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第19話 リリース(1)トラブル
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次期システムの提案が終わり、無事に要件定義工程には入れたが、今度は現在開発中のシステムのサービス開始の日が迫ってきていた。
一山越えたと思ったらまた山だ。
さすがに連続で長時間労働に入るのは心身によくないため、早苗は思いきって今週一週間を休養期間とすることにした。
その間は残業禁止にして、有給取得も奨励する。
早苗も最終日に休みを取り、三連休で美容室やマッサージに行ったり、一日家でのんびりしたりと、存分にリフレッシュした。
金曜日に休みを取ったので、桜木の家には行っていない。私用のスマホに桜木から誘いは来ていたが、早苗は断った。
休養期間が終われば、現開発のリリースの準備と、次期システムの要件定義を並行して進めなければならない。
早苗が両方見るのはどうやっても不可能だったので、要件定義の方は奥田に任せることにした。
提案の時点ですでに要件の大枠は決めていたため、あとは細かい調整と、資料への落とし込みをすればいい。
一方、リリースの方は、テスト環境でのリハーサルや、テスト環境から本番環境へ移すファイルの準備、手順書の準備、万が一の時のためのトラブル対応の準備など、やることが盛りだくさんだ。
早苗はリリースの準備につきっきりになった。
とはいえ要件定義を奥田に丸投げしておくわけにもいかない。開発チームのリーダーはあくまでも早苗なのだ。
現開発のリリースの準備の方も、技術力の高い奥田が入っていないのは不安だった。
だから早苗は、奥田との情報共有の時間を多めにとり、それぞれの状況を頻繁に確認し合った。
それに加えて、奥田の雇用継続の推薦の準備もあった。
課長からは、さすがに今の会社を退職するまでは雇えない、正式に辞職してから契約し直すから、奥田が退プロするまでに推薦書を作るように、と言われていた。
奥田が有能であり、プロジェクトに必須であることは、課長もよく分かっている。
だが、事情が事情なだけに、課長の一存では難しく、奥田でなければならない理由を上に説明するための資料が必要だったのだ。
これまで奥田がやってきた事を資料にまとめるのは、二人で協力してやっても、かなり大変なことだった。
早苗の会社では、昇進試験の面接の時に同様の資料を提出することになっていて、早苗も課長代理に昇進する前にそれをやった。その準備には、通常業務と並行して二ヶ月ほどかかった。
それとほとんど同じ作業を、早苗と奥田はサービス開始と要件定義を同時に進めながらすることになったのだ。
それは本当に目の回るような忙しさだった。
時間が足りなくて、早朝出勤、残業、休日出勤をしたのだが、それに加えてリリースのリハーサルのために夜勤をする日もあった。リハーサルは本番と同様の条件でやるために、夜中に実施するのだ。
労働組合と会社間では残業時間の上限が定められているのだが、早苗は通常のそれを超える申請をし、労働基準法の上限まで引き上げてもらった。それでもギリギリという状況だった。
早苗は他の事を考える余裕がなくなり、また夜勤が金曜になることも多く、桜木の家にぱたりと行かなくなった。
仕事の面でも、早苗が仕切っているサービス開始の方は完全に開発部隊の領分であり、要件定義の方を進めている桜木とは関わりがない。
桜木の席は提案が終わったのを機に営業フロアに戻っていたのもあって、桜木が時々奥田と話をしに席に来た時にわずかに雑談する程度しか、接点がなかった。
そして迎えたリリース日。
早苗は夜の二十時に出勤した。
奥田を含めたチームメンバーの大半も同様だ。出てきていないのは二人だけで、彼らは翌日の昼間の作業があるので夜勤はしない。
