【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保

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第18話 プレゼン(5)相談

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 翌週の月曜日、早苗たちは重役会議の結果の連絡を今か今かと待っていた。川口が電話をくれると聞いていたので、机に置いてある共用電話が鳴るたびに、心臓が跳ねる。

 だが、予定の時間が過ぎても連絡は来ない。

 まんじりともしない気持ちで、半分意識を持って行かれながら業務をしていた早苗は、横から奥田に話しかけられた。

「皆瀬さん、こんな時で申し訳ないのですが、お話したいことがありまして」
「はい、何でしょう?」

 奥田はひどく真剣な顔をしていた。

「その、ここではちょっと……。会議室を予約したので、そちらででもいいですか」
「わかりました」

 会議室へ向かうわずかな間、早苗は話したいこととは何だろう、と頭の中でぐるぐると考えていた。大事な連絡を待っている時にする話ということは、同様に重要な話に違いない。

 奥だがパソコンを持っていない所を見ると、業務に関する相談ではなさそうだった。

 一番あり得るのは、仕事をめるという話だ。転職をする、というバリエーションもある。どちらにしろ、とにかくプロジェクトからは抜けることになる。

 次にあり得るのは、上からの異動の辞令が出た、というパターンだ。奥田の会社としても、長く続けられる契約はありがたいはずだが、全くないわけではない。これもやはりプロジェクトを抜けることになる。

 それとも、病気が見つかった、などというもっと深刻な話だろうか。

 奥田が取った会議室は、定員二人だけの小さな部屋だった。

 半円のテーブルが壁に接して置いてあり、椅子が横に並んでいる。テーブルの上にはディスプレイが一つあって、各自のノートパソコンを繋げられるようになっていた。

 今回はパソコンがないのでディスプレイの電源はつけない。

 早苗の横に座った奥田が体を早苗に向けたので、早苗も奥田の方を向いた。

 奥田は目をせてしばらく逡巡しゅんじゅんしているような素振そぶりを見せたあと、顔を上げて早苗をじっと見た。

「独立して、会社を立ち上げることにしました」

 そっちだったか……。

 退職のさらに別のバリエーションだった。だが、やはりプロジェクトを出て行くことには変わりない。

 技術者エンジニアは独立する者も多い。会社を立ち上げたり、個人事業主になった方が収入が増えるからだ。

 予想していた事とはいえ、早苗は目の前が真っ暗になったように感じた。

 奥田がチームからいなくなる、ということが上手く考えられない。

 これからどうすればいいのだろうか。業務は? プレゼンは?

 奥田は早苗の心の支えでもあった。技術的な所は奥田に確認してもらっていれば大丈夫、という絶対の信頼があったのだ。

 でも、病気とかじゃなくてよかった……。

 最悪のケースまで想像していた早苗は、そのことだけには安堵あんどした。

「いつですか?」

 早苗はがっかりした様子を見せないよう、平坦な声で聞いた。

 奥田だって言いにくいのだ。早苗がしょぼくれてしまうと、さらに言いにくくなるだろう。

 まあ、早苗の心情など、奥田にはお見通しなのだろうけれど。

「二ヶ月後ですが、有給が残っているので、一月ひとつき後には退たいプロします」
「……わかりました」

 思ったよりも早い。

 現行システムのサービス開始リリースまではいてくれるようだ。

「では、なるべく早く後任者を見つけますので、引き継ぎの準備をお願いします」
「その前に、ご相談なんですが」
「何でしょう」
「一ヶ月後から、新規契約で雇ってもらえないでしょうか?」

 早苗は首をかしげた。

「どういう意味でしょうか?」
「今の会社的には一ヶ月後に退プロしますが、新しい会社と継続して引き続き雇って欲しいんです」
「有休消化中に新しい会社で働くということですか? 副業は禁止じゃないんですか? というか、乗り換えて同じプロジェクトで働くというのは、今の会社的に許されるんでしょうか」
「実は、上層部と喧嘩けんかしまして、出て行けと言われてしまったんです。副業だろうが乗り換えだろうが構わない、という言質げんちも取りました」
「えぇっ!?」

 そんなことがあるのだろうか。奥田の会社はそこそこの規模がある。一体何があれば上層部と喧嘩をするような事になるのだろう。

「やはり、駄目でしょうか」
「駄目っていうか……」

 奥田の会社からは、早苗のプロジェクトだけでも他にも人が来ている。会社全体ではかなりの数になるだろう。

 ここで奥田の乗り換えを受け入れてしまったら、会社間でしこりが残らないだろうか。

「私の一存ではちょっと……。契約を決めるのは課長ですし」
「わかっています。皆瀬さんには課長さんに推薦して頂ければと思っています」
「それは全然いいですよ。私も奥田さんが継続してくれるのは助かります」

 助かるなどと言うレベルではない。

 本当はのどから手が出るほど欲しい。

 できることがあるのなら、全身全霊をもって協力する所存だ。

「全力で推薦します」
「よろしくお願いします」

 奥田が早苗の両手を取って、祈るように握った。

 その時、コンコン、とドアがノックされ、続いてカチャリと開いた。

「失礼します。先輩――」

 ドアを開けたのは桜木だった。

 半開きのままピタリと止まる。

「席にいないから会議室予約見て来たんですけど――」

 桜木の目は、握られている二人の手にそそがれていた。
 
 早苗はぱっと奥田の手から手を引き抜いた。

 また変な所を見られてしまった。

 恥ずかしさだけではなく、なぜだか後ろめたい気持ちにもなった。

「ど、どうしたの?」
「今、先方から連絡が来て……」
「どうだったっ!?」
「通ったそうです」
「やったー!!」

 桜木の言葉に、早苗は両手を上げて喜んだ。

 長かった……本当に長かった……。

 資料を作ってはボツをくらい、作り直してはボツをくらった。

 なんとか担当者の川口のレビューを通ったと思ったら、今度は橋本だ。

 みんなで終電ギリギリまで議論した日々が思い返された。

「奥田さん、やりましたよ!」
「はい!」

 早苗は奥田の腕をぱしぱしと叩いて、喜びを表現した。

「先輩!」

 桜木が二人の喜びの声をさえぎるように声を上げた。

「川口さんが少し先輩と話したいって。電話繋がってます」
「え!? 今行くっ!」

 大股おおまたの早足でオフィスに戻る桜木の後を追って、早苗は会議室を後にした。
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