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第1章 時震発生

11.1492年6月、日本国政府の財政問題

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 財政顧問森山浩司を呼んで、阿山首相と麻木財務大臣兼副総理、香山副財務大臣、広田経済再生担当大臣が協議をしている。森山は米MI大学を経て、阿山と麻木に請われて日本政府の財政顧問についているが、古巣のM大学の教授も兼ねている。

 今日は、阿山から、経済を社会の動きから総合的判断することで、世界的な評価を得ている森山に日本政府の今後の財政を含めて話を聞きたいということで、集まっているが、その際に出来るだけ出席者は厳選するようにという条件が付いている。

「森山先生、では、お話をお願いします」
 若手バリバリの経済学者出身の香山が司会役だ。

「はい、本日はなかなか重いテーマで話を、ということですが、すでにマスコミやネットでも日本政府の財政問題の懸念と今後どうするかとは言われ始めていますよね。
 私自身は財政問題はそれほど深刻な話ではないと思っていますが、学者の中でもすでに海外資産が大部分消えたこともあって、日本政府の財政は破綻している、先行きは暗いと言っている人がいますからね。その点を少し整理して、私の意見を聞いて頂きたく本日のお話をさせて頂きます」

 森山は白髪でしわ深い顔ではあるが、色つやがよく生き生きした目で出席者を見渡し、彼らが深く頷くのを確認して話を続ける。
「まず、日本政府の現在の財政ですが、これは私が申し上げるより、財務省からお話し頂いた方がよろしいと思います。では、香山さんからお願いします」

「はい、では資料を見ながら説明させて頂きます。まず、良く言われる国債ですが、C感染症騒ぎで70兆円ほど増えまして、昨年度末で概ね1120兆円ですね。これが借金で、資産と言うべき証券類などですが、大方は政府所有の流動資産が450兆円ですが、これにはアメリカ国債の108兆円が入っています。

 アメリカ国債はその本体が消えた以上、償却すべきであるという意見もありますが、まあ一応残してあります。それから、これについては様々な意見がありますが、日銀が持っている国債が、やはりC感染症騒ぎの経済対策で大きく増えまして590兆円あります。最近では、この日銀は事実上日本政府の管理下というか支配下にあるので、その日銀が持っている国債は政府の借金から除くべきという意見も強いですね。

 まあ、以上が現状でありまして、さらに21世紀の日本以外の世界が消え、その世界と協調して経済を回していた我が国の経済が大変な苦境に立っています。このことが、C感染症・ロシアのウクライナ侵攻騒ぎ以上のインパクトを政府の財政に与えることは間違いなさそうですね」

「はい、香川さん簡潔にして明快なまとめをありがとうございます。その政府の財政は、私も日本銀行の所持している国債は相殺していいと思っています。ですから、この場合は借金から資産を除けば、1120-450-590で80兆円ですね。
 ただ、アメリカ国債は今までは金利が入っていましたが、今後はまずありませんし、まず返ってくることはないでしょうから、これは資産から除くべきでしょう。さらに、残りの資産ですが、国有の様々な企業などの株式等ですが、殆ど利益は生んでいませんし、実際のところ売れるものは少ないでしょう。

 だから、我々は政府の借金、国債は1120-590=530兆円と考えるべきだと、私は思います。さて、昨年度のGDPはまだ正式には出ていませんが、政府の大規模な財政出動もあって、約530兆円ですね?」

 森山の問いに対して、麻山財務大臣が答える。
「ええ、そのくらいになるはずです」

「だから、政府の借金はちょうどGDPに相当するということです。そして国債を大規模に持っているのは銀行、証券に加えて、海外も80兆近く持っていますね。まあ、海外については年金基金などが多いようが、返す相手が居なくなったということもあるのではないですか?」

 それに対して麻山がニヤリと悪そうな顔で笑って再度言う。
「ええ、大体8割は居なくなりましたね、有難いというと不謹慎ですが。それと、先生がおっしゃるように、国債の問題は日銀のお陰が大きいですね。ただ、バブルの処理を誤ったことを考えれば功罪相半ばというところです。いずれにせよ、GDPを超える国債を中央銀行が買いこんでも、びくともインフレに振れないのですから異常な時代ではあったですなあ」

