日本列島、時震により転移す!

黄昏人

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第1章 時震発生

12.2023年5月、京都

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 太政大臣・勧修寺教秀は、長徳寺の本堂に集まった有力者を見渡していた。そこには、同僚でもありライバルでもある右大臣・甘露寺親長左、近大将・三条西実隆などの帝の側近に加えて、10人を超える公卿、さらに彼の様々な伝手によって集まった、足利将軍家、管領細川家、山内家などの大名家の者達が出席している。

 薄暗い堂内で出席者の目は、複雑な模様の服を着た3人ほどの男と、正面のすこし右に寄ったところに吊られている白い幕、そして彼らが何やらいじっている、明かりを発している箱を見つめている。
 そして、その横には出席者の方を向いて、非常に変わった灰色の服(それは後に背広という服であることが判った)を着た男が、緊張しながらもゆったりとした表情で立っている。その男は、戦国前期のものから見れば、白髪もなく30歳台に見えるが実際は48歳であり、臨時政府外務省の朝廷担当課の課長である。

 がやがやと出席者が話をしている中でも、なにかブーンという、この時代の人々には聞きなれない発電機の音がする。やがて、遅れていた六角家の3人の男達が入って来て後方に座り、それを見た教秀が口を開く。

「皆のもの、本日はご苦労どすな。ここにおるのは、日本という国の代表でな、狭山博一と言われるお方どす。そして、その日本は、今後は帝とそれを支えるわしらを盛り立てて、新しい国を作ると言われる。狭山はんは、その日本の説明を今から動く絵姿でしてくれはる。
 そして、その後日本の政府がどういうことを考えておられるかを説明されるということじゃ。帝には、儂らから日本のことはもう説明しており、日本政府の考えに大いに賛成なさっておられる」

 その言葉に、とりわけ大名家の者達が驚いて、お互いに見合いがやがやとしゃべり始める。それを教秀が鎮めるまでもなく、突然騒ぎを圧するように、狭山という男が聞いたことのないような大声でしゃべり始めた。

「皆さん、こんにちは。今日は良く我々の説明会においでいただきました。私は今大変大きな声でしゃべっていますが、これは拡声器、声を大きくする機械で声を大きくしているからです。私が口で説明するより、まずこの映像を見て頂きましょう」
 その声と共に、正面の幅1間、高さが半間ほどもある幕に色鮮やかな映像が映る。そして、その映像について狭山が説明する。

「これは皆さんも住んでいる私達の日本列島です。日本列島は大きく本州、四国、九州そして北海道の4つの島から成っています。そして、いま私達がいる京の都はここです。また……」
 そのように、衛星写真による日本列島の説明があり、京を中心とする部分がズームされ、本州西端の山内の領までが示され説明される。

 無論、この時代にも地図はあるが、位置関係は概ね正確であるものの、当然縮尺や形はいい加減である。だから、しばしば地図を見る機会のある大名家、将軍家の家臣たちは示されたものが正しいと感じた。しかし、彼らが見慣れてる絵にしか過ぎない地図に比べ極めて特殊であり、その点の違和感は大いにある。

「そして、私達の時代の日本領土はこの範囲でした。ところが、今から50日ほど前、日本列島の内の本州、四国、九州があなた方の住んでいる国々になってしまいました。つまり、北海道と沖縄は500年先の時代のままに残っていますが、たぶん両者は入れ替わってしまったのだろうと思っています。そして、私達が住んでいる時と、あなたたちの時では500年以上の差があります。

 だから、あなた達の外の世界は500年以上将来先の世界です。これは日本列島の以前の夜の映像です。この光っているのは地上の明かりで、特に明るい場所は都会です。殆ど全国に明るいところがあり、京も明るいですね。
 また、これは先ほど言った、今の日本列島の夜の姿です。北海道と沖縄以外は暗いでしょう?この京の都でも夜は殆ど明かりがありませんよね。

 だから暗いのです。そして、日本以外の夜の世界を見てください。暗いところもありますが、どこにも明るい塊がありますね。外の世界は500年先の世界なのです」

 世界の衛星写真を次々に見せながら、狭山はさらに説明する。
「この映像は、空の遥か高みに人工衛星と呼ばれる船を打ち上げて、そこから地上を映しています。この人工衛星は地球の周りをずっと廻り続けています。さて、500年後の私たちの日本の説明をします」

 画面は入れ替わり、日本国の紹介ビデオが始まった。
すでに2回は見たそのビデオを見ながら、勧修寺教秀は最初に堺の草部屋の紹介で狭山に会ったことを思いだす。そして、草部屋の主人修三が教秀の屋敷に尋ねてきた時点では、京の町になにやら人が乗った大きなものが動き回っていることはすでに知っていた。
 それは、京を支配下においている細川の手のものに、「日本国のもの」と名乗っているらしい。兵が咎めても、帝を奉じるものだということで、警護の兵を相手にしていないらしい。

