贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希

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第二部

嬉しい出来事

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 先日、ケイの妻でこの屋敷のメイド長であるアニーの妊娠が発覚した。結婚して九年、待望の懐妊である。


 少し前から体調不良で心配していたケイとリオは泣いて喜んだ。


 ただメイド長が休職するということで、今後の屋敷内が立ち行かない可能性が出てきた。事情が事情なだけにそうそう新しく求人などできるはずもなくハント代行官は速やかに公爵家に報告した。すると速やかに公爵家から三人のメイドが派遣されてきたのだった。一人は長く公爵夫人についていて、リオもよく知っている年配のローラ、リオがレオンの頃お世話になっていた時にはメイド長をしていた。そしてもう二人は王都の公爵邸でリオについていたメアリーとモイラだった。リオ達が公爵家からカレッジ領に発ったのと入れ替わりに王都から公爵領の屋敷に異動になっていたらしい。


「ローラさん!!久しぶり」


「いやだこないだ会ったばかりですよリオ坊ちゃん!!安心してください、ローラが来ましたからね。アニーのお産と子育てまでばっちりフォローしますからね」


「なんと、ローラが来たのか」


「フレドリック坊ちゃまもお元気そうで何よりですわ。奥様が若い子だけでは心もとないだろうと私をご指名されましたよ」


「そうだね、ローラが来たなら何の問題もないだろう。コリー、ミック、三人の荷解きと屋敷内の案内を頼む」


 代行官交代まではまだ時間があるが、既にフレドリックが差配している。ハント代行官がいるうちに差配して問題があるところは注意してもらうためだ。いうならば見習い代行官である。


「メアリーとモイラも来てくれるとは思わなかった。知ってる人だからすごく安心した」


「王都でリオ付きになった時点できっとあの四人は領地の屋敷に来ることが決まっていたんだろうね」


 正確には、領主邸で研修した後カレッジ領に来ることが決まっていたのだろう。アニーの妊娠がなくてもそのうち理由をつけてメアリーとモイラはこちらに派遣されてきたと思われる。


「でもアニーもケイも頼る実家はもうないから、こうしてお屋敷で面倒見てくれて本当にありがたかった。この屋敷で産んでもらえるの、うれしい」


 兄のように姉のようにリオに寄り添ってくれた、今では書類上は本当の兄と義姉だ。この十年、ずっと一緒に身を寄せ合いながら生きてきた。彼らの家族が増えるのだ、これ以上嬉しいことはない。頬を紅潮させるリオの顔は満面の笑みだ。


「彼らはこのカレッジ領代行官邸の家族だからね。もっともっと幸せになっていいんだ、リオもね」


「……うん」



 そっとフレドリックの手がリオの背中を撫ぜた。




     ◇◇◇◇◇




「リオは可愛いなあ」



「仕事してくださいよフレドリック様」



「はあ、可愛い……」



「――大丈夫か、これ」


「フレドリック様、書類は……、あもう出来てる」


 代行官執務室には現在ハント代行官とケネス、そしてフレドリックがいた。既に代行官の机にはフレドリックが座り、ハント代行官は補佐に回っている。ケイは妻アニーのつわりがひどく、本日は午後からは休んでいる。ずっと働き通しだったケイとアニーがゆっくり休むことが出来て、屋敷の者は全員ほっとしているのだ。


 窓の下ではリオが詰め所の騎士たちと談笑している様子が見えた。それを眺めながらぼやいていたのがフレドリックである。


「最近は本当に首ったけですねえ」


「ずっと自分