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第三部
リオの疑問
しおりを挟む元気は取り戻したけれども己の黒歴史を思い出して疲労困憊しているフレドリックと夕食を取って各寝室に引き上げた。
リオは寝る前に寝室でロイド家の老侍従が持ってきてくれたモーグ家の資料をデスクで広げていた。
「フィンドレイ侯爵夫人の従姉妹の子供になるのか」
問題のモーグ子爵令嬢の母親は、フィンドレイ侯爵の従姉妹でタウナー伯爵家からモーグ子爵家に嫁いでいた。彼女が嫁いだ頃はモーグ子爵家及び子爵自身に大きな問題はなかったようであったが、最近は夫である子爵が娘可愛さに商店に無理を言うなどあまりよくない噂がちらほらとみられるという。親が従兄弟ならばまあ結婚式に出席してもおかしくないが、フィンドレイ家としてはモーグ子爵家に対して娘は連れてこないように、とわざわざ言っていたのにもかかわらず連れてきたのだという。
「貴族的にはやっちゃいけないことをやっちゃったってことだよねこれ」
「そうですね。無事結婚式が終わったとしても、その後フィンドレイ侯爵家から何かしらの制裁がモーグ子爵家にあると思われます」
勉強に付き合ってくれたミックと資料を見て顔を見合わせた。
確かに母親たちは親族として仲が良いかもしれないが、貴族には色々と面倒くさいものがある。それは儀礼的なものだったり、格式的なものだったりするが、公的な場、いわゆる冠婚葬祭などの社交の場ではどれだけ親しくとも守らねばならない序列があるのだ。モーグ子爵はそれを既にいくつも破っている。従姉妹である夫人だけを呼ぶことが出来たらよかったけれども、この世界ではパーティなどではパートナーを連れての出席が基本なのだ。もし相手がいなくても代理を連れてくることが常識である。そして夫人を呼びたい時はモーグ子爵宛に招待状を送るしかない。
今回一番穏便に済んだのが夫人と長男が来ることだったろう。けれども上位貴族が集まるような招待状をモーグ子爵が断ることはなかっただろう。貴族は基本家長の意見が一番なので、どちらにしろモーグ子爵家に招待状を送った時点でどう動いても何かしらの波乱は起こっていた。
「それにしたって、今回の行為は貴族として最悪の結果を招くことをがわからないのかな。フレドリックは叩き潰してやるとか物騒なこと言ってたけど……」
「そもそも格下の家が何度も何度も釣書を送ってくる行為自体貴族的にはかなり良くないことです。今回の行い如何によっては子爵家の存続も危うくなるでしょうね。ただ跡取りは夫人に似て真面目で評判のよい方なので、代替わりして子爵を蟄居させる可能性が多いのではないでしょうか」
貴族家のお取り潰しや降爵はそうそうあるものではない。降爵され領地を没収されたヤーアク家はリオという王族に等しい魂の迷い人とフレドリックという公爵家嫡男に銃を向けた罪が重すぎたのだ。ああいったことががそうそうあっては国が立ち行かなくなるほどの重罪であった。
リオは資料をまとめてミックに渡すと疲れて伸びをした。すると背骨がパキパキと鳴った。墓参りで出かけた疲れもあるのだろう。時計を見ればもう夜も深い。流石に今日はパトリックも報告に来ないだろう。
「そろそろ寝るよ。ミックも休んで」
そうミックに声をかけて、リオはベッドへと転がった。
◇◇◇◇◇
「やはり娘をフレドリックたちに会わせるために結婚式に出席しに来たらしい」
夜が明け、報告ついでに二人と朝食を一緒に取りに来たパトリックがげっそりとした表情で昨晩の話し合い他の結果を教えてくれた。フィンドレイ侯爵側の報告曰く、子爵は「うちの子に会えばきっとみんな惹かれるはずです」と満面の笑みで告げたという。結婚式までは子爵も娘も離れの部屋から出さずにいるが、結婚式での接触は防げないであろう、というのがフィンドレイ侯爵家とロイド伯爵家の見解だった。
「ハヤテがいたらもう少し対策も出来るんだけれども」
頭を抱えてそんなことを言うパトリックであったが、ハヤテがいたらいたで面白がって大変だったとリオは思う。パトリックの呻きを聞いていたら、ハヤテによって生み出されたパターンを騎士団でシミュレーションして対応を予測しているらしい。次にハヤテに会った時、いろいろ聞かれることになるんだろうなぁとリオは遠い眼をした。ハイテンションになったハヤテは特有の早口で語り始める。そんなハヤテに対応できるように速記係が王宮の魂の迷い人部署にいるのだと、魂の迷い人内でのもっぱらの噂である。
意識を飛ばすリオの横でフレドリックが思い出したようにパトリックに伝えた。
「リオが、自分は邪魔者扱いされて公爵家嫡男に取り入る平民の卑しい男扱いされる可能性が高いと言っていました」
