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3話 冷血皇帝の甘やかし
陛下が指をパチンと鳴らすと、私たちの周囲の景色が一瞬で歪んだ。
次に瞬きをした時には、鬱蒼とした暗い森は消え失せ、目の前には見たこともないほど豪華な白い石造りの宮殿がそびえ立っていた。
「……え? こ、ここは?」
「余の離宮だ。本宮ほどうるさい連中はおらぬ。まずはここでゆっくりと羽を休めるといい」
転移魔法。
おとぎ話でしか聞いたことのない高位魔法を、陛下は息をするように使ってみせたのだ。
呆然とする私の前に、宮殿の扉が開き、整列したメイドや執事たちが一斉に頭を下げた。
「お帰りなさいませ、陛下!」
「うむ。……おい、この者を客間に案内しろ。湯浴みと食事、それから最高級のドレスを用意せよ。髪一本たりとも傷つけることは許さん」
「「かしこまりました!」」
使用人たちは私を一目見て、ボロボロの服や泥だらけの姿に眉をひそめる——なんてことは一切なかった。
むしろ、キラキラとした尊敬の眼差しを向けてくる。
あの国では私のことをそんな目で見る人なんて一人もいなかったから、少しむず痒い感覚を覚えた。
「まあ、なんと可愛らしいお嬢様!」
「こちらへどうぞ! さあさあ、温かいお湯をご用意しておりますわ!」
あれよあれよと言う間に、私は大理石のバスルームへと連行され、良い匂いのする泡に包まれて磨き上げられた。
肌を刺すような寒さも、泥の不快感も、すべてが温かいお湯に溶けていく。
「……夢みたい」
数時間前まで、私は死を覚悟していたのに。
お風呂から上がり、ふわふわの最高級シルクのガウンに袖を通すと、鏡の中にはまるで別人のような自分がいた。
少し痩せてしまったけれど、肌は艶を取り戻し、プラチナブロンドの髪も丁寧に手入れされて輝いている。
「リリアナ様、陛下がお待ちです」
案内されたのは、夜景が一望できるテラス席だった。
テーブルには、見たこともないような豪華な料理が並んでいる。
そして、その奥でグラスを傾けているのは、先ほどの美しい青年——アジュラ四世だ。
今は耳も尻尾も消えており、完全な人間の姿をしている。
その圧倒的な美貌に、私は思わず息を呑む。
「……待っていたぞ。座れ」
「は、はい。失礼いたします」
緊張して席に着くと、陛下はふっと口元を緩めた。
「見違えたな。やはり余の目に狂いはなかった。貴様は宝石のように美しい」
「そ、そんな……私なんて、ただの元公爵令嬢で……」
「謙遜はいらん。さあ、食え。遠慮は不要だ」
促されて、スープを一口飲む。
濃厚なポタージュの味が口いっぱいに広がり、思わず涙がこぼれそうになった。
実家では、冷え切った残り物しか与えられなかった。
こんなに温かくて美味しい食事は、いつぶりだろう。
「……美味しい、です」
「そうか。ならば好きなだけ食うがいい。これからは、毎食これがが当たり前になる」
陛下は私の涙を見て見ぬふりをして、グラスを置いた。
そして、真剣な瞳で私を見つめる。
「リリアナ。先ほど貴様の話を聞いて、決めたことがある」
「はい?」
「貴様を追放した愚かな国——サレス王国だったか。あそこには近々、余から『親善大使』を送ることにした」
親善大使?
平和的な響きだが、陛下の瞳の奥には、氷のような冷徹な光が宿っていた。
「貴様という国宝級の聖女を貰い受けたのだ。それ相応の『対価』を支払わせねばならんからな」
その言葉の意味を、私はまだ深く理解していなかった。
ただ、この温かいスープと、陛下の不器用な優しさだけが、今の私にとっての揺るぎない真実だった。
次に瞬きをした時には、鬱蒼とした暗い森は消え失せ、目の前には見たこともないほど豪華な白い石造りの宮殿がそびえ立っていた。
「……え? こ、ここは?」
「余の離宮だ。本宮ほどうるさい連中はおらぬ。まずはここでゆっくりと羽を休めるといい」
転移魔法。
おとぎ話でしか聞いたことのない高位魔法を、陛下は息をするように使ってみせたのだ。
呆然とする私の前に、宮殿の扉が開き、整列したメイドや執事たちが一斉に頭を下げた。
「お帰りなさいませ、陛下!」
「うむ。……おい、この者を客間に案内しろ。湯浴みと食事、それから最高級のドレスを用意せよ。髪一本たりとも傷つけることは許さん」
「「かしこまりました!」」
使用人たちは私を一目見て、ボロボロの服や泥だらけの姿に眉をひそめる——なんてことは一切なかった。
むしろ、キラキラとした尊敬の眼差しを向けてくる。
あの国では私のことをそんな目で見る人なんて一人もいなかったから、少しむず痒い感覚を覚えた。
「まあ、なんと可愛らしいお嬢様!」
「こちらへどうぞ! さあさあ、温かいお湯をご用意しておりますわ!」
あれよあれよと言う間に、私は大理石のバスルームへと連行され、良い匂いのする泡に包まれて磨き上げられた。
肌を刺すような寒さも、泥の不快感も、すべてが温かいお湯に溶けていく。
「……夢みたい」
数時間前まで、私は死を覚悟していたのに。
お風呂から上がり、ふわふわの最高級シルクのガウンに袖を通すと、鏡の中にはまるで別人のような自分がいた。
少し痩せてしまったけれど、肌は艶を取り戻し、プラチナブロンドの髪も丁寧に手入れされて輝いている。
「リリアナ様、陛下がお待ちです」
案内されたのは、夜景が一望できるテラス席だった。
テーブルには、見たこともないような豪華な料理が並んでいる。
そして、その奥でグラスを傾けているのは、先ほどの美しい青年——アジュラ四世だ。
今は耳も尻尾も消えており、完全な人間の姿をしている。
その圧倒的な美貌に、私は思わず息を呑む。
「……待っていたぞ。座れ」
「は、はい。失礼いたします」
緊張して席に着くと、陛下はふっと口元を緩めた。
「見違えたな。やはり余の目に狂いはなかった。貴様は宝石のように美しい」
「そ、そんな……私なんて、ただの元公爵令嬢で……」
「謙遜はいらん。さあ、食え。遠慮は不要だ」
促されて、スープを一口飲む。
濃厚なポタージュの味が口いっぱいに広がり、思わず涙がこぼれそうになった。
実家では、冷え切った残り物しか与えられなかった。
こんなに温かくて美味しい食事は、いつぶりだろう。
「……美味しい、です」
「そうか。ならば好きなだけ食うがいい。これからは、毎食これがが当たり前になる」
陛下は私の涙を見て見ぬふりをして、グラスを置いた。
そして、真剣な瞳で私を見つめる。
「リリアナ。先ほど貴様の話を聞いて、決めたことがある」
「はい?」
「貴様を追放した愚かな国——サレス王国だったか。あそこには近々、余から『親善大使』を送ることにした」
親善大使?
平和的な響きだが、陛下の瞳の奥には、氷のような冷徹な光が宿っていた。
「貴様という国宝級の聖女を貰い受けたのだ。それ相応の『対価』を支払わせねばならんからな」
その言葉の意味を、私はまだ深く理解していなかった。
ただ、この温かいスープと、陛下の不器用な優しさだけが、今の私にとっての揺るぎない真実だった。
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