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第4話 再会(4)送迎
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「どう? 落ち着いた? 帰れそう?」
「めっちゃ眠いです」
「いやいや、ここで寝ちゃ駄目でしょ」
再び頭を垂れた桜木の肩に手を置く。
「タクシーで帰る?」
こくり、と返事が返ってくる。
「じゃあ、乗り場まで行かないと」
繁華街にあるこの駅では、タクシーが客待ちをしている場所がある。
流しのタクシーを捕まえなくて済むのはありがたい。
「歩ける?」
こくり。
早苗は桜木の鞄を受け取り、桜木の腕を首に回した。
早苗が中腰から立ち上がるのに合わせて、桜木も立ち上がる。
眠いと言っている割に、やはり体重はそれ程かかってこなくて、あまり大変な思いをせずにタクシーの列までたどり着けた。
桜木を先頭タクシーの後部座席に押し込む。
「どこまで行きますか」
「桜木くん、住所住所」
「うーん……」
運転手の問いかけに、桜木は答えない。
「後ろ来てるんで、早くしてくれませんか」
無情にも運転手が言ってくる。
見ると後ろのタクシーにはすでに客が乗っていて、「空車」の表示が消えていた。追い抜くスペースがなく、このタクシーが発進するのを待っているようだった。
焦った早苗はタクシーに乗り込み、桜木の隣に座る。
「勝手に開けるよ」
桜木の鞄から財布を取り出した。
これまたブランド物の、柔らかい革でできた長財布だ。
中から免許証を取り出して、住所を見る。
「あれ、引っ越してないの……?」
それは、早苗がトレーナーだったときに桜木が住んでいた住所と同じだった。
細かい枝番までは覚えていなかったが、マンション名が一致している。裏面をひっくり返しても新住所の記載はなかった。
早苗が桜木の家の住所を知っているのは、かつて、こうやって何度もタクシーに押し込んだ経験があるからだった。
そのマンションは今いる所からあまり遠くない位置にあり、現在の職場からも近い。だが、以前別の本部に異動したあと、桜木の職場は少し遠い所に移ったはずだ。
一人暮らしなら、職場から近いところに引っ越せばよかったのに。
「あの、この住所……まで、お願いします……」
運転手に免許証を見せる。
「で、お客さんは降りるの? 降りないの?」
「降ります……」
早苗は開いたままのドアから、タクシーを降りようとした。
その手首を桜木がつかむ。
「ちょ、桜木くん」
「行かないで」
「いや、自分で帰りなよ。ちゃんとタクシーで行けるから」
「部屋まで歩けない……」
桜木は手を離してくれそうになかった。
「お客さん、どっちでもいいから早くしてくれませんかね」
運転手の声には圧があった。
対話をするのでさえ苦痛なのに、強い口調で言われると泣きそうになってしまう。
どうしよう……どうしよう……。
ああっ、もう、仕方ないな。
「行ってください……」
早苗は後部座席に座ったまま、運転手に合図した。
実は、泥酔した桜木をタクシーで家まで送ったことも何度かあった。
「すいません……」
桜木は窓に頭を預けて、腕で目を覆っていた。
「そう思うならそんなに飲み過ぎないこと」
「はい……」
その後、タクシーに乗っている間は二人は無言だった。
タクシーに揺られて気持ち悪くなっていないか、と早苗は様子をうかがっていたが、目的地まで桜木が吐き気を訴えるようなことはなかった。
到着した場所はやはり前と同じマンションだった。
タクシーの料金は桜木のから支払った。
飲み会なら後輩におごるのはやぶさかではないが、送迎のタクシー代までおごるつもりはない。飲み過ぎるのは自己責任だ。
桜木を引っ張りだして、腕を担ぐ。
財布の中に鍵が入っているのを知っていたため、マンションの入り口でカードキーをかざして開ける。
部屋番号は忘れてしまっていたが、免許証に書いてあったのをさっき見てあった。
エレベーターを降りて廊下に出たとき、そうだこの場所だ、と記憶がよみがえってきた。
