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第一部
フレドリックの独白
しおりを挟む「あの子は死んでしまったよ」
父が、そう告げる。
うそだ、と呟いた言葉は暖炉の爆ぜる音でかき消される。
「あの子供は……あの子はカレッジ子爵の長男の子供――子爵の孫にあたる。今回のカレッジ子爵家お家騒動でカレッジ家の唯一の生き残りだった。カレッジ子爵の屋敷はそれは凄惨な状態だった。いたるところで人が血を流して倒れていてね。そんな中、カレッジ家で唯一生き残ったのがあの子だったよ」
父が重苦しい口調で、彼の、あの子の実家を語る。
「あの子の母親は私の従妹の、ロイド伯爵家のヘレンだったよ。伯爵家は国の反対側だから、一時的に比較的近い我が家に身を寄せることになっていた」
あの子は、いやいや引き取ったわけでも、無理やりうちに来たわけでもなかったんだ。
「あの子が生き残ったのはひとえに身体が弱くて部屋にほぼ籠っていたからだ。そしてその扉を死んでも守ったメイドと執事がいた。――家族を失ってしまったあの子は伯父にあたるロイド伯爵家にいずれは引き取られる予定だったよ。けれども……あの凄惨な館を見てしまって気落ちしていたからか、寒い中我が家までの移動すら耐えられなかったのか、急激に悪くなってしまったんだ。あっという間だった」
「父さま……」
「あの子の遺体はロイド伯爵家に送られた。そちらで弔われるだろう。――おまえがあの子に投げた言葉の報告は受けている。あの子の境遇と、あの子の家の事情をまとめた今回の報告書を後で届けさせるから、よくよく考えなさい。憶測で物を語る怖さを。人の心の脆さを。――もうしばらく部屋で謹慎だ。食事も部屋で取りなさい。ライラの部屋に行くことも禁止だ」
「……わかりました」
私は父の決定に頷くことしか出来なかった。
◆◆◆◆◆
待望の妹が出来たのは私が八歳の時だった。我が家待望の第二子の誕生に我が家であるウォルターズ公爵家はお祭り騒ぎだった。可愛い母に似た妹を見て、私は改めてこの家を、母を、妹を守らないといけないと奮い立っていた。そんな最中に起きたのが、隣の隣に領地があるカレッジ子爵家のお家騒動だった。
噂は入っていた。家庭教師が我が国の貴族を教えてくれる時にしかめっ面になって言っていたのだ。
『カレッジ子爵家は後継でもめているようですね。長男派と娘婿派、力が拮抗してしまっているからなかなか決まらないようです。ああ、ウォルターズ公爵家の由縁の方も嫁いでおりますし。こういった他家の争いは時として由縁の別の家に飛び火することもあります。いいですか、フレドリック様。よくよくご自身の家系を頭に入れ、相関図を日々更新しながら家を守るのが、貴族のご当主の役目です』
つまりはカレッジ子爵家のお家騒動が我が家に飛び火することもあるのだと、私は理解した。
そしてそんな中、子供の間で流行っていた小説を私は読んだのだ。八歳の子供が読むには少し早かったかもしれないが、十歳ちょっとの子供をターゲットとしたと思しき児童小説は、次々と新作が発売されていて、私たち貴族の子供の間でも爆発的に流行っていた。そんな話の中によく出てきたのがお家乗っ取りだった。
当時の私はまだ子供だった――と言えば言い訳になってしまうが、例えばこの家が乗っ取られてしまったら、とかかわいい妹の婚約者になる男が悪者だったら、などと想像してしまったのだ。
勉強と読書と妹を愛でながら生活をしていたある日、父が電報を受け取って、大急ぎで家を出て行った。
寒い寒い、冬の始めの雨の日のことだった。
その数日後、父はまだ帰ってこなかったが、父の侍従が、一人の子供を連れて一足先に帰ってきた。
侍従の話を青い顔で聞いた執事と母の指示がとび、バタバタと家人が走り回っていた。
子供は小さな男の子だった。
細い手足と青白い顔が、まるで幽霊のように感じて、私は身震いした。
聞けば、カレッジ家の子供だという。なぜ、カレッジ家の子供が我が家に来たのか。
子供はすぐに整えられた客間に入ったらしかった。
簡単に挨拶を交わした以外、子供との接触はなかった。一緒に遊べともいわれないし、食事も共にしないようだった。
「知ってる? カレッジ家、あの子除いて全員殺し合って死んでしまったらしいわよ」
「だから旦那様が帰ってこないのね……。あのこ、どうするのかしら」
「うちで引き取るのかしら……でもカレッジ家って言ったらあれでしょ?暴虐無尽のあばれ跡取りがいるとか」
「ああ、けがをして再起不能になったメイドや侍従は数知れずっていう、噂の……」
「再興はどうなるのかしら……。あの子供もその恐ろしい跡取りの血が流れているのかしら。こわいわ……」
そんな話を下っ端メイドがこそこそと話していた。新入りはあそこの休憩所の音が、上の階のベランダに出ると聴こえるなんてまだ知らないのだろう。
私はそんな言葉から勝手に妄想を膨らませてしまったんだ。
そしてある日、廊下でばったりと会ってしまったその子に暴言を浴びせてしまった。
「おまえ、ライラに取り入って我が家を乗っ取るつもりだな!!カレッジ家の暴虐残忍な血など我がウォルターズ家には入れることなどできない、身の程を弁えろ!!だいたい一族で殺し合って、おまえが残ったのだから、きっとお前が首謀者なのだろう!--両親と共に死んでいればよかったものを。なぜ我が家に転がり込むんだ」
思い込みと想像力が掛け合わさった結果、八歳の私は親類縁者が殺し合い、メイドと執事の命で守られ、血で染まった屋敷を見ながら家を出たたった五歳の子供にそんな暴言をぶつけてしまった。
そう、彼はまだ五歳だった。
あの子は――レオン・カレッジは、その青白い顔の中に恐ろしく深い藍色の瞳を持っていた。
八歳の年かさの子供にそう怒鳴り込まれても、彼は泣きもしなかった。それが面白くなかった私は、いうだけ言ってその場を去ろうとした。
もちろん私には侍従がついていたし、彼には何かの用があったのかうちの執事とメイドがついていた。
その後私は鬼のような形相の執事に部屋に連れていかれて父が帰ってくるまで閉じ込められた。その時の私はただ面白くなかった。妹の顔も見に行けなかったし、母も会いには来なかった。
ただ慌ただしいドアの外を感じながらふてくされているだけだった。
そうしてあの子が来て一か月が経ったころ、ようやく帰ってきた父に呼ばれた。
そうして告げられたのだ。
『あの子が死んだ』と。
父は静かに怒っていた。
小さな子供に私がぶつけた言葉を。
両親が、祖父母が、メイドが、執事が、侍従が血に染まって死に絶える中を救出された幼い子供に見当違いの暴言を投げた。挙句には両親と死ねばよかったのに、とまで言った。
彼の家は彼の父である長男と、第二子である妹の婿で揉めていた。乱暴者の跡取り候補で有名だったのはこの妹の婿の方で、今回の血みどろの殺し合いになったのもこの婿が暴れたのがきっかけだと判明していた。自分の仲間であった破落戸を引き連れて屋敷を襲い、子爵と長男を殺しに来たらしい。徹底抗戦した結果、全員が命を落とすことになった。
わずかに生き残った使用人と破落戸から証言を得て、事件は既に詳らかになっていた。
あの子は、あの子の家族は被害者だったのだ。
きっと、あの子は、私の言葉を抱えたまま死んでしまった。
弱った心に鞭を打つように最後の一押しをきっと私の言葉がしてしまったのだ。
私が父に呼ばれた時にはもう彼は死んでしまって、彼の遺体は彼の母の故郷へ出発してしまった後だった。
彼の亡骸にすら、謝る機会を与えてはもらえなかった。
彼の葬儀には当然行くことが出来なかったし、いまだに彼の墓にも行くことは許されていない。
小さなあの子の、感情の消えた瞳を今でも覚えている。
茶色の髪からのぞく、寒く深い湖の底のような藍色の瞳とあの青白い肌を、いまだに夢に見る。
あの子は知らない屋敷の知らないベッドで、知っている人が一人もいないまま、死んだのだ。
家族が全員死んでしまうなんて、目の前で全員血を流して倒れているのなんて、八歳だった私ですら見たくないものだ。それをあの子はたった五歳で見てしまったのだ。
きっと誰もが言っただろう、両親の分まで生きろと。
けれど私は言ってしまったのだ、両親と一緒に死んでいればよかったのに、と。
私より三歳も下の、親を亡くした幼子に。
私が部屋を出ることを許されたころ、あの子がいた部屋は、すっかり片づけられていて、あの子が来る前とどう変わったのかすらわからなかった。
この広い部屋で息を引き取ったというあの子の声はいったいどんなだったろうか。あの子が自己紹介したはずなのに、私はあの子の声すらも覚えていなかった。
あの時、本や噂に流されずに、きちんと執事や母上に事情を聴いて、あの子に寄り添えていたら、あの子は死ななかっただろうか。光を亡くしたあの藍色の瞳に、光を灯すことが出来ただろうか。
あの子の手を握ることが出来ていたら、あの子が結果的に天に召されてしまってもきっとこんな後悔なんてしなかった。
きっと父上は私があの子に寄り添うことを期待したはずだ。妹が出来て、兄としてふるまうことに慣れ始めていた私があの子の仮の兄となることをきっと望んでいたのだろう。
けれども私は正反対のことをした。
あの子を傷つけ、父の期待を裏切った。
この家の跡取りとして相応しくない行動をして、ひとりぼっちになった子供を死なせてしまったのだ。
謝りたくても、もうあの子はいない。
未だに私は贖罪の日々を送っている。
私の悪い妄想の元になった児童小説は、教育に悪いと色々と手が入ることになってしまったという。
大人ならまだしも子供に読ませる内容ではなかったという判断が下されたようで、私の部屋にあったそれらも回収されていった。内容は改めて精査され、年齢制限がつけられ、十六にならないと読めなくなった。
しかし十六を過ぎても私はそれらを手に取ることはなかった。
同じ本でなくても、同じ作者でなくても、幼いころの苦い思い出を思い出してしまうからだ。
あれから十年。
成人である十八歳を迎えた私は、今もまだ、このウォルターズ公爵家を継ぐ決心がついていない。
小さなあの子を死なせてしまった私は当主にふさわしくないと何度も父上に言ったが、了承はされなかった。妹が婿を取るなり、妹自身が女公爵として身を立てるなりして欲しいと言ったけれども、それらは全て保留にされている。
「こんな私を見たら、きっと君は笑うだろうね、レオン」
あの子の生前、一度も呼ぶことがなかったその名を、私はいつもお守りの様に、あるいはあの子が私の神であるかの如く、何度も何度も呼んでいる。
ただの一度も声の返ってくることのないその名を、ただひたすらに呼んでいる。
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