 教秀が会おうと考えたのは、一つには市中のその話を聞いていたことと、草部屋修三から渡された、日本を紹介しているという色のついた絵の本が大きな原因である。
 彼の屋敷に入ってきたその男は、やはり「日本国の使節」と名乗り、教秀に今やっているような説明と映像を、幅が一尺ほどの板に映して見せたのだ。その説明で、狭山は500年以上先の世界のもので、その日本は京を含む国の大部分が今の教秀がいる世界と入れ替わってという。

 そして、日本には教秀がエドと呼ぶ北海道という島と琉球しか残っていないが、国の外は500年先の進んだ世界であると言う。佐川は、だから教秀達の世界もその外の世界に伍していけるようにしたいと熱を込めて言う。妖のあるこの世界を信じている教秀には、その話は頭から否定するものではなかった。

 彼が、狭山の話に乗る決意をしたのは、500年後の世界でも帝は国の中心として人々の尊敬を集めているという。そして、狭山たち日本人は帝を同じように国の中心として、国作りをしていくという話があったからだ。
 実際には、それより大きな動機として、帝はもちろん教秀達公卿は武士の横暴に困り果てていた。

 将軍家なるものがあるが、殆ど力がなく、11年も続いた応仁の乱にあたってもかえって煽り立てるほうで、その終息には殆ど役立っていない。そして、その中で、朝廷を含めた荘園が武士に奪い去られ、結局大名に頼らないとに日々の糧もままならなくなっている。

 彼は、狭山から見せられた日本の自衛隊という軍の映像に戦慄した。妙な模様の服を着た軍人の整然たる行進、全ての兵が持っている小銃という武器とその威力、大きな筒から弾が発射された結果何里も離れた位置に起こる大爆発、戦車という鉄の塊が馬も及ばない速さで駆けその大砲を撃つ。

 またそれ以上に胆を冷やしたのは、戦闘機という巨大な金属の塊が目で追えない速さで飛び旋回し、しかもミサイルという爆発する武器を撃ち放つ。さらには、海では鉄でできた巨大な船が白波をけ立てて走り、大砲を、ミサイルを撃ち放つ。細川、山内、六角がどれだけ兵を集めても敵う訳はない。

「しかしながら、狭山殿、その日本の大部分が無くなったということじゃが、殆どの武器や兵が失われているのでは、話にならんぞな。その点はいかがかな?」
 教秀の問いに、狭山はにこりと笑う。

「その点をご懸念されるのは当然です。しかし、ご安心ください。海については9割以上の戦闘艦が失われました。しかし、陸と空については北海道と沖縄については重点的に守られている地域です。だからそれらの2割程度が残っていますので、現在の日本の大名すべてが集まっても簡単に跳ね返せます」

「ふむ、なるほどそれは心強い。ただ、帝の朝廷とわしらも同じであるが、持っていた荘園を武士に簒奪され、生活にも困っている状態で、忌々しながら細川などの武家の援助を受けている状態だ」

「その点もお任せください。朝廷に対しては十分に運営していけるだけの予算を割り当てますし、勧修寺太政大臣閣下には、その予算から役職手当が支給されます。さらに閣下を含めて公卿の方々には、給料という形でお金をお支払いします。閣下の一家は相当に豊かな生活が出来るとはずですし、最も位の低い爵位の公卿の方も生活には困りませんよ」
 教秀はそれを聞いた時の安心感を思い出した。

 その後彼は、同僚である高位の公卿を口説き、公にできなかったが狭山から帝に同様な説明をさせている。だから、この日の説明会は低位の公卿のリーダー格のもの、さらに力のある大名家相手のものである。

『ふふん、武力を持っているということで、やりたい放題をやっている武家どもめ。自衛隊の映像を見て震えあがれ!』
 目を見開いて、自衛隊の演習の映像を見ている大名家からの出席者を眺めて、快感に浸る教秀であった。

 ちなみに、自衛隊は大阪(難波)に仮桟橋を作り、そこから既存の道路を拡幅して、自衛隊の機動車やトラックを揚陸して京都まで走らせている。京都までは、函館基地に係留されていたおおすみ型おおすみで、機動車やトラックを乗せて航行している。

 その日の説明会という武士たちへの恫喝会の出口には、銃剣を付けた89式小銃を抱えた自衛隊員各5名が両側に立って見送っている。身長175cm以上の大柄な隊員を選んでいるので、立つだけで威圧感がある。それをある者は怯えた目で見、あるものは虚勢をはって胸を張るが、いずれにしてそそくさと帰る武士たちであった。

 その2日後に、自衛隊による演習が行われた。場所は御所から2km余の吉田神社の裏山である。勧修寺教秀他の公卿が25人、足利将軍家、管領細川家、山内家、六角家からは当主は用心してこなかったが、多くの重臣や一族のものが集まった。

 武家はそれぞれに護衛として150~500人の兵を率いてきたが、試射場はそれほど広くないので、各家で20人に絞らせた。約束の時間の鐘の音が鳴り、概ね参加を希望したものが集まったのを見た、指揮官の霧島一佐がマイクを取って参加者に告げた。

