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第2章 防衛への係わり
2.8 さつき大学受験
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二宮さつきは、今日受験である。受験先は、地元の千葉国立大学で、教育学部の中学校課程を受ける。これは、彼女が教育学部を目指すのは中学校での恩師に感化されてのことである。彼女は、中学校の時に、仲の良かった兄が突然居なくなって、なかなかその心の傷が癒えない状態で、学校でもなじめなかったのだ。
そんな彼女を、それとなく声をかけて励ましてくれた中川明子先生を見ていて、こんな先生になりたいと思ってのものである。自分が、その先生のさりげない導きから大きな励ましを得て、その後元気を取り戻していったその経験からも、とりわけ中学校程度の子供にとっては、教師の導きは非常に大きなものになり得ると思うのだ。
だから、荒れた中学校が多くて、教師は苦労する割には報われない立場であるのが判っていても、あの中川先生のように、生徒を導きその行き先を照らす教師になりたいと思うのだ。
彼女の兄、ハヤトは昨年の11月に突然帰ってきた。失踪時小学生だった彼女からすれば、自分が大きくなったこともあって、帰って来た兄の体そのものは、そんなに大きくは感じずむしろ小さくなったような気がした。しかし、その肉体は引き締まり、顔つきも甘さは一切なく、過ごしてきた時間の過酷さを感じざるを得なかった。また、体から発する気というか、迫力は彼女が人に対して感じたことのないものであった。
兄が言うには、その失踪は異世界に召喚されてのことであり、その後3年の訓練、4年の魔族との戦いで人類社会の生存を脅かせていた魔族をその王と共に滅ぼしたとのことだ。いくら何でも、兄の言葉とは言え、さつきも最初は信じられなかったが、実際に魔法を見せられ、持ち帰ったまさに財宝を見せられることもあって、今は本当の事だと確信している。
それは、一つにはその兄の導きでいまでは彼女も魔法を使えるからだ。それは、兄が帰って1週間位後のことだった。たまたま、小さな前の家の居間になっている台所で、テーブルに兄とだけ一緒に居た時、兄がさりげなく声をかけたのだ。
「さつきは、魔力が大きいね。俺も街を歩いて回ったけど、お前レベルのものはいないな」
彼女は驚いて聞く。
「魔力が!でも私が多いというのは何でだろう。でもそうすると、私もお兄ちゃんのような魔法が使えるの?」
「うん、俺が召喚されたのは魔力が大きかったかららしい。だから、俺の妹のさつきも大きいはずさ。父さんはそうでもないけど、母さんは大きいよ。それで、さつきは身体強化はもちろん、魔法もかなり使えるようになると思う。さつきは使えるようになりたい?」
「もちろんよ。魔法!使えたらすばらしいわ。ね、ねえ、お兄ちゃん教えてよ!」
「よし、よし、もちろん教えてやるよ」
ハヤトはニコニコして言う。
彼にしてみれば、お兄ちゃんと呼んでくれる妹は可愛くてしょうがない。しかし、年ごろの妹に対して、なかなか素直に接触することができなかったのだ。ハヤトの目に狂いはなく、さつきは、身体強化は無論、光、火(実際は熱)、水、土魔法が使えるようになり、空間把握の地図魔法も範囲が狭いが使えるようになった。
その上に、身体強化については当然のように、他人に教えられるレベルになっている。後は、基本的には自主訓練で自分で能力を伸ばすことになったが、ハヤトも時間があるときは訓練を施し、その進歩をチェックしている。さつきは、魔法に目覚めた後はその能力を試し、かつ伸ばすことに夢中になった。
彼女は、現在受験生ではあるが、国立ではあってもそれほど難関ではない教育学部を受験するわけだが、彼女の成績であれば問題ないだろうというのが、担任の評価である。その受験生だから、よりはっきり気が付いたのだろうが、魔法を習ってから明らかに同じ勉強をしていても、その内容の頭への入り方、理解が明らかに前に比べ勝っているのを感じた。