「あああ、そんな展開読んだ……!! 検閲前のハヤテの物語で読んだ!!」
「そういう言動があった場合、俺が公爵家として抗議することは許されるんですよね?」
「ああ、許される。身分を明かせないやんごとなき方だからな、リオは。何だったら後日王宮から苦情も言えるし、万が一平民を貶すような発言をした場合、貴族の振る舞いではないと警告を送ることが出来る。それに何より今回護衛として騎士が派遣されているからね。相手が罪に問われるような言動をした場合、取り押さえられるだろう」
フレドリックの問いにパトリックが答える。先ほど話していた通り、事前にモーグ子爵父娘のあらゆる暴走に備えているのだろう。最悪フレドリックやスターレット公爵令息とそのパートナー、そしてリオの命が危険にさらされる可能性もあるのだ。その誰が害されても大きな問題になる。騎士団はその身を盾にしてでもこの四人が無傷であるように護衛してくるであろう。
「モーグ子爵令嬢の情報を集めてきたよ。王宮の若手たちが貴族学院で同期だったからそれなりに集まってよかった」
なるほど、フレドリックのひとつ上のモーグ子爵令嬢なので、同級生たちは現在三年目に突入しているはずだ。そんな彼らから聞いたモーグ子爵令嬢の逸話にフレドリックの目つきはどんどん悪くなるし、リオも乾いた笑いしか出来なくなっていった。
「見事なテンプレ……」
自分のことを王族か高位貴族がいつかきっと迎えに来る。誰よりも身分が高くなると吹聴するなどの妄言。学院の成績は中の下で、授業態度も生活態度もよくなく、教師の覚えも正直よくなかった。更にはフィンドレイ侯爵家に連なるものと侯爵家の名前を盾のように使い、何度かフィンドレイ侯爵家から注意されている。貴族として気品ある言動ではないと学院でも何度か親が呼び出されている――と頭が痛くなるような報告だった。
「あまりに問題児だったからか、貴族学院出身の王宮職員全員「ああ、あの……」って言っていたらしい」
たまにいるよね、学校で誰もが知ってる問題児、とリオは頭を抱えた。こういった輩は大体思い込みのまま暴走する。
「子爵夫人は真面目でまともな方だと聞いているけれども、どうしてこうなってしまったんでしょう?」
「どうやら娘に小言を言うようになってから夫人に領地運営を押し付けて、子爵と娘はずっと王都で暮らしているらしい。娘は物心ついた時から王都で暮らしていて、領地なんていう田舎になんて行った記憶がないと学院で言いふらしていたというから確実だろう。学院に親が呼び出された時も子爵だけが来ていたから、きっと今回みたいにヘラヘラして聞き流して終わりだったんだろうな」
テンプレだ、父親も見事なテンプレだ!! とリオは声に出さずに突っ込んだ。その顔を見たパトリックとフレドリックが苦笑する。
「そんなわけだ。おそらく娘のターゲットはフレドリックとスターレット公爵令息だろう。今日の午後にはスターレット公爵令息御一行がロイド伯領入りする。離れではフィンドレイ側で娘が出ないように見張ってくれているが、気をつけてくれ。この階の階段にも警備のものを立たせている」
「当日は?」
「加害が及ぶ可能性を考えて王宮から追加で騎士が来ることになった。陛下から変な動きをしたら取り押さえていいと許可をもらっている」
「うちの侍従も騎士程度には動けるから当日は側に付かせておこう」
「そうしてくれると助かる。じゃあ俺はこれで」
食事しながら話をまとめると、パトリックは食事の終わりと共に去っていった。結婚式のホストの一員としてただでさえ忙しいのにモーグ子爵絡みのトラブルだ。ものすごく忙しいのだろう。隙を見つけて寝てほしいくらいの疲労だった。いつもは冷静で飄々としているパトリックがあそこまで疲れているのをリオは初めて見た。それにしたって食事をする時間で見事に話をまとめていったパトリックに二人は感心してしまった。伊達に王太子の側近を務めていない。
「とりあえず、モーリスが来たら説明するか……」
パトリックからモーリスに報告があるだろうが、フレドリックとしてもモーリスとそのパートナーとも打ち合わせをしておきたい。
「あ、それ俺も同席したい。フレドリックの友達と話してみたい」
「普通の友達だよ。幼馴染みというか」
「それでも」
フレドリックに友人がいて、学院で少しでも学生らしい学生生活を送れていたと知れてリオは楽しいのだ。あわよくばフレドリックの学院生活のことを聞いてみたい。高位貴族の嫡男らしくリオのこともほぼ全部知っているとのことなので気が楽なのもある。
まだ朝であるが、スターレット公爵家一行の到着をリオは楽しみに待つことにしたのだった。
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