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第三部
フレドリックの災難
しおりを挟むフレドリックが墓参した日の午後から結婚式に出席する貴族たちが次々とロイド領に入っていた。屋敷に挨拶に来る貴族たちに応対をするため、ロイド家の人々はあちらの応接室こちらの応接室と慌ただしく移動しているようだった。
その様子を騒めきで感じながらリオとフレドリックは自室でおとなしくしている。二人で参列者のおさらいをしている夕方、老侍従が知らせを持ってきた。
「パトリック様が帰宅しまして、お二人とお話を希望されております」
パトリックはロイド伯爵家の次男ではあるが、王太子の側近である。跡取りである兄の結婚式とはいえ、王宮での仕事もあったのでギリギリまで王都に留まり、ようやく領に帰ってきたとのことである。夕食は家族全員で新婦側との顔合わせがあるとのことで、その前にとのお伺いに、二人は顔を見合わせて了承した。
「騒がしくて済まない。フレドリックもリオもお久しぶり」
「お久しぶりです、パトリック様」
「お久しぶり、パトリック兄様」
「忙しいというのに殿下に色々と預けられて遅れてしまった。リオ、ハヤテや殿下たちからの手紙を預かってきた。部屋に運ばせるから暇な時に目を通してくれ。どれも近況報告程度だから急ぐことはないと思う」
「わぁ、ありがとうございます」
軽くお茶を飲みながらお互いの近況を報告し合う。
パトリックは王太子の側近の一人を務めるだけあって頭の回転も速く情報通だ。二人が参列者のプロフィールの復習をしていたと伝えたら、更に覚えやすく補足をしてくれた。
「――それと、新婦側の参列者の末席の、新婦の親戚の一人がフレドリックと接触を図ってくるかもしれない。モーグ子爵家というんだが」
「なるほど、その家なら釣書を何度も送ってきて父自ら断りを伝えたと数年前に聞いています」
「子爵夫人は賢い人らしいんだけどなぁ、子爵が娘に甘い。息子も敏くて何度も父と妹を諫めているらしいが……」
「それにしてもモーグ子爵家は子爵夫妻だけの出席では?」
問題がある家ではあるが、リストには夫婦で出席とあったので気にしてもいなかったのだ。
「そうだったんだが、子爵が娘も連れてきたとさっき報告があった。フィンドレイ侯爵は激怒していたが、うちが仲裁に入って、やむを得ず許可を出した形だ」
「それはそれは……。フィンドレイ侯爵はそういうことに厳しい方だと記憶してますが」
「ああ、モーグ子爵はヘラヘラしていたが、夫人は蒼白だった。夫婦別々の馬車で来ていて子爵の方の馬車に隠れていたらしい」
ロイド伯爵家はともかく、あちらは今頃かなり揉めているだろう。事前に申し出ていない者を連れてくるなんて通常はありえない。結婚式、しかも伯爵家と侯爵家の婚姻で、主賓の一人は王妃の実家の公爵家である。あちらは主賓に迷惑がないように参列者に釘を刺していたにもかかわらずの蛮行だ。
「子爵家は何らかのペナルティを科せられるでしょうね」
「子爵をどうにかするよりも息子に爵位を譲らせる方が早いんじゃないか」
モーグ子爵家の嫡男は母親に似て真面目で好青年だと噂に聞いたことがある。きっと彼も頭を抱えていることだろう。結婚式後に一騒動起こりそうである。
「結婚式が終わった後にあちらサイドで揉めるのならどうぞご勝手に、というところなんだが。今回はフレドリックかモーリス様の原因の可能性がある」
「モーリスは今回パートナーを連れてきますよね?」
「まだ婚姻はしていないからね。フレドリックとモーリス、どっちかをひっかけたいんだろう」
頭の痛い問題に、パトリックが大きなため息をついた。此度の主催としては主賓の公爵家の嫡男二人に参列者が粉をかける可能性がなんて頭の痛い問題である。
