聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK

文字の大きさ
3 / 10

3話 冷血皇帝の甘やかし

 陛下が指をパチンと鳴らすと、私たちの周囲の景色が一瞬で歪んだ。
 次に瞬きをした時には、鬱蒼とした暗い森は消え失せ、目の前には見たこともないほど豪華な白い石造りの宮殿がそびえ立っていた。

「……え? こ、ここは?」
「余の離宮だ。本宮ほどうるさい連中はおらぬ。まずはここでゆっくりと羽を休めるといい」

 転移魔法。
 おとぎ話でしか聞いたことのない高位魔法を、陛下は息をするように使ってみせたのだ。
 呆然とする私の前に、宮殿の扉が開き、整列したメイドや執事たちが一斉に頭を下げた。

「お帰りなさいませ、陛下!」
「うむ。……おい、この者を客間に案内しろ。湯浴みと食事、それから最高級のドレスを用意せよ。髪一本たりとも傷つけることは許さん」
「「かしこまりました!」」

 使用人たちは私を一目見て、ボロボロの服や泥だらけの姿に眉をひそめる——なんてことは一切なかった。
 むしろ、キラキラとした尊敬の眼差しを向けてくる。
 あの国では私のことをそんな目で見る人なんて一人もいなかったから、少しむず痒い感覚を覚えた。

「まあ、なんと可愛らしいお嬢様!」
「こちらへどうぞ! さあさあ、温かいお湯をご用意しておりますわ!」

 あれよあれよと言う間に、私は大理石のバスルームへと連行され、良い匂いのする泡に包まれて磨き上げられた。
 肌を刺すような寒さも、泥の不快感も、すべてが温かいお湯に溶けていく。

「……夢みたい」

 数時間前まで、私は死を覚悟していたのに。
 お風呂から上がり、ふわふわの最高級シルクのガウンに袖を通すと、鏡の中にはまるで別人のような自分がいた。
 少し痩せてしまったけれど、肌は艶を取り戻し、プラチナブロンドの髪も丁寧に手入れされて輝いている。

「リリアナ様、陛下がお待ちです」

 案内されたのは、夜景が一望できるテラス席だった。
 テーブルには、見たこともないような豪華な料理が並んでいる。
 そして、その奥でグラスを傾けているのは、先ほどの美しい青年——アジュラ四世だ。
 今は耳も尻尾も消えており、完全な人間の姿をしている。
 その圧倒的な美貌に、私は思わず息を呑む。

「……待っていたぞ。座れ」
「は、はい。失礼いたします」

 緊張して席に着くと、陛下はふっと口元を緩めた。

「見違えたな。やはり余の目に狂いはなかった。貴様は宝石のように美しい」
「そ、そんな……私なんて、ただの元公爵令嬢で……」
「謙遜はいらん。さあ、食え。遠慮は不要だ」

 促されて、スープを一口飲む。
 濃厚なポタージュの味が口いっぱいに広がり、思わず涙がこぼれそうになった。
 実家では、冷え切った残り物しか与えられなかった。
 こんなに温かくて美味しい食事は、いつぶりだろう。

「……美味しい、です」
「そうか。ならば好きなだけ食うがいい。これからは、毎食これがが当たり前になる」

 陛下は私の涙を見て見ぬふりをして、グラスを置いた。
 そして、真剣な瞳で私を見つめる。

「リリアナ。先ほど貴様の話を聞いて、決めたことがある」
「はい?」
「貴様を追放した愚かな国——サレス王国だったか。あそこには近々、余から『親善大使』を送ることにした」

 親善大使?  
 平和的な響きだが、陛下の瞳の奥には、氷のような冷徹な光が宿っていた。

「貴様という国宝級の聖女をのだ。それ相応の『対価』を支払わせねばならんからな」

 その言葉の意味を、私はまだ深く理解していなかった。
 ただ、この温かいスープと、陛下の不器用な優しさだけが、今の私にとっての揺るぎない真実だった。

あなたにおすすめの小説

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に

ゆっこ
恋愛
 王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。  私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。 「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」  唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。  婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。 「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」  ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。

蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。 しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。 自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。 そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。 一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。 ※カクヨムさまにも掲載しています。