2 / 10
2話 皇帝陛下のご指名
「……え、ええええええっっ!!?」
私の絶叫が、夜の魔の森にこだました。
神聖アルマ帝国現皇帝アジュラ四世。
それは、強大な軍事力と領土を持つ、この大陸の覇者の名だ。
冷徹で無慈悲、逆らう者は容赦なく切り捨てる「氷の皇帝」として恐れられているはずの……。
「う、嘘ですよね? だって、皇帝陛下がこんな場所で、しかも狼の姿で……」
『嘘ではない。……む、そこだ。耳の裏をもう少し強めに頼む』
「あ……はい、ここ、でいいですか?」
皇帝だと名乗られても、目の前にいるのは巨大なもふもふ。
要望通り耳の裏を優しく撫でてみると、彼は気持ちよさそうに目を細め、後ろ足でリズムを取り始めた。
はっきり言って威厳が全くない。
『ふぅ……生き返った心地だ。貴様の指は魔法のようだな』
「あ、ありがとうございます」
『ところで貴様はなぜこのような場所にいる。貴様のようなか弱き少女が立ち入ってよい場所ではないぞ』
「っ、それは……」
『話してみよ。礼代わりに聞いてやろう』
そう言われてしまっては正直に答えるほかないので、仕方なく私はこれまでの出来事をすべて話した。
妹の策略に嵌められたこと。婚約者に裏切られたこと。家族に見捨てられたこと。
裏切られ絶望の果てに孤独に死ぬことを望まれたことを。
ひとしきりブラッシングを堪能すると、白狼——皇帝陛下は、ゆっくりと身を起こした。
その瞬間、彼の体が眩い光に包まれる。
光の粒子が収束し、形作られたのは、人型のシルエット。
光が晴れた後に立っていたのは、銀糸のような長髪に、黄金の瞳を持つ、息を飲むほど美しい青年だった。
ただし、頭にはぴょこんと白い獣耳があり、腰からはふさふさの尻尾が生えているけれど。
「ええっ……!」
「そう怖がるな。呪いが完全に解けていないゆえ、耳と尾が残っているだけだ」
アジュラ陛下は、裸体に身にまとっていたマントを羽織ると、私を見下ろした。
だがその眼差しは、先ほどまでの甘えるようなものとは違い、鋭い支配者の色を帯びていた。
「リリアナ、言ったな。貴様は国を追放され、家族にも捨てられたと」
「……はい」
「ならば、未練はあるまい。余と共に我が帝国へ来い」
「え……?」
アジュラ陛下は私の前に膝をつき、わざわざ同じ目線でそっと私の手を取った。
その手は温かく、大きかった。
「余の呪いを解くには、貴様のその手が必要だ。……いや、訂正しよう。余が貴様を気に入った。貴様の手放しでは、もう眠れそうにない」
「へ、陛下……?」
「契約だ、リリアナ。余の専属ブラッシング係……いや、『聖獣の守護者』として余の側におれ。衣食住はもちろん、貴様を虐げた者たちが後悔して泣きついてくるほどの地位と名誉を約束しよう」
黄金の瞳が、私を射抜く。
地位も名誉もどうでもよかった。
ただ、誰も私を必要としなかった世界で、この最強の聖獣だけが、私を「必要だ」と言ってくれた。
「……私で、いいのですか? ただの、動物好きの役立たずですよ?」
「『ただの』ではない。今日からは余が貴様を唯一無二の存在にしてやると言っている」
その言葉に、冷え切っていた心がじわりと熱くなる。
私は涙を拭い、彼の手を握り返した。
「……はい! 謹んで、お受けいたします!」
こうして私は、捨てられた森から、大陸最強の皇帝陛下に「お持ち帰り」されることになったのだ。
私の絶叫が、夜の魔の森にこだました。
神聖アルマ帝国現皇帝アジュラ四世。
それは、強大な軍事力と領土を持つ、この大陸の覇者の名だ。
冷徹で無慈悲、逆らう者は容赦なく切り捨てる「氷の皇帝」として恐れられているはずの……。
「う、嘘ですよね? だって、皇帝陛下がこんな場所で、しかも狼の姿で……」
『嘘ではない。……む、そこだ。耳の裏をもう少し強めに頼む』
「あ……はい、ここ、でいいですか?」
皇帝だと名乗られても、目の前にいるのは巨大なもふもふ。
要望通り耳の裏を優しく撫でてみると、彼は気持ちよさそうに目を細め、後ろ足でリズムを取り始めた。
はっきり言って威厳が全くない。
『ふぅ……生き返った心地だ。貴様の指は魔法のようだな』
「あ、ありがとうございます」
『ところで貴様はなぜこのような場所にいる。貴様のようなか弱き少女が立ち入ってよい場所ではないぞ』
「っ、それは……」
『話してみよ。礼代わりに聞いてやろう』
そう言われてしまっては正直に答えるほかないので、仕方なく私はこれまでの出来事をすべて話した。
妹の策略に嵌められたこと。婚約者に裏切られたこと。家族に見捨てられたこと。
裏切られ絶望の果てに孤独に死ぬことを望まれたことを。
ひとしきりブラッシングを堪能すると、白狼——皇帝陛下は、ゆっくりと身を起こした。
その瞬間、彼の体が眩い光に包まれる。
光の粒子が収束し、形作られたのは、人型のシルエット。
光が晴れた後に立っていたのは、銀糸のような長髪に、黄金の瞳を持つ、息を飲むほど美しい青年だった。
ただし、頭にはぴょこんと白い獣耳があり、腰からはふさふさの尻尾が生えているけれど。
「ええっ……!」
「そう怖がるな。呪いが完全に解けていないゆえ、耳と尾が残っているだけだ」
アジュラ陛下は、裸体に身にまとっていたマントを羽織ると、私を見下ろした。
だがその眼差しは、先ほどまでの甘えるようなものとは違い、鋭い支配者の色を帯びていた。
「リリアナ、言ったな。貴様は国を追放され、家族にも捨てられたと」
「……はい」
「ならば、未練はあるまい。余と共に我が帝国へ来い」
「え……?」
アジュラ陛下は私の前に膝をつき、わざわざ同じ目線でそっと私の手を取った。
その手は温かく、大きかった。
「余の呪いを解くには、貴様のその手が必要だ。……いや、訂正しよう。余が貴様を気に入った。貴様の手放しでは、もう眠れそうにない」
「へ、陛下……?」
「契約だ、リリアナ。余の専属ブラッシング係……いや、『聖獣の守護者』として余の側におれ。衣食住はもちろん、貴様を虐げた者たちが後悔して泣きついてくるほどの地位と名誉を約束しよう」
黄金の瞳が、私を射抜く。
地位も名誉もどうでもよかった。
ただ、誰も私を必要としなかった世界で、この最強の聖獣だけが、私を「必要だ」と言ってくれた。
「……私で、いいのですか? ただの、動物好きの役立たずですよ?」
「『ただの』ではない。今日からは余が貴様を唯一無二の存在にしてやると言っている」
その言葉に、冷え切っていた心がじわりと熱くなる。
私は涙を拭い、彼の手を握り返した。
「……はい! 謹んで、お受けいたします!」
こうして私は、捨てられた森から、大陸最強の皇帝陛下に「お持ち帰り」されることになったのだ。
あなたにおすすめの小説
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に
ゆっこ
恋愛
王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。
私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。
「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」
唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。
婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。
「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」
ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。
蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。
しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。
自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。
そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。
一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。
※カクヨムさまにも掲載しています。