昼間にやって万が一トラブルが発生したら大変なので、リリースは金曜日の夜中に設定された。次の日も休みだから、システムが停止するような大障害が起こったとしても、影響は最小限にできる。
早苗たちは二十二時からスケジュール通りに準備を始めた。
サービス開始は朝の九時だが、開始のための作業をし、正常に動くことを確認し、万が一の時は元に戻すという作業を考えると、それだけの時間が必要になるのだ。
作業をする場所はオフィスの奥、虹彩認証のある特別な高セキュリティ区画で、あらかじめ登録された人しか入れない。壁はガラス張りになっていて、誰が入っているのか見えるようになっていた。
パソコンにも指紋認証があり、登録者しか使えない。入室用の虹彩は他のチームにも支援要員として登録されている者もいたが、指紋登録はさらにメンバーが限られていた。
顧客からリリース作業の開始許可が下りると、メンバーは手順書に沿って、一つ一つ丁寧にサーバーにコマンドを打ち込んでいった。
本番環境の作業は二人体制でやることになっている。一人がパソコンを操作して、もう一人がそれを見守るのだ。作業者がミスをしそうになっても、確認者が気づくことができるからだった。
早苗は統括する立場なので、それらの作業には加わっていない。チームのメンバーがカタカタとキーボードを操作しているのを、じっと眺めているばかりだった。
歯がゆい。が、リーダーは万が一の時の予備要員でもある。作業者として数には入れられない。
こういうとき、昇進するのも考え物だな、と思う。
早苗はまだ資料を作ったり、顧客とやりとりしたりと実作業が多いが、早苗の会社の場合は、課長レベルになると複数のプロジェクトを束ねてマネジメントするのがほとんどとなり、実作業ができなくなる。
偉くなればそれだけ裁量が増えるので、それなりにやりがいはあるのだろう。
だが、早苗は手作業が好きだったし、そこにやりがいを感じていた。どんどん昇進して偉くなりたいという欲がない。
頭の隅でそんなことを考えていられるほど、作業は順調だった。
そこに、突然悲鳴が上がる。
「うわぁっ!」
「どうしたの!?」
上げたのはチームメンバーの一人だ。
「エラーが止まりません!」
早苗がパソコンに走り寄ると、ログを表示しているディスプレイには、エラー表示が下から上へとどんどん流れていた。
全員がそのディスプレイの前に集まる。
「何やったの!?」
「対抗先への接続コマンドを打ちました」
顧客の別のシステムへの接続の操作をしただけだという。
流れているエラーの内容も、相手のシステムに接続リクエストを送ったが、接続できないというものだった。リトライを試みようとして、全て失敗している。
「切断コマンド!」
「はい!」
切断のコマンドは手順書にはない。
作業者は慎重に打ち込んだあと指差し確認をし、早苗も一字一句確認した。
よし。合ってる。
「やって!」
一瞬の逡巡の後、作業者がタンッと実行キーを押した。
「止まりました」
ログファイルに吐き出されていたエラーが止まった。
「原因、調べます」
ほっと場の空気が緩んだ後、真っ先に席に戻ったのは奥田だった。
早苗も指示を飛ばす。
「そっちは、手順書間違ってないか調べて!」
「はい!」
「他の人は作業ログとの突き合わせ!」
「わかりました!」
「あと誰か事象をホワイトボードにまとめて!」
「俺やります!」
非常時なので敬語は無しだ。
早苗は奥田のディスプレイをのぞき込んだ。
念のため確認の指示はしたが、テスト環境で一度リハーサルをしているから、手順書は間違っていないはずだ。
手順を飛ばしてしまった、なんて凡ミスもまずないだろう。そのための二人体制だ。
「手順書は間違っていなさそうです。作業ログとの差分もありません」
「わかりました」
飛んできた言葉に取りあえず返す。
では原因は何なのか。
テスト環境と本番環境での違い……。
IPアドレスなのか、サーバー名なのか、元々違う設定が入っていたのか。
奥田は迷いなくカタカタとキーボードを打っていく。マニュアルを見たりネットで調べたりしなくても、必要なコマンドは頭に入っているのだ。
