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第一部
フレドリック襲来
しおりを挟む「初めまして、フレドリック・ウォルターズです。今回はわがままを聞いていただきありがとうございます」
自領の屋敷から馬車で十二時間。途中の宿場町で一泊したので、カレッジ領代行官邸に着いたのは出発翌日の昼過ぎであった。さすがに単身で来ることは叶わず、運転手と侍従長であるマイルズも一緒である。ちなみにこのマイルズはあの日父を置いてカレッジ領からレオンを連れ帰ってきた侍従だ。あの日のカレッジ子爵邸の惨劇を実際にその目で見た人間だから選ばれたのだろう。
「いえ、ようこそいらっしゃいました」
穏やかな笑顔を浮かべながら迎えてくれた父より少し若い男は代行官のケビン・ハントである。ウォルターズ公爵傘下のハント伯爵の三男だか四男だかの末息子だ。文官としてたいそう優秀で、フレドリックの父が推薦してカレッジ領の代行官に就任した。
「代行官補佐のケイでございます。フレドリック様、お疲れでしょうから、まずはお部屋にご案内いたします」
その名前にわずかにフレドリックの身体が揺れた。代行官補佐のケイ――あの日レオンと共に隠し部屋に隠れ、生き残った執事見習いの名前だ。幼いレオンとともにこの地で暮らしたことのある青年である。
会ってみたかった人の一人だ。すぐにレオンのことを聞きたいのを抑えてフレドリックは挨拶をした。
「ああ、よろしく頼む」
そうして当たり障りのない会話をしながら案内されたのは三階の客間だった。貴族の館よりも随分簡素なその屋敷ではあったが、客が訪れることがそれなりにあるのか、豪奢とはいえないまでも途中で泊った宿屋よりもうんと上質な部屋であった。
窓の外には緩やかな丘が広がり、その頂上には屋敷が建っているのが見える。
「あれが惨劇のカレッジ邸か」
子爵にしては大きな建物だと思う。カレッジ子爵領はもともと気候の良く、また丘陵地帯が多く酪農や農耕が盛んであり、国から見ても裕福な領であり、国内有数の穀倉地帯でもあった。また住民への還元も積極的に行っており、善良なカレッジ子爵は代々領主として人気があった。田舎だけれども、気候が良くのんびりした土地で、貴族の別荘もそれなりに多い。
そんなおいしい土地を掻っ攫おうとしたのが当時のカレッジ子爵の娘の婿であった。
もちろんカレッジ子爵は自分の長男を跡取りにしようとしていたが、相手が伯爵家の人間だったことから伯爵家からの横槍も入っていたと聞いている。当の伯爵家は否定しているが、煽った部分は少なからずあったのだろう。現に事件詳細が発表される前、カレッジ子爵領の代行に婿の実家である伯爵家が立候補していた。もちろん加害者の実家が担うなどという判断をするものは誰もおらず、親交の深かったウォルターズ公爵家が管理している。
なおカレッジ子爵邸での惨劇は王宮から事件詳細が発表されたこともあり、今は随分と肩身の狭い思いをしているようだ。
フレドリックは上着を脱いで窓辺の椅子に座る。一緒に来たマイルズはフレドリックの荷物を開けた後、今後の打ち合わせをしに代行官の執務室へと向かった。
メイドが用意してくれたお茶を飲みながらフレドリックは丘の上を眺めていた。
窓の外はのんびりとした風景で、街中にあるウォルターズの屋敷とはまず空気からして違った。
こんなところでレオンがちゃんと育ったならどんな子になったろうか、と思いを馳せていると、ふと丘の上へを続く少年が見えることに気づいた。遠くに見える小さな少年はたくさんの花を抱えて、てくてくと登っていく。きっと屋敷へ墓参りに行くのだろう。小さな背中に羨望のまなざしを送ってしまう自分にフレドリックは苦笑した。
「ようやく、ようやくあの子のゆかりの地へと来ることが出来たんだ」
引き摺り過ぎだとは自分でもよくわかっている。けれども、あの子がどれだけの絶望を抱えて死んでしまったのかを考えるたびに胸がきしむように痛むのだ。
それが、自分がこの先、死ぬまで抱えていかなければならない痛みだと、フレドリックは知っている。
いっそ自害しようかと思ったこともある。けれども、生きられなかった子爵家の人々や死んでしまったあの子を思うたびに、その命を捨てる決心は出来なかった。誰かが生きたかった明日を、自分の身勝手な死で穢すことなど、出来なかった。あの子を思い、偲び、生きることがフレドリックの贖罪だった。
※短いので本日18時にも1話更新予定です。
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