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11.理を越える力
しおりを挟む直後、みしみし……バキバキ……ッと大木が複数なぎ倒される音が森に響き渡る。普段は物理の物を通り抜ける瘴気が、意思をもって森を破壊し、まっすぐ聖女の元へ向かってきていた。
フィグルドが端的な指示を飛ばす。
「引き寄せろ」
「……あいよ」
ディーは短く答えると、一気に上空からその距離を詰め、巨大な塊となった濃縮された瘴気の目の前に滑空する。もはや瘴気というよりも黒い瘴気の化け物である。
まっすぐに聖女に向かっていく進路をわずかばかり逸らすために、風の魔法で突風を巻き起こす。
台風並みの強風が巻き起こり、天高く渦巻く竜巻が生まれる。それを瘴気の行く手を塞ぐようにぶつけると、わずかばかり進路を逸らす。
森の中を轟音が響き、耳をつんざくような木々の悲鳴があがるが、聖女のまわりにはディーによる音遮断の風の防護壁、ノエスによる大地の加護、イサラによる瘴気を通さないための水の膜が張られているため、リナリアの耳には届かない。
外で何が起きようが、彼女が祈りに集中しつづけられる環境を守ることこそが彼らの使命だ。
「……ちっ」
力比べは分が悪い。ディーが竜巻で抑え込みながら舌打ちをすると、心得たようにフィグルドが大地を蹴って一気に駆けた。
「エカルラート、リナリア様を頼む」
「了解」
まだかなり瘴気の塊との距離があったというのに、フィグルドはその間合いを一瞬で詰める。あまり聖女の近くで自分の魔法を使うと、影響が出るかもしれないからだ。出来る限り距離を稼ぐ必要がある。だが、離れるほど、第二の脅威が別ルートから迫った時、対処が遅れる。そのため、エカルラートは現場に残し、フィグルド一人で飛び出した。
たどり着いた瘴気の塊と竜巻がぶつかり合う場所は、そのぶつかり合いの激しさにより周囲の木々がなぎ倒され、見晴らしのよい荒れ地へと姿を変化させていた。
「山火事になるとまずい、イサラ、これるか?」
それでも足元に倒れた木々や、近くに水辺がないことを確認すると、フィグルドはイサラに呼び掛けた。それに、イサラが「わかった」とすぐ答え、フィグルドの影からにゅっと顔を出した。そのまま、ちゃぷん、と水音と共に目の前に姿を現す。
イサラは聖騎士同士の影を媒介にして、移動が可能な能力を持っている。互いの影をまるで水脈のようにつなげ、その中を泳いで渡ってくるのだ。
「早くしろよ……っ」
竜巻で瘴気の侵攻を食い止めているディーが限界を感じて、地上の二人を急かす。
フィグルドは大地をしっかり踏みしめると、腰を落とし、リナリアを害そうと暴れる瘴気の化け物をまっすぐに見据えた。
バリ……バリバリッ
フィグルドの周囲に細かな火花が散り、彼の髪をぶわりと持ち上げる。フィグルドは今の状況に感謝すらした。自分の魔法は細かいコントロールが苦手だ。聖騎士達の中でも最大の火力を誇ると同時に、周囲への被害も大きくなりやすい。
だから、ここまでのデカブツとして現れてくれたことを。
体内の魔力を練り上げると、身体に纏わりつく火花が激しく、大きくなっていく。それに呼応して、頭上に雷雲が立ち込める。ごろごろと薄暗くなった空が不穏な音を放ち始めるのを感じながら、フィグルドは瘴気の塊に向かって咆哮した。彼の雄たけびに応えるように、雷雲に稲光が生まれる。
直後、神の怒りの雷《いかづち》が天を裂きまっすぐに瘴気を直撃した。
ドォオオオオンッ
爆音が辺りに響き渡り、同時に土煙が視界を覆うほど派手に巻き起こる。
「……団長、やりすぎ……っ」
イサラが少し慌てて周囲の湿度をあげて、木々が雷によって燃え広がるのをせき止める。
そのおかげもあってか、土煙も早々に消え去った。その後には、ただ木々がなぎ倒され、雷によって大地が抉られた荒れ地だけが残っていた。
「ディー」
フィグルドの呼びかけに、上空で爆風に吹き飛ばされそうになっていたディーは顔をしかめたまま答える。