玄関の鍵もカードキーで開けて、ドアを開く。
「着いたよー」
靴を脱いでくれなかったらどうしようかと思ったが、桜木は自分で靴を脱いでくれた。
玄関の壁にもたれて、ずるずると崩れ落ちる。
「ちゃんと水飲んで、ベッドで寝るんだよ」
三和土でしゃがみ込み、顔の近くで言い聞かせる。
さてと、帰ろう。
早苗は鞄を肩にかけ直して立ち上がった。
その手を桜木がつかむ。
「無理……。寝室まで運んで……」
「すぐそこでしょ?」
奥の扉の向こうが居間、手前の扉の向こうが寝室だ。早苗はインフルエンザにかかった桜木を見舞って、一度だけ入ったことがあった。
「先輩……」
熱に浮かされたような目で見られる。
後輩に頼られるというのは悪い気はしない。
暖かくなってきたとはいえ、このまま玄関で寝てしまっては風邪を引いてしまうかもしれない。
ああ、もう、仕方ないなぁ。
「はいはい。じゃあ、立って。お姫様抱っこなんて私には無理だからね」
腕を引っ張ると、桜木は壁に体を預けながら立ち上がった。
「この部屋でいいんだよね」
「はい」
扉をあけると、部屋の真ん中にセミダブルのベッドが置いてあった。青い無地のベッドカバーがかかっている。その枕元に焦げ茶色のサイドテーブルが置いてあった。
それ以外は何もない、非常にシンプルな部屋だった。
前はもっとごちゃごちゃしてたのに。
ベッドはシングルだったし、大学生の一人暮らしからそのまま持ってきたような机や本棚が置いてあったような記憶がある。
「よいしょっと」
担いだ桜木をベッドの端に座らせると、桜木はバタリと後ろに倒れた。
「あー……」
腕で顔を覆ってうなっている。
ジャケットがシワになる、と思ったが、そこまでは面倒見きれない。まさかスーツが一着しかないなんてこともないだろう。
「じゃあ、帰るね。落ち着いたら水飲みなよ」
さっきと同じことを言い、早苗はスマホを見た。
一次会で切り上げたこともあって、まだ全然遅くはない。
駅までの道のりを探そうと、マップアプリを立ち上げる。
その時、桜木が突然がばりと起き上がって、早苗の手首をつかんだ。
「めっちゃ眠いです」
「いやいや、ここで寝ちゃ駄目でしょ」
再び頭を垂れた桜木の肩に手を置く。
「タクシーで帰る?」
こくり、と返事が返ってくる。
「じゃあ、乗り場まで行かないと」
繁華街にあるこの駅では、タクシーが客待ちをしている場所がある。
流しのタクシーを捕まえなくて済むのはありがたい。
「歩ける?」
こくり。
早苗は桜木の鞄を受け取り、桜木の腕を首に回した。
早苗が中腰から立ち上がるのに合わせて、桜木も立ち上がる。
眠いと言っている割に、やはり体重はそれ程かかってこなくて、あまり大変な思いをせずにタクシーの列までたどり着けた。
桜木を先頭タクシーの後部座席に押し込む。
「どこまで行きますか」
「桜木くん、住所住所」
「うーん……」
運転手の問いかけに、桜木は答えない。
「後ろ来てるんで、早くしてくれませんか」
無情にも運転手が言ってくる。
見ると後ろのタクシーにはすでに客が乗っていて、「空車」の表示が消えていた。追い抜くスペースがなく、このタクシーが発進するのを待っているようだった。
焦った早苗はタクシーに乗り込み、桜木の隣に座る。
「勝手に開けるよ」
桜木の鞄から財布を取り出した。
これまたブランド物の、柔らかい革でできた長財布だ。
中から免許証を取り出して、住所を見る。
「あれ、引っ越してないの……?」
それは、早苗がトレーナーだったときに桜木が住んでいた住所と同じだった。
細かい枝番までは覚えていなかったが、マンション名が一致している。裏面をひっくり返しても新住所の記載はなかった。
早苗が桜木の家の住所を知っているのは、かつて、こうやって何度もタクシーに押し込んだ経験があるからだった。
そのマンションは今いる所からあまり遠くない位置にあり、現在の職場からも近い。だが、以前別の本部に異動したあと、桜木の職場は少し遠い所に移ったはずだ。
一人暮らしなら、職場から近いところに引っ越せばよかったのに。