そんな話をじっと聞いていたリオはおずおずと話しかけた。
「――もしかして、もしかしてだけど。その子爵令嬢はフレドリックと同年代……?」
「ああ、フレドリックと同年代というか一つ上だな」
「それって、あの……悪書事件ど真ん中世代なのでは……?」
「「あ」」
――悪書事件。魂の迷い人が書いた異世界で流行った話を検閲なしに売りさばき、当時の貴族の子供たちに悪影響を及ぼした事件である。あの時流通した話には、身分の比較的低い令嬢が身分の高い王子などに見初められて、王子の婚約者に虐げられながらも愛を育み、結婚する――そんな話が多数あった。現在は貴族の下剋上のような婚姻話は監修されて裕福な商家の息子と貧しい娘といった貴族が関係ない話になって流通している。
悪書事件の影響をうけたのは当時八歳から十歳の間であった。その上の世代は既に貴族教育を本格的に開始していたため、物語と現実を混同することはなかった。影響を受けていたとしても軽微だった。
子爵令嬢は当時の年齢で九歳。影響を受けた年齢である。
「こっちはどうかわからないけれど……あちらの世界でいつか王子様が迎えに来てくれると本気で思ったまま成長する女性もいなくはなくて。そういう人の一部って、自分の希望通りにならないと、ほかの人が妨害しているって本気で信じている感じで……」
「……悪書事件の影響を受けた貴族子女の再教育はきちんと行われた、と思っていたんだけどな」
「――子爵は娘に甘いといっていましたよね。教育してないのに教育を終えたと報告した可能性も」
「そもそも、子爵令嬢は夢見がちで思い込みが激しくて、妄想癖があって、それはそれとして自分は特別と思っている可能性もあると思う……」
三人で顔を見合わせて、青くなる。そういう女性は得てして思い込みで周りを巻き込んで暴走する。既に暴走しかけている状態である。
「ちょっと親父殿と兄上に相談してくる。フレドリック、リオ。またあとで報告と相談に来るがいいか」
「大丈夫です。夜でも朝でも」
「頑張ってくださいパトリック兄様……!!」
青い顔で足早に侍従を引き連れて、パトリックは部屋を出ていった。フレドリックは壁に控えていた老侍従を呼ぶ。
「聞いていた通りだ。念のため、こことスターレット公爵家の部屋への警備を一段階上げてほしい」
その指示に頷くと老侍従は足早に部屋を辞した。きっとこの後警備の見直しをするのだろう。
「ケビンとミックも気をつけてくれ。出入りはロイド伯爵家の侍従と協力して管理を」
フレドリックの指示に二人の侍従も力強く頷く。いざという時は戦える教育を受けているので任せて大丈夫なのだ。
「リオも気をつけて。モーグ子爵家だとおそらくリオの身分を誰も知らないと思う。フィンドレイ侯爵周りの誰かに匂わせられると思うが、話を聞く限り子爵と子爵令嬢がその匂わせに気づかない可能性が高いと俺は予想している」
「俺もそう思う……。きっと俺は邪魔者扱いされる可能性大だよ!! 多分公爵家嫡男に取り入る平民の卑しい男扱いされる可能性が高いと思う」
「やたらと詳しい予想をありがとう……」
きっと八歳のフレドリックに暴言を吐かれた時も、リオは裏で父であるウォルターズ公爵にこういう感じで話したんだろうなとフレドリックは遠くを見てしまった。リオはフレドリックのあの事件のことを『黒歴史』と言っていたが、紛うことなき黒き忘れたい記憶であった。こうして第三者に似たような行動をされると自分のあの悪行を思い出して声を出して転がりたくなる衝動に駆られてしまうのだ。もし本当にモーグ子爵令嬢がリオの想像通りの行動を取ったら、完膚なきまでに叩きのめそうと決意したのであった。
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