「本日の演習予定を申し上げます。まず、5名の隊員による小銃の単射射撃それぞれ弾倉の10発、次に6発連射を4回行います。距離は単射約100間、連射30間です。なお、小銃のこの弾倉には20発入るものと30発のものがあります。また、小銃の威力をみるために、50間の距離においた鎧を打ち抜きます。

 次に、3名による手投げ弾投擲各2発、さらに50間の距離でバズーガ射撃3発を行います。その後、迫撃砲射撃5発を概ね半里の距離のあそこの法然院の上方の山麓に見える的に向かって撃ちます。また、最後にこの機動戦闘車の主砲の射撃を法然院の上方の山麓に向けて行います」

 それぞれの武器を指さして説明するが、聞いている者達に余り意味は解っていないだろうが、それでもかまわない。霧島は一拍置いてきっぱり命じる。
「演習開始!」

「は!演習を開始します」
 5名の銃を抱いている隊員の横に立っている指揮官の3尉が叫ぶ。

「全員、伏射構え!」
 その声に、5名が一斉に銃を抱いたまま、砂を敷いた上に打つ伏せになって200m先の的に向かって構える。的は直径75cmで2つ丸を書いてあり、中の丸の径は25cm、外が50cmである。

「単射連続10発、撃て!」パン、パン、パン、パン………という音が火柱と薄い煙と共に連続して聞こえる。200m先の的が揺れるのは見えるが、当たっているかどうかは特別に目のよい2割ほどしか判らない。公卿たちは発射の状況をみているが、武士たちは流石に的を見ている。200m程度であれば、まず当たらないが、弓を射た矢で飛ぶことは飛ぶのだ。

「うーん、当たっている。全部当たっているぞ」
 目の良い武士の一人、細川家の家来西村正三郎は呆然としながら低く言う。この距離であの正確さ、増してこの射撃の早さ。殆ど連続している。

 彼は、この小銃というものを装備した軍と戦うことを考えたが、すぐに頭を振った。戦いにならない。こちらは弓があっても近づく前にまず弓兵がやられ、歩兵もやられる。1兵に少なくとの20兵が屠られるのだ。
 彼が知っている戦いでは、実際のところ戦で即死する者はほとんどいない。多くが後で怪我が治らずに死ぬのだが、普通1000人ずつが戦っても死ぬのは100人足らずだ。しかし、あれを相手にすれば殆どが死ぬな。

『自分達の戦働きの時代は終わった。それにしてもあのようなものを互いに持って戦う戦争というのはどれほどの犠牲が出るのだろう』
 正三郎はしみじみと思った。

しかし、小銃による単射は序の口であった。その結果を見ていたものが的に近づき、全てが2番目の丸には入っており、9割以上が最小の丸に入っているのを確認した。さらに、その50間先からの銃撃は古いが頑丈な鎧を楽々と貫いた。次の連射6発4回は30間の距離で、弾はかなり散らばってはいるが、すべて2番目の丸に入っている。あのような射撃では固まって突っ込んでも全て殺られる。

 続く手投げ弾の投擲と爆発、バズーガ砲の射撃と頑丈な木枠がばらばらに飛び散るなど、見ている者には恐怖でしかなかった。さらに、半里弱への的に対する、迫撃砲の弾着の爆発、機動戦闘車の105mmライフル砲の射撃性格な射撃と、その車両の機敏な動きはまさに仕上げになった。

 公卿達もおびえてはいたが、その兵達が自分たちに敵することはないということでまだ気楽に見物出来た。しかし、武士たちは、この日本国政府という存在が、力によって朝廷をも支配してきた自分たちの権威への挑戦者ということは認識していた。

 だから、一昨日の説明会の後に自衛隊への襲撃計画も練られていた。映像ではその戦力は見せられても、自分たちの存在を否定するそれを真面に信じることはできなかったのだ。しかし、目の前でみた圧倒的な火力は自分たちが対抗できる相手ではないことを証明していた。

 その演習は2日後に再度行われた。それを見た者達は、見て来た結果を自分の主君に完全に納得させることはできなかった。そこで、彼らは主君に自分の目で見るように促したのだが、見学者の反応から霧島一佐ももう一度の脅し(演習)は必要と思っていたので、必要なら再度行と段取りを組んでいたのだ。

 2回目の演習には前のフォーメーションに加え、アパッチヘリの法然院山麓への攻撃が加わり、さらに説得力が増す結果になった。
 このような行動によって、狭山は無事に日本政府の事業にすべての大和の民が協力するようにという帝の詔を獲得することができた。また、足利義材からも同様に全国の武将に向けての命令書を手に入れた。

 朝廷の場合も将軍も、そのような文書をだすことは、決して軽いものではなかったが、一部のみを発行することにそれほど意味はないと思っていた。しかし、21世紀日本はコピーという方法があったので、数百枚複写されたそれは大いに効力を発揮した。
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