トラブルの原因解析の手順書などないから全て手順書外のコマンドだが、ただ表示させるだけのコマンドだ。何かを変更したり書き加えたりするようなコマンドでは早苗も確認しないとまずいが、その辺は奥田も心得ていた。
一山越えたと思ったらまた山だ。
さすがに連続で長時間労働に入るのは心身によくないため、早苗は思いきって今週一週間を休養期間とすることにした。
その間は残業禁止にして、有給取得も奨励する。
早苗も最終日に休みを取り、三連休で美容室やマッサージに行ったり、一日家でのんびりしたりと、存分にリフレッシュした。
金曜日に休みを取ったので、桜木の家には行っていない。私用のスマホに桜木から誘いは来ていたが、早苗は断った。
休養期間が終われば、現開発のリリースの準備と、次期システムの要件定義を並行して進めなければならない。
早苗が両方見るのはどうやっても不可能だったので、要件定義の方は奥田に任せることにした。
提案の時点ですでに要件の大枠は決めていたため、あとは細かい調整と、資料への落とし込みをすればいい。
一方、リリースの方は、テスト環境でのリハーサルや、テスト環境から本番環境へ移すファイルの準備、手順書の準備、万が一の時のためのトラブル対応の準備など、やることが盛りだくさんだ。
早苗はリリースの準備につきっきりになった。
とはいえ要件定義を奥田に丸投げしておくわけにもいかない。開発チームのリーダーはあくまでも早苗なのだ。
現開発のリリースの準備の方も、技術力の高い奥田が入っていないのは不安だった。
だから早苗は、奥田との情報共有の時間を多めにとり、それぞれの状況を頻繁に確認し合った。
それに加えて、奥田の雇用継続の推薦の準備もあった。
課長からは、さすがに今の会社を退職するまでは雇えない、正式に辞職してから契約し直すから、奥田が退プロするまでに推薦書を作るように、と言われていた。
奥田が有能であり、プロジェクトに必須であることは、課長もよく分かっている。
だが、事情が事情なだけに、課長の一存では難しく、奥田でなければならない理由を上に説明するための資料が必要だったのだ。
これまで奥田がやってきた事を資料にまとめるのは、二人で協力してやっても、かなり大変なことだった。
早苗の会社では、昇進試験の面接の時に同様の資料を提出することになっていて、早苗も課長代理に昇進する前にそれをやった。その準備には、通常業務と並行して二ヶ月ほどかかった。
それとほとんど同じ作業を、早苗と奥田はサービス開始と要件定義を同時に進めながらすることになったのだ。
それは本当に目の回るような忙しさだった。
時間が足りなくて、早朝出勤、残業、休日出勤をしたのだが、それに加えてリリースのリハーサルのために夜勤をする日もあった。リハーサルは本番と同様の条件でやるために、夜中に実施するのだ。
労働組合と会社間では残業時間の上限が定められているのだが、早苗は通常のそれを超える申請をし、労働基準法の上限まで引き上げてもらった。それでもギリギリという状況だった。
早苗は他の事を考える余裕がなくなり、また夜勤が金曜になることも多く、桜木の家にぱたりと行かなくなった。
仕事の面でも、早苗が仕切っているサービス開始の方は完全に開発部隊の領分であり、要件定義の方を進めている桜木とは関わりがない。
桜木の席は提案が終わったのを機に営業フロアに戻っていたのもあって、桜木が時々奥田と話をしに席に来た時にわずかに雑談する程度しか、接点がなかった。
そして迎えたリリース日。
早苗は夜の二十時に出勤した。
奥田を含めたチームメンバーの大半も同様だ。出てきていないのは二人だけで、彼らは翌日の昼間の作業があるので夜勤はしない。
昼間にやって万が一トラブルが発生したら大変なので、リリースは金曜日の夜中に設定された。次の日も休みだから、システムが停止するような大障害が起こったとしても、影響は最小限にできる。
早苗たちは二十二時からスケジュール通りに準備を始めた。