「そうです。麻山財務大臣もお判りのように、時代は変わりました。政府の在り方やその財政の在り方も全く変わった。あるいは変えなくてはならないと思っています。まず、政府について言えば、その仕組みは基本的にはドイツ、イギリス、フランスなどを真似て作ったものですよね。

さらに、戦後は戦争に負けた結果、アメリカの制度も大いに取り入れています。とりわけ、憲法などはアメリカが作ったものです。すでに国民も、気が付いているようですが、現状において憲法のとりわけ9条は早急に改めなくてはならないものです。あれは我が国がアメリカの保護国であったからのものでしたから。

 まあ、そういう法制度等の問題は、私がもの申す立場ではないですから置いておいて、財政ですが国債がGDPの1倍で、その所有の多くが銀行と保険という構成は基本的には大きな問題はないと思います。国債額が経済の大きさに対して非常に大きく、その所有が特定の個人などであると、所得差の固定化が起きて将来問題になりますからね。ただ、金利が高くならないような誘導は必要でしょうが。

 ただ、国債額は経済の大きさにくらべ不健全なほど大きく、さらに国債が年々構造は、早急に改める必要があります。この点は、お気づきと思いますが、今までは日本で明らかに投資先がない、溜まったお金を使う所がないというデフレの時代だったことが大きな要因でした。

 だから、政府が無理に自ら投資して経済を活性化する必要があったので、国債が膨らんできたのです。
しかし、今や我々も前には膨大なフロンティアが出現しました。今の世界の人口は5億人位でしょう。この政府の財政問題を片づけるあるいは改善するには、この状況を利用しなければなりません。しかし、事がこの時代と言えども後世に指をさされないような正当化というか理論付けは必要です。

 私達日本人は、この時震以前においては、自分の生存のため、そして21世紀の普通の人として暮らすために、世界中の他国と取引をして利益を得て、その利益をもって他の国の生産物を得る必要がありました。
 その相手が、消えてしまったのです。他国の我々のものを買ってくれる人は居なくなりました。また、我々が必要なものを売ってくれる人も居なくなりました。だから、すでに始めていますが、海外のそれが可能なところに出かけて行って、農場の建設と運営、資源開発と採取をやっていこうとしています。

 これは、我々が生存して、自分たちが普通と思っている今までと同じような生活をするためには必要なことなのです。むろんそうした場所には、人口密度は非常に低くとも人が住んでいます。でも、中国、ロシア、アジアの一部を除いた地域以外はヨーロッパの白人が自分のものにして、その住民を絶滅に近い状態に追いやるか、半ば奴隷化しました。それは別の世界の歴史が証明しています。

 我々は自らの生存のため、生活を守るために、今既に初めているオーストラリア、北アメリカ、サウジアラビアなどに出かけて行ってそこを開発しその後運営します。また、その時には現地に住んでいる人たちの人権も尊重をして、私達と同じ生活ができるように援助しますよ、ということで自分を正当化します。

 それで、いいのだと思います。人に奪われることもなく、迫害されず、衣食住が満たされるということが人の幸福になる条件でしょう。実際に幸せになるかどうかは本人の問題ですが。ですから、我々日本人は世界中に出かけて行って、現地の人を巻き込みながら住み、資源や農場を開発して日本に必要なものを届けます。

 さらには、その出かけて行った地域を日本と同じような生活環境を整え、そこに住んでいる人々を私たちと同じようなレベルで暮らせるようにするでしょう。それは当然のことながら、膨大な投資が必要でその結果として膨大な経済活動を生みます。

 そして、その投資に必要な資金、開発に必要な機材と中心になる人材を供給できるのは日本のみなのです。だから、一旦緊急的な開発が落ちついても、世界中の5億の豊かになろうとする人々の需要に応えるためには、日本はその中心として働く必要があります。
 そして、その過程でさきほどの国債の問題などが消えうせるでしょうし、消さなくてはなりません」

 一旦言葉を切った森山に、彼の言うことを聞き入っていた香山が聞く。
「先生は、今後人々が海外に出ていき農場・資源開発を行い、また機材供給のための国内の生産を続けることで今後我が国は経済的に繁栄できると言われるのですね?今我が国では、時震によって概ね450万人が職を失ったか失おうといていますし、食料・資源不足のために様々な経済活動を規制せざるを得ません。
 それをどう克服するか、我々としては大変困っているのです」