「多分、消滅した……が、俺たちの力で奴を完全に消し去ることは出来ない。おそらく同じ規模のものがこの後も生まれるだろうな」
あくまで先ほどの集合体は散らしただけで、瘴気自体が消えてなくなったわけではない。それが、聖騎士達が聖女の浄化の力を頼らざるを得ない理由だ。
あの程度の規模の一体を退けるだけなら訳はないが、これが複数となると魔力と体力の消耗戦になる。おそらく奴の狙いもそこだと推測出来る。
「わかった。さすがに奴も連発は無理だろう。このまま距離を保って発生次第対処していく。エカルラート、ノエス」
「はーい」
「は」
二人の返事に、フィグルドは聖女のいる方向を見つめた。
「我々三人は今しばらく時間を稼ぐ」
我々というのは、ディーとイサラとフィグルド三人のことだ。
「私も派手にやりたいわぁ。本当、森と相性が悪いの最悪」
「……わかった」
二人の返事に信頼をおいて、フィグルドは意識を切り替えた。たった一つの撃ち漏らしもしないと心に誓って。
そうして数時間に及ぶ聖女の浄化の儀式の間、後から後から瘴気の巨大な塊が生まれてはフィグルド達が消滅させていった。
闇神フォグも、聖女の存在をはっきりと認識し、なりふり構っていられなくなったのだろう。時間が経つにつれ、発生頻度が短く速くなっていく。
ここからが、本当の意味で闇神フォグと自分達の戦いだ。
闇神という存在は己の個がない。さらに手に触れることができないので、極論を言えばこの世界全てに干渉しうる存在だ。
いわば「空気」と同等。そんなものを、世界から排除しようとすること自体がいかに荒唐無稽で、あり得ないことなのか。
以前の聖女召喚時に、当然だがフィグルド達は生まれていない。彼らにとっても、この人ならざる存在と相対するのは初めてのことだった。
長時間の戦いが続き、太陽が傾きかけた頃、聖女から発せられる浄化の光がふわりと揺らぐ。浄化の終わりが近づいてきているサインに、さすがに疲弊してきていたフィグルド達はこの局面を乗り越えられる希望に、安堵した。
だが、その一瞬の油断が招いた、小さな穴。
「!やばい!抜けた……!」
ディーの切羽詰まった警告に、フィグルドは反射的にほぼ同時に走りだす。
しまった……!デカブツに気を取られ過ぎた!
そう、闇神フォグが最後の悪あがきとして巨大な瘴気の塊を生み出していたのは、そちらにフィグルド達の意識を集中させ、足止めすること。そして……彼らが疲弊し集中力が切れたところで鋭く細く伸ばした「瘴気の刃」を木々の合間を縫って高速で飛ばし、聖女の心臓を貫くことを狙っていたのだ。
防護壁はある。だが、相手は神であり、防護壁はあくまで神の御使いの力だ。一点集中されたら、防げるかはわからない。
「くそ……っ間に合え……!」
フィグルドは自分の身体の最後の力を振り絞って森の中を全速力で駆ける。
今、この身が雷であれば、彼女の元へ瞬きする間に辿りつけるのに!
聖騎士の影を移動できるイサラも、先ほど体力を使い果たして再度その能力を発動させるには休息がいる。
ディーの風の防護壁は補助魔法が主であるため、瘴気の刃を防ぐのは困難だろう。聖女の傍にいるノエスとエカルラートも、デカブツ以外の瘴気の細かい妨害の対処にあたっていたことにより、万全とは言い難い。で、あれば、闇神の力と唯一相対する光の力を持つフィグルドに最後の希望が託される。
そんなことは……わかっている……ッ
ざぁっと突如視界が晴れた。その目前に、天へと祈り続ける淡い光を纏う聖女と、彼女を貫こうとまさに牙を剥く「瘴気の刃」
「リナリア――――ッ!!」
聞こえないとわかっていても、名を呼ばずにいられなかった。フィグルドは自分の足にバリバリと火花を纏わせると、一気に魔力を放出し、加速装置として利用した。自身の足にダメージがくることも厭わずに。
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