サービス開始は朝の九時だが、開始のための作業をし、正常に動くことを確認し、万が一の時は元に戻すという作業を考えると、それだけの時間が必要になるのだ。
作業をする場所はオフィスの奥、虹彩認証のある特別な高セキュリティ区画で、あらかじめ登録された人しか入れない。壁はガラス張りになっていて、誰が入っているのか見えるようになっていた。
パソコンにも指紋認証があり、登録者しか使えない。入室用の虹彩は他のチームにも支援要員として登録されている者もいたが、指紋登録はさらにメンバーが限られていた。
顧客からリリース作業の開始許可が下りると、メンバーは手順書に沿って、一つ一つ丁寧にサーバーにコマンドを打ち込んでいった。
本番環境の作業は二人体制でやることになっている。一人がパソコンを操作して、もう一人がそれを見守るのだ。作業者がミスをしそうになっても、確認者が気づくことができるからだった。
早苗は統括する立場なので、それらの作業には加わっていない。チームのメンバーがカタカタとキーボードを操作しているのを、じっと眺めているばかりだった。
歯がゆい。が、リーダーは万が一の時の予備要員でもある。作業者として数には入れられない。
こういうとき、昇進するのも考え物だな、と思う。
早苗はまだ資料を作ったり、顧客とやりとりしたりと実作業が多いが、早苗の会社の場合は、課長レベルになると複数のプロジェクトを束ねてマネジメントするのがほとんどとなり、実作業ができなくなる。
偉くなればそれだけ裁量が増えるので、それなりにやりがいはあるのだろう。
だが、早苗は手作業が好きだったし、そこにやりがいを感じていた。どんどん昇進して偉くなりたいという欲がない。
頭の隅でそんなことを考えていられるほど、作業は順調だった。
そこに、突然悲鳴が上がる。
「うわぁっ!」
「どうしたの!?」
上げたのはチームメンバーの一人だ。
「エラーが止まりません!」
早苗がパソコンに走り寄ると、ログを表示しているディスプレイには、エラー表示が下から上へとどんどん流れていた。
全員がそのディスプレイの前に集まる。
「何やったの!?」
「対抗先への接続コマンドを打ちました」
顧客の別のシステムへの接続の操作をしただけだという。
流れているエラーの内容も、相手のシステムに接続リクエストを送ったが、接続できないというものだった。リトライを試みようとして、全て失敗している。
「切断コマンド!」
「はい!」
切断のコマンドは手順書にはない。
作業者は慎重に打ち込んだあと指差し確認をし、早苗も一字一句確認した。
よし。合ってる。
「やって!」
一瞬の逡巡の後、作業者がタンッと実行キーを押した。
「止まりました」
ログファイルに吐き出されていたエラーが止まった。
「原因、調べます」
ほっと場の空気が緩んだ後、真っ先に席に戻ったのは奥田だった。
早苗も指示を飛ばす。
「そっちは、手順書間違ってないか調べて!」
「はい!」
「他の人は作業ログとの突き合わせ!」
「わかりました!」
「あと誰か事象をホワイトボードにまとめて!」
「俺やります!」
非常時なので敬語は無しだ。
早苗は奥田のディスプレイをのぞき込んだ。
念のため確認の指示はしたが、テスト環境で一度リハーサルをしているから、手順書は間違っていないはずだ。
手順を飛ばしてしまった、なんて凡ミスもまずないだろう。そのための二人体制だ。
「手順書は間違っていなさそうです。作業ログとの差分もありません」
「わかりました」
飛んできた言葉に取りあえず返す。
では原因は何なのか。
テスト環境と本番環境での違い……。
IPアドレスなのか、サーバー名なのか、元々違う設定が入っていたのか。
奥田は迷いなくカタカタとキーボードを打っていく。マニュアルを見たりネットで調べたりしなくても、必要なコマンドは頭に入っているのだ。
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