにその笑顔を見送っていた。
♢
「――面白い人だ」
口の中で、誰にも聞こえないように呟く。
その声は、静かに始まる波の音のようだった。
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