「あの、この住所……まで、お願いします……」
運転手に免許証を見せる。
「で、お客さんは降りるの? 降りないの?」
「降ります……」
早苗は開いたままのドアから、タクシーを降りようとした。
その手首を桜木がつかむ。
「ちょ、桜木くん」
「行かないで」
「いや、自分で帰りなよ。ちゃんとタクシーで行けるから」
「部屋まで歩けない……」
桜木は手を離してくれそうになかった。
「お客さん、どっちでもいいから早くしてくれませんかね」
運転手の声には圧があった。
対話をするのでさえ苦痛なのに、強い口調で言われると泣きそうになってしまう。
どうしよう……どうしよう……。
ああっ、もう、仕方ないな。
「行ってください……」
早苗は後部座席に座ったまま、運転手に合図した。
実は、泥酔した桜木をタクシーで家まで送ったことも何度かあった。
「すいません……」
桜木は窓に頭を預けて、腕で目を覆っていた。
「そう思うならそんなに飲み過ぎないこと」
「はい……」
その後、タクシーに乗っている間は二人は無言だった。
タクシーに揺られて気持ち悪くなっていないか、と早苗は様子をうかがっていたが、目的地まで桜木が吐き気を訴えるようなことはなかった。
到着した場所はやはり前と同じマンションだった。
タクシーの料金は桜木のから支払った。
飲み会なら後輩におごるのはやぶさかではないが、送迎のタクシー代までおごるつもりはない。飲み過ぎるのは自己責任だ。
桜木を引っ張りだして、腕を担ぐ。
財布の中に鍵が入っているのを知っていたため、マンションの入り口でカードキーをかざして開ける。
部屋番号は忘れてしまっていたが、免許証に書いてあったのをさっき見てあった。
エレベーターを降りて廊下に出たとき、そうだこの場所だ、と記憶がよみがえってきた。
玄関の鍵もカードキーで開けて、ドアを開く。
「着いたよー」
靴を脱いでくれなかったらどうしようかと思ったが、桜木は自分で靴を脱いでくれた。
玄関の壁にもたれて、ずるずると崩れ落ちる。
「ちゃんと水飲んで、ベッドで寝るんだよ」
三和土でしゃがみ込み、顔の近くで言い聞かせる。
さてと、帰ろう。
早苗は鞄を肩にかけ直して立ち上がった。
その手を桜木がつかむ。
「無理……。寝室まで運んで……」
「すぐそこでしょ?」
奥の扉の向こうが居間、手前の扉の向こうが寝室だ。早苗はインフルエンザにかかった桜木を見舞って、一度だけ入ったことがあった。
「先輩……」
熱に浮かされたような目で見られる。
後輩に頼られるというのは悪い気はしない。
暖かくなってきたとはいえ、このまま玄関で寝てしまっては風邪を引いてしまうかもしれない。
ああ、もう、仕方ないなぁ。
「はいはい。じゃあ、立って。お姫様抱っこなんて私には無理だからね」
腕を引っ張ると、桜木は壁に体を預けながら立ち上がった。
「この部屋でいいんだよね」
「はい」
扉をあけると、部屋の真ん中にセミダブルのベッドが置いてあった。青い無地のベッドカバーがかかっている。その枕元に焦げ茶色のサイドテーブルが置いてあった。
それ以外は何もない、非常にシンプルな部屋だった。
前はもっとごちゃごちゃしてたのに。
ベッドはシングルだったし、大学生の一人暮らしからそのまま持ってきたような机や本棚が置いてあったような記憶がある。
「よいしょっと」
担いだ桜木をベッドの端に座らせると、桜木はバタリと後ろに倒れた。
「あー……」
腕で顔を覆ってうなっている。
ジャケットがシワになる、と思ったが、そこまでは面倒見きれない。まさかスーツが一着しかないなんてこともないだろう。
「じゃあ、帰るね。落ち着いたら水飲みなよ」
さっきと同じことを言い、早苗はスマホを見た。
一次会で切り上げたこともあって、まだ全然遅くはない。
駅までの道のりを探そうと、マップアプリを立ち上げる。
その時、桜木が突然がばりと起き上がって、早苗の手首をつかんだ。
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