「結論としては経済の活力は戻りますし、財政問題も徐々に解決するでしょう。現状の経済の停滞は、食料・資源が短期的に足らない訳ですから、むしろ望ましいことです。2年後には食料・資源の不足は解消しますから、その時点までは、辛抱してもらうしかないですね。ゴールが目の前に見えていますから人々は耐えます。

 その後は、経済は十分に回復しますよ。とりわけ若者には、海外に出て行って住みたいという意向が溢れていますよね。だから、私がさっき言ったようなことは間違いなく起きると思います。
 また、今回の緊急的な開発は私も提言して政府主導となっています。政府が、音頭を取り資金を提供して、民間企業に発注する形で行っていまよね。ですから、当然開発する農場と生産物、鉱山や油田の生産物は政府のものです。

 当然検討はされているでしょうが、投資資金を回収するのみならず、そこの開発利益を十分に取って国債の償却に務めて欲しいですな。GDPに相当する政府負債は十分大きいですし、収支はいずれにせよ均衡させる必要がありますから。それから、これは大変言いにくいことなのですが……」

 森山は少し躊躇したが続ける。
「それは、老人問題です。『人の命は地球より重い』等と言っている現在では難しい問題でしょうが、これは政府にとって将来もっと重くなる問題です。私も69歳で老人ですが、だからこそ言います。
 現在極めて多くの老人が家で、あるいは施設に入って、人手を借りながら生活をしています。そのかなりの割合が、本心はどうあれ『早く死にたい』と言っています。その医療費を含めた財政上は大きいことは無論、マンパワーを莫大に取られるわけです。

 そして、今後、海外の開発が広まれば、マンパワーの要求はどんどん膨らんできます。我々にもたらされたフロンティアは、我々にチャンスを与えてはくれましたが、それは現地に乗りこんで戦ってのことです。
 そして、若者たちはそれに応えようとしています。無論、老人というくくりになっても、まだ元気な人たちも同様にフロンティアに胸躍らせる人も多くいますし、その経験は十分生かせるでしょう。だから、そういう人たちには大いに働いてもらいたいと思いますよ。

 時震後は、この世界にいる5億の人々を嘗てのヨーロッパのように搾取しない限り、我々日本人の生産性が高まるわけではありません。人の介助無しでは動けない人々を、その状態での寿命が尽きるまでケアするというのは、多分10年位は続けていけるでしょうが、間違いなく政府の財政は破綻します。
 だから、介護が必要になった場合には、少なくとも安楽死の選択肢はあるべきですし、医療についても明確な歯止めが必要だと思います」

「うーん、先生が言われるように重い話ですね。たしかに、日本国内での生産性はこの時震で上がることはないでしょうね。ただ、海外に出て行った場合には、大規模農場、効率的な鉱業などの生産効率の上昇による生産性の向上は大いにあります。
 しかし、そうした担い手が、国内にいる老人などへの所得移転を認めるかどうかは怪しいですね。それを要求すれば、たちまち独立運動が起きるでしょうよ」

 自分も75歳の麻山が言うが、森山が再度話を続ける。
「それに、これも老人問題の一つですが、圧倒的に老人側の資産の所有が大きいということです。つまり、若者が資産を持っているのに比べると投資に回る率が低く、それもデフレの原因の一つを成していたのですよ。これらは所有者の死亡で相続されていきますが、相続されるのは老人かまたはその予備軍です。
結局政府の財政出動頼りになった一因ですね」

「はい、森山先生、今日は貴重なお話をありがとうございました。確かにおっしゃる通り、時震は大変な災害ではあります。なにしろ多数の日本人が消えてしまったわけですから。しかし、おっしゃる通り反面でチャンスであることも確かですね。
 しかし、それにうまく乗っていくためには、様々なことをドラスチックに変えていく必要があるということはよく解りました。

 そして最後に言われた老人問題については深刻な問題として、公開はしてはおりませんが、従来から議題にはなってはいました。しかし、結局は政権維持のために先送りしたきた問題でもあります。再度政府内で真剣に議論するべきですね。
 その阿山首相の言葉でその協議は終わった。
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