試しに、まだやっていない過去問を解いてみた。すると、解き方の道筋がはっきり浮かんできて、全く無駄なく的確に解けていくことに自分で驚きながら問題に取り組み、終わった後にはかってないほどの出来であることを自覚した。事実答え合わせをしてみると、今までとはけた違いの点が取れていた。
『お兄ちゃんが言っていたのは本当ね。魔法を使えるようになると、別にその時魔法を使っていなくても確かに頭の働きが良くなるわ。でも、ラッキー!志望校を変えるつもりはないから、今から魔法の訓練に打ち込めるわ』
さつきはこぶしを握り締めた。
彼女は、その後は毎日朝早く起きてランニングに励み、さらに、狭山第2中学校に通っているハヤトを引っ張り出して、格闘技を習う他、光、火、水、そして土の魔法の練習、さらにマップ機能の増進に励んでいる。その中でセンター試験が行われたが、彼女にとっては鼻歌混じりで、終わって自己採点をして見比べた結果、周囲の友人から引かれた。
「なによ、さつき!780点!東大でも行けるじゃないの。何で千葉国大の教育なのよ」
友人の金島ゆう子がゆかりの自己採点を見て叫ぶ。それを聞いて、学校の教室で同じように自己採点をしていた、クラスメートが集まって来る。皆の注目を集めて少し怯みながらさつきは答える。
「私は、先生になりたいの!通うのだったら地元が楽だし」
それを聞いてゆう子は「あんたね……」と迫るが、「まあ、あんたの夢だったよね。先生になるというのが」と怒らせた肩を落としさらに言う。
「でも、なんで、そんな点を取ったのよ?成績は私と変わらなかったじゃない。私が620点なのに」
「う、うん。いずれ言うつもりだったけど、私はお兄ちゃんに魔法を習ったのよ」
さつきが言うのに、今度は同じく友人の霧島美和が口をはさむ。
「あなたの兄さんが帰って来て、魔法を使えるとか、そんなことを言っていたわね。でも、仮にあなたが習ったとして、成績が上がるのと何の関係があるのよ。魔法を使えると頭がよくなるとか?」
今度は、さつきも開き直って正直に答える。
「ええ、そうよ。どうも頭が良くなるみたい。だから、今回こんな点が取れたのよ」
「ええ、ずるい!さつきばかり。だったら私たちも習いたい!」
「そうだ、そうだ」
女性徒のみでなく、男子もさつきに迫ってくる。
「うーん、私も一応魔法能力を活性化する方法は習ったけど、ちょっと自信がないわ。じゃあ、お兄ちゃんを呼ぶね。まず聞いてみるわ」
さつきは困って言い、携帯を取り出してハヤトを呼ぶ。
そして皆が受験生であるため、身体強化より頭の働きを良くするために魔法を習いたいということで、来て教えてやって欲しいと頼む。
「ああ、いいよ。どうせ、今は中学生に教えているからな。ついでだ。こっちはもう終わったし、今から出るから30分くらいで着くよ。お前の利根東高校だな。体育館にでも希望者を集めておけよ。ではな」
携帯でのハヤトの答えを皆に伝え、さつきは皆に向かって言う。
「そういうことで、体育館に集まってほしいということだけど、今はまだクラブで使っているでしょう?」
「いや、今日は先生も試験で狩りだされているからクラブは休みだ。明かりがついているけど、多分何人かが自主練習をしているのだろう。一応、僕が先生に了解を取って来るよ」
同じクラスの生徒会長を務めた秀才の天谷薫が言う。
「天谷君なんか、もうそんなの必要ないじゃない」
金島ゆう子がそう言うが、天谷は、成績はトップスラスで東大理1志望であり、合格は固いと目されている。
「冗談じゃない。僕もセンター試験では今聞いた二宮君以下の成績だよ。頭が良くなる方法があるのだったら、是非取り入れたいし、何より魔法を覚えるチャンスというのは絶対に見逃せない」
天谷は皆に向かって強く言って、職員室に向かう。
辺りがもうすっかり暗いなか、違うクラスにも声をかける者がいて、どんどん人が増えていく。更には家に帰ったものも呼び出されたのだろう、校門の外からも生徒が集まってくる上に、天谷の話に好奇心をそそられた教師も数人集まってくる。
こうして、体育館内で練習をしていていた5人ほどに練習を止めてもらって、集まったのは生徒が100人を超えており、教師も6人が集まっていた。皆が、遠慮なしにしゃべるので、体育館の中はなかなか騒々しいが、やがて開いた扉から白っぽいラフな服装のハヤトが入って来る。
ハヤトが明かりの中に踏みこむと、彼の持つ存在感に生徒たちが静まりかえる。女生徒はうっとりしているものが多いが、ゆかりの横に立っていた霧島美和が、ゆかりの腕をつかんで小声で叫ぶように言う。
「ねえ、ねえ、あの人がさつきの兄さん?素敵ねえ」
「え、ええ、お兄ちゃんよ。ハヤト兄さん!」
さつきは、美和の手を外してハヤトに向かって手を振って踏み出す。
「ああ、さつき。これが、希望者か。結構多いな」
それから、教師たちに気づき、そちらに向かって頭を下げ挨拶する。
「ああ、先生方、すみませんね。突然のことで。私は、さつきの兄のハヤトです。よろしくお願いします」
「二宮さんの兄さんですね。長く行方不明になっていたという。私は教頭の城山です。なにか、今日は生徒に魔法を教えてくれるとか」
教師の中の年配で頭が半ば剥げている城山が、魔法と言うとんでもない話に戸惑いながら、ハヤトを見ながら頭を下げる。
「はい、まあ、いま狭山第2中学校でもやっていますがね。魔法と言っても個々人が持っている魔力によって発現できる程度が大きく違います。でも、身体強化はたぶん皆それなりにできるようなります。また、どうもそれに伴って頭の働きもよくなるようです。まあ、皆がもともと持っている力を使えるようになるだけですから害はありませんので、その点は安心してください」
ハヤトも教頭に応じて待っている皆の方を向いて大きな声で言う。
「では、今から魔法能力の活性化を始める。魔力は前頭葉つまり頭のここに蓄えられている」
ハヤトは自分の頭の前部を指して続ける。
「魔力は、その大小はあっても誰でもある程度はもっていて、基本的には身体強化は誰でもある程度は出来る。また、私が行っていた世界では重視されていなかったが、魔法の行使ができるようになると明らかに脳の働きが活性化される模様だ」
ハヤトは生徒を見渡すが、戸惑いながら皆真剣に聞いている様子であるのを確認してさらに続ける。
「では、まず、自分の魔力を感じる!」
ハヤトはそう言い、皆に向かって全力を出して思念で働きかけ、魔力の在りかを教える。結局、ハヤトも狭山第2中学校での経験から、そうすることが、魔法能力の発現を促すのに最も効率がよいことを確かめたのだ。こうして、魔力を体に巡らす方法も思念で伝えて、基本的な訓練も初歩段階を行ってその日の生徒への魔法能力付加を終えた。
その後、生徒たちは皆程度に差はあるが、自分の知的能力が向上したのに気づき、これから始まる大学ごとの試験に自信を持って挑むことができると前向きになるのであった。そして、その多くものが勉強もそれなりにはしているが、身体強化の効果にはまり、寸暇を惜しんで身体的なトレーニングに励むという、その後日本のあちこちで見られるトレーニング・ジャンキーと化していった。
さつきも同様であったが、彼女の場合はハヤトの言う通りほとんど見られないレベルで魔力が大きい。このために、身体強化に関しては、そのベースの肉体を鍛えるトレーニングに励んだこともあって、女性としてはトップクラスの能力を発揮していた。
その上、その後の魔法能力の付加が日本中に広がるにつれて、身体強化以外の魔法を使えるものもぼちぼち増えてきたが、さつきのレベルの魔法が使えるものはまだ出ていない。ちなみに、利根東高校ではさつきに次いで天谷が魔法に高い適性を示し、かれは志望を東大の理Ⅲに変えて受験することになった。
その後、利根東高校では昼休み及び放課後にしばしば記録会が開かれ、身体強化をした状態において、100m走で10秒を切るとか、幅跳びは10mを越え、高跳びは3mを越える者が出てきている。さらに、サッカー、野球、バレーボール等の団体球技、格闘技としての柔道と剣道も超人と化した生徒のぶつかり合いで筋力もさることながら、大幅に上がった鋭敏性のため普通の人では目にも止まらない動きになっている。
そうした騒ぎのなかで、二宮家にも大きな変化があった。ハヤトの持ち帰った財宝がまだ最終的な金額は確定しないものの、少なくとも数百億円で売れたのだ。そのため、宝石を中心とする財宝を引き受けた会社が、かれらに豪邸と呼べる新居を用意して、さつきにも広い部屋が与えられた。
また、さつきにはとりあえずということで、1000万円の口座が与えられた。さらに、大学が決まったら早速運転免許を取り、車を買っていいことになっている。また、彼女がハヤトから贈られたペンダントに使われている宝石は、地球にはないものであり、どのくらいの金額になるかわからないという。
さつきは、はるかに広くなった新居から受験先の大学に母の運転で車に向かっており、いままでの事を思い出して、自分の高校の最近の事を思ってため息をついた。
「なによ、今から受験しようというのに、そのため息は?縁起が悪いわよ」
母涼子が運転しながら、軽くとがめるように言うのに、さつきは額をさすりながら答える。
「いえ、試験のことは心配していないのだけど、高校の今の状態のことを思い出してね」
「ほほほ、でも、まあ、わかるわ。でも、東校の大学の合格は凄いみたいじゃないの。国立は今からだけど、私立は殆どの人が第1志望に合格したのでしょう?まあ、あなたも、Y大学に合格しているものね」
そう、さつきは今日の第一志望の大学の他に、滑り止めとしてむしろ第1志望よりレベルの高い都内の私立大学にすでに合格している。「その点はいいのだけど、みな、本当に魔法と言っても身体強化に夢中になっちゃって、すこしおかしいわ。特にあの秀才の天谷君なんかもう魔法に夢中よ」さつきが口をとがらせて言うと母が笑って言う。
「あなたも似たようなものだったわ。私が言っても聞きもせず、毎日夢中で走って鍛えて、魔法に励んでね。ハヤトを引っ張り出してね。まあ、ハヤトは嫌がっていなかったからいいけれどね」
そう、さつきは結局ハヤトが何度か来て高校の全員が彼の処置を受けた結果全校生徒に広がった、トレーニング・ジャンキー騒ぎを見て、ようやく自らを振り返り、そのトレーニングを常識(?)の範囲にしたのだ。
「さあ、着いたわ。頑張ってね」
車が大学正門わきの車たまりに止まり、母が声をかける。
「ええ、大丈夫よ。落ち着いたものよ」
さつきは、午前3時間、午後3時間半の試験に対いして余裕をもって終えることが出来た。結局、彼女は首尾よく第1志望の大学に合格し、春から車で通うことになった。また、彼女の高校では国立大学受験も、天谷を含め多くのものが志望校に合格していて、高校始まって以来の快挙と騒ぎになった。
そんな彼女を、それとなく声をかけて励ましてくれた中川明子先生を見ていて、こんな先生になりたいと思ってのものである。自分が、その先生のさりげない導きから大きな励ましを得て、その後元気を取り戻していったその経験からも、とりわけ中学校程度の子供にとっては、教師の導きは非常に大きなものになり得ると思うのだ。
だから、荒れた中学校が多くて、教師は苦労する割には報われない立場であるのが判っていても、あの中川先生のように、生徒を導きその行き先を照らす教師になりたいと思うのだ。
彼女の兄、ハヤトは昨年の11月に突然帰ってきた。失踪時小学生だった彼女からすれば、自分が大きくなったこともあって、帰って来た兄の体そのものは、そんなに大きくは感じずむしろ小さくなったような気がした。しかし、その肉体は引き締まり、顔つきも甘さは一切なく、過ごしてきた時間の過酷さを感じざるを得なかった。また、体から発する気というか、迫力は彼女が人に対して感じたことのないものであった。
兄が言うには、その失踪は異世界に召喚されてのことであり、その後3年の訓練、4年の魔族との戦いで人類社会の生存を脅かせていた魔族をその王と共に滅ぼしたとのことだ。いくら何でも、兄の言葉とは言え、さつきも最初は信じられなかったが、実際に魔法を見せられ、持ち帰ったまさに財宝を見せられることもあって、今は本当の事だと確信している。
それは、一つにはその兄の導きでいまでは彼女も魔法を使えるからだ。それは、兄が帰って1週間位後のことだった。たまたま、小さな前の家の居間になっている台所で、テーブルに兄とだけ一緒に居た時、兄がさりげなく声をかけたのだ。
「さつきは、魔力が大きいね。俺も街を歩いて回ったけど、お前レベルのものはいないな」
彼女は驚いて聞く。
「魔力が!でも私が多いというのは何でだろう。でもそうすると、私もお兄ちゃんのような魔法が使えるの?」
「うん、俺が召喚されたのは魔力が大きかったかららしい。だから、俺の妹のさつきも大きいはずさ。父さんはそうでもないけど、母さんは大きいよ。それで、さつきは身体強化はもちろん、魔法もかなり使えるようになると思う。さつきは使えるようになりたい?」
「もちろんよ。魔法!使えたらすばらしいわ。ね、ねえ、お兄ちゃん教えてよ!」
「よし、よし、もちろん教えてやるよ」
ハヤトはニコニコして言う。
彼にしてみれば、お兄ちゃんと呼んでくれる妹は可愛くてしょうがない。しかし、年ごろの妹に対して、なかなか素直に接触することができなかったのだ。ハヤトの目に狂いはなく、さつきは、身体強化は無論、光、火(実際は熱)、水、土魔法が使えるようになり、空間把握の地図魔法も範囲が狭いが使えるようになった。
その上に、身体強化については当然のように、他人に教えられるレベルになっている。後は、基本的には自主訓練で自分で能力を伸ばすことになったが、ハヤトも時間があるときは訓練を施し、その進歩をチェックしている。さつきは、魔法に目覚めた後はその能力を試し、かつ伸ばすことに夢中になった。
彼女は、現在受験生ではあるが、国立ではあってもそれほど難関ではない教育学部を受験するわけだが、彼女の成績であれば問題ないだろうというのが、担任の評価である。その受験生だから、よりはっきり気が付いたのだろうが、魔法を習ってから明らかに同じ勉強をしていても、その内容の頭への入り方、理解が明らかに前に比べ勝っているのを感じた。
試しに、まだやっていない過去問を解いてみた。すると、解き方の道筋がはっきり浮かんできて、全く無駄なく的確に解けていくことに自分で驚きながら問題に取り組み、終わった後にはかってないほどの出来であることを自覚した。事実答え合わせをしてみると、今までとはけた違いの点が取れていた。
『お兄ちゃんが言っていたのは本当ね。魔法を使えるようになると、別にその時魔法を使っていなくても確かに頭の働きが良くなるわ。でも、ラッキー!志望校を変えるつもりはないから、今から魔法の訓練に打ち込めるわ』
さつきはこぶしを握り締めた。
彼女は、その後は毎日朝早く起きてランニングに励み、さらに、狭山第2中学校に通っているハヤトを引っ張り出して、格闘技を習う他、光、火、水、そして土の魔法の練習、さらにマップ機能の増進に励んでいる。その中でセンター試験が行われたが、彼女にとっては鼻歌混じりで、終わって自己採点をして見比べた結果、周囲の友人から引かれた。
「なによ、さつき!780点!東大でも行けるじゃないの。何で千葉国大の教育なのよ」
友人の金島ゆう子がゆかりの自己採点を見て叫ぶ。それを聞いて、学校の教室で同じように自己採点をしていた、クラスメートが集まって来る。皆の注目を集めて少し怯みながらさつきは答える。
「私は、先生になりたいの!通うのだったら地元が楽だし」
それを聞いてゆう子は「あんたね……」と迫るが、「まあ、あんたの夢だったよね。先生になるというのが」と怒らせた肩を落としさらに言う。
「でも、なんで、そんな点を取ったのよ?成績は私と変わらなかったじゃない。私が620点なのに」
「う、うん。いずれ言うつもりだったけど、私はお兄ちゃんに魔法を習ったのよ」
さつきが言うのに、今度は同じく友人の霧島美和が口をはさむ。
「あなたの兄さんが帰って来て、魔法を使えるとか、そんなことを言っていたわね。でも、仮にあなたが習ったとして、成績が上がるのと何の関係があるのよ。魔法を使えると頭がよくなるとか?」
今度は、さつきも開き直って正直に答える。
「ええ、そうよ。どうも頭が良くなるみたい。だから、今回こんな点が取れたのよ」
「ええ、ずるい!さつきばかり。だったら私たちも習いたい!」
「そうだ、そうだ」
女性徒のみでなく、男子もさつきに迫ってくる。
「うーん、私も一応魔法能力を活性化する方法は習ったけど、ちょっと自信がないわ。じゃあ、お兄ちゃんを呼ぶね。まず聞いてみるわ」
さつきは困って言い、携帯を取り出してハヤトを呼ぶ。
そして皆が受験生であるため、身体強化より頭の働きを良くするために魔法を習いたいということで、来て教えてやって欲しいと頼む。
「ああ、いいよ。どうせ、今は中学生に教えているからな。ついでだ。こっちはもう終わったし、今から出るから30分くらいで着くよ。お前の利根東高校だな。体育館にでも希望者を集めておけよ。ではな」
携帯でのハヤトの答えを皆に伝え、さつきは皆に向かって言う。
「そういうことで、体育館に集まってほしいということだけど、今はまだクラブで使っているでしょう?」
「いや、今日は先生も試験で狩りだされているからクラブは休みだ。明かりがついているけど、多分何人かが自主練習をしているのだろう。一応、僕が先生に了解を取って来るよ」
同じクラスの生徒会長を務めた秀才の天谷薫が言う。
「天谷君なんか、もうそんなの必要ないじゃない」
金島ゆう子がそう言うが、天谷は、成績はトップスラスで東大理1志望であり、合格は固いと目されている。
「冗談じゃない。僕もセンター試験では今聞いた二宮君以下の成績だよ。頭が良くなる方法があるのだったら、是非取り入れたいし、何より魔法を覚えるチャンスというのは絶対に見逃せない」
天谷は皆に向かって強く言って、職員室に向かう。
辺りがもうすっかり暗いなか、違うクラスにも声をかける者がいて、どんどん人が増えていく。更には家に帰ったものも呼び出されたのだろう、校門の外からも生徒が集まってくる上に、天谷の話に好奇心をそそられた教師も数人集まってくる。
こうして、体育館内で練習をしていていた5人ほどに練習を止めてもらって、集まったのは生徒が100人を超えており、教師も6人が集まっていた。皆が、遠慮なしにしゃべるので、体育館の中はなかなか騒々しいが、やがて開いた扉から白っぽいラフな服装のハヤトが入って来る。
ハヤトが明かりの中に踏みこむと、彼の持つ存在感に生徒たちが静まりかえる。女生徒はうっとりしているものが多いが、ゆかりの横に立っていた霧島美和が、ゆかりの腕をつかんで小声で叫ぶように言う。
「ねえ、ねえ、あの人がさつきの兄さん?素敵ねえ」
「え、ええ、お兄ちゃんよ。ハヤト兄さん!」
さつきは、美和の手を外してハヤトに向かって手を振って踏み出す。
「ああ、さつき。これが、希望者か。結構多いな」
それから、教師たちに気づき、そちらに向かって頭を下げ挨拶する。
「ああ、先生方、すみませんね。突然のことで。私は、さつきの兄のハヤトです。よろしくお願いします」
「二宮さんの兄さんですね。長く行方不明になっていたという。私は教頭の城山です。なにか、今日は生徒に魔法を教えてくれるとか」
教師の中の年配で頭が半ば剥げている城山が、魔法と言うとんでもない話に戸惑いながら、ハヤトを見ながら頭を下げる。
「はい、まあ、いま狭山第2中学校でもやっていますがね。魔法と言っても個々人が持っている魔力によって発現できる程度が大きく違います。でも、身体強化はたぶん皆それなりにできるようなります。また、どうもそれに伴って頭の働きもよくなるようです。まあ、皆がもともと持っている力を使えるようになるだけですから害はありませんので、その点は安心してください」
ハヤトも教頭に応じて待っている皆の方を向いて大きな声で言う。
「では、今から魔法能力の活性化を始める。魔力は前頭葉つまり頭のここに蓄えられている」
ハヤトは自分の頭の前部を指して続ける。
「魔力は、その大小はあっても誰でもある程度はもっていて、基本的には身体強化は誰でもある程度は出来る。また、私が行っていた世界では重視されていなかったが、魔法の行使ができるようになると明らかに脳の働きが活性化される模様だ」
ハヤトは生徒を見渡すが、戸惑いながら皆真剣に聞いている様子であるのを確認してさらに続ける。
「では、まず、自分の魔力を感じる!」
ハヤトはそう言い、皆に向かって全力を出して思念で働きかけ、魔力の在りかを教える。結局、ハヤトも狭山第2中学校での経験から、そうすることが、魔法能力の発現を促すのに最も効率がよいことを確かめたのだ。こうして、魔力を体に巡らす方法も思念で伝えて、基本的な訓練も初歩段階を行ってその日の生徒への魔法能力付加を終えた。
その後、生徒たちは皆程度に差はあるが、自分の知的能力が向上したのに気づき、これから始まる大学ごとの試験に自信を持って挑むことができると前向きになるのであった。そして、その多くものが勉強もそれなりにはしているが、身体強化の効果にはまり、寸暇を惜しんで身体的なトレーニングに励むという、その後日本のあちこちで見られるトレーニング・ジャンキーと化していった。
さつきも同様であったが、彼女の場合はハヤトの言う通りほとんど見られないレベルで魔力が大きい。このために、身体強化に関しては、そのベースの肉体を鍛えるトレーニングに励んだこともあって、女性としてはトップクラスの能力を発揮していた。
その上、その後の魔法能力の付加が日本中に広がるにつれて、身体強化以外の魔法を使えるものもぼちぼち増えてきたが、さつきのレベルの魔法が使えるものはまだ出ていない。ちなみに、利根東高校ではさつきに次いで天谷が魔法に高い適性を示し、かれは志望を東大の理Ⅲに変えて受験することになった。
その後、利根東高校では昼休み及び放課後にしばしば記録会が開かれ、身体強化をした状態において、100m走で10秒を切るとか、幅跳びは10mを越え、高跳びは3mを越える者が出てきている。さらに、サッカー、野球、バレーボール等の団体球技、格闘技としての柔道と剣道も超人と化した生徒のぶつかり合いで筋力もさることながら、大幅に上がった鋭敏性のため普通の人では目にも止まらない動きになっている。
そうした騒ぎのなかで、二宮家にも大きな変化があった。ハヤトの持ち帰った財宝がまだ最終的な金額は確定しないものの、少なくとも数百億円で売れたのだ。そのため、宝石を中心とする財宝を引き受けた会社が、かれらに豪邸と呼べる新居を用意して、さつきにも広い部屋が与えられた。
また、さつきにはとりあえずということで、1000万円の口座が与えられた。さらに、大学が決まったら早速運転免許を取り、車を買っていいことになっている。また、彼女がハヤトから贈られたペンダントに使われている宝石は、地球にはないものであり、どのくらいの金額になるかわからないという。
さつきは、はるかに広くなった新居から受験先の大学に母の運転で車に向かっており、いままでの事を思い出して、自分の高校の最近の事を思ってため息をついた。
「なによ、今から受験しようというのに、そのため息は?縁起が悪いわよ」
母涼子が運転しながら、軽くとがめるように言うのに、さつきは額をさすりながら答える。
「いえ、試験のことは心配していないのだけど、高校の今の状態のことを思い出してね」
「ほほほ、でも、まあ、わかるわ。でも、東校の大学の合格は凄いみたいじゃないの。国立は今からだけど、私立は殆どの人が第1志望に合格したのでしょう?まあ、あなたも、Y大学に合格しているものね」
そう、さつきは今日の第一志望の大学の他に、滑り止めとしてむしろ第1志望よりレベルの高い都内の私立大学にすでに合格している。「その点はいいのだけど、みな、本当に魔法と言っても身体強化に夢中になっちゃって、すこしおかしいわ。特にあの秀才の天谷君なんかもう魔法に夢中よ」さつきが口をとがらせて言うと母が笑って言う。
「あなたも似たようなものだったわ。私が言っても聞きもせず、毎日夢中で走って鍛えて、魔法に励んでね。ハヤトを引っ張り出してね。まあ、ハヤトは嫌がっていなかったからいいけれどね」
そう、さつきは結局ハヤトが何度か来て高校の全員が彼の処置を受けた結果全校生徒に広がった、トレーニング・ジャンキー騒ぎを見て、ようやく自らを振り返り、そのトレーニングを常識(?)の範囲にしたのだ。
「さあ、着いたわ。頑張ってね」
車が大学正門わきの車たまりに止まり、母が声をかける。
「ええ、大丈夫よ。落ち着いたものよ」
さつきは、午前3時間、午後3時間半の試験に対いして余裕をもって終えることが出来た。結局、彼女は首尾よく第1志望の大学に合格し、春から車で通うことになった。また、彼女の高校では国立大学受験も、天谷を含め多くのものが志望校に合格していて、高校始まって以来の快挙と騒ぎになった。
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◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
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