聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

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1話 追放された元聖女

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「——リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして、聖女のふりをして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」

 王城の謁見の間。 頬を思いっきり殴られたかのような怒声を叩きつけられ、私の日常は音を立てて崩れ去った。
 目の前で私を見下ろしているのは、私の婚約者である第二王子カイル様。
 そして、その腕にべったりとしがみつき、勝ち誇ったような笑みを浮かべているのは、私の腹違いの妹、ミナだった。

「カイル様、お待ちください! 功績を盗んだなど、私は何も……!」
「黙れ! ミナは言ったぞ。お前が夜な夜なミナの部屋に忍び込み、『聖女の祈り』の魔力を吸い取っていたとな!」
「そ、そんな……! 私はそのようなことは決して――」

 魔力を吸い取るなんて芸当、私には絶対にできない。
 私は確かにこの国において聖女の一人に数えられているが、それはあくまで生まれ持った力であり、断じてミナから奪い取ったものではない。
 むしろ逆なのだ。ミナが私の力を奪ったのだ。
 どんな方法を使ったのかはわからないけれど、日に日に弱っていく私に対して、ミナはいつの間にか聖女としての力に目覚め、周囲からちやほやされ始めた。
 ミナのそれはあまりにも稚拙な嘘。けれど、カイル様は完全にミナに心酔してしまっていた。
 いくら弁明しても私の言葉なんて、何一つ届かなかった。

「お姉様、ごめんなさいねぇ。でも、嘘つきは泥棒の始まりって言うでしょう? これ以上罪を重ねる前に、罰を受けてくださいませ」

 ミナが意地悪そうにくすくすと笑う。
 本来ならば私の見方であるはずのお父様も、冷ややかな目で私を見ていた。
 ああ、そうか。もう私はとっくにあなたの娘じゃなかったんだ。最初からあの家に私の居場所なんてなかったんだ。

 お母様が亡くなってから、後妻に入った義母と、その連れ子であるミナ。
 お父様は後妻とミナを溺愛し、前妻の娘である私は「地味で華がない」という理由で、表舞台には決して出さず、聖女としての仕事をしているとき以外はまるで使用人のように扱われてきた。
 でも私はお父様が私を邪険に扱う本当の理由を知っている。
 お母様とお父様は恋愛結婚ではなく、政略結婚で結ばれただけの関係。
 お父様はお母様のことなど愛しておらず、本当に愛していたのはミナの母親だけだった。
 それでも、いつか認めてもらえると信じて、私は公爵家の裏方仕事を——領地の浄化や、家畜の世話、怪我人の治療を——必死にこなしてきたのに。

「衛兵! この女を『帰らずの魔の森』へ捨ててこい!」 
「帰らずの魔の森!?」

 そこは、凶暴な魔獣が跋扈(ばっこ)し、一度入れば二度と生きては出られないと言われる北の禁足地。
 追放というのは名ばかりの、実質的な死刑宣告だった。

「そんなっ……それだけは! お、お父様、助けて……!」
「ふん、お前などとうに私の娘ではないわ。汚らわしい盗人は魔獣の餌になるのがお似合いだろう」

 お父様は顔を背けた。
 絶望で、目の前が真っ暗になる。
 私の二十年間の人生は、こんなことで幕引きになってしまうの……?

 結局私の言い分は一切通らず、刑は即日執行となった。
 粗末な麻の服一枚に着替えさせられ、馬車に詰め込まれる。
 あっという間に私の故郷だった町が遠ざかっていく。

 ——絶対に、許さない。

 涙と共に、胸の奥で黒い炎のような感情が渦巻いた。 
 私を信じなかったカイル様も、私を利用するだけ利用して捨てた父も、すべてを奪ったミナも。
 もし生きて帰れるのなら、いつか必ず、この報いを受けさせてやる。

 けれど、そんな復讐心も、鬱蒼と茂る『魔の森』の入り口に放り出された瞬間、あっという間に恐怖に化けた。

「さあ、降りろ。運が良ければ、一晩くらいは生き延びられるかもな」

 衛兵たちは嘲笑いながら私を突き飛ばし、逃げるように馬車を走らせて去っていった。
 残されたのは、私ひとり。
 周囲からは、ひゅるりと冷たい風の音と、得体の知れない獣の唸り声が聞こえてくる。

「……寒い」

 北の森の冷気は、麻の服を通して肌を刺す。
 私は震えながら、あてもなく歩き出した。
 じっとしていれば凍え死ぬ。
 かといって、歩いた先に希望があるわけでもない。

 ガサリ。
 背後の茂みが大きく揺れた。
 どくんと心臓が跳ね上がる。
 振り返ると、暗闇の中に、爛々と輝く二つの金色の瞳が浮かんでいた。

「……っ!」

 大きい。
 熊などでは比にならないほどの巨体を見上げる。
 月明かりに照らし出されたのは、雪のように真っ白な毛並みを持つ、巨大な白き狼だった。

 ああ、終わった。
 私はここで、食べられて死ぬんだ。
 そう覚悟して目を閉じた、その時だった。

『……グルゥ……』

 聞こえてきたのは、威嚇するような咆哮ではなく、どこか苦しげな、助けを求めるような唸り声だった。
 恐る恐る目を開ける。  巨大な白狼は、私に飛びかかってくるどころか、その場にどうっと崩れ落ちたのだ。
 よく見れば、その美しい白銀の毛並みの一部が、どす黒い瘴気に侵され、赤黒く変色している。

「……怪我を、しているの?」

 本来なら逃げるべきだ。
 でも、私は昔から、傷ついた動物を放っておけない損な性分だった。
 屋敷で虐げられていた時も、私の唯一の友達は、厩舎の馬や庭の野良猫たちだったから。
 震える足を叱咤して、私は白狼に近づいた。
 もしここで警戒されて牙を剥かれたら終わり。
 でも、彼は苦しそうに荒い息を吐くだけで、動こうとしない。

「大丈夫、怖くないよ……」

 私はそっと、その巨大な前足に触れた。
 ひやりと冷たく、そして硬い。瘴気が固まって、皮膚を締め付けているようだ。

「痛かったね。今、楽にしてあげる」

 私は意識を集中させる。 
 ミナに奪われたと言われたけれど、私にはまだこれがある。
 誰にも言っていなかったけれど、私の「聖女」としての力は、人間よりも動物や植物に適していた。
 どんな動物も私が撫でれば元気になる。
 怪我だってすぐに治る。
 人間に対しての回復能力が弱いことから私は聖女の中でも落ちこぼれ扱いされていたけれど、私は大好きな動物さんたちをいやすことが出来るこの力に誇りを持っていた。

 手のひらが淡く光る。
 瘴気に汚れた毛並みを、櫛で梳かすように指を滑らせると、黒い霧がすうっと霧散していく。
 ああ、よかった。
 まだこの子を何とかできるだけの力は残っていたみたい。

「……よし、綺麗になった」

 すると、今まで苦悶の表情を浮かべていた白狼が、ぱちりと目を開けた。
 金色の瞳が、至近距離で私を捉える。

『……なんと』

 え?  今一瞬、頭の中に、男の人の声が響いたような?

『余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、名はなんと言う?』
「しゃ、しゃべった!?」
『質問に答えよ。余の恩人たる貴様の名を教えろと言っている』
「え、えっと、リリアナ……ですけど、あなたは?」
『余はアジュラ四世。神聖なるアルマ帝国の皇帝である』
「……え、ええええええっっ!!?」

 それは私が生まれ育った国のすぐ隣にある巨大帝国、それを統べる皇帝陛下の名前だった。
 驚愕する私の前で、巨大な白狼の体が光に包まれていく。
 これが、私の運命を劇的に変える――そして、国一番の権力者に溺愛されることになる、もふもふスローライフの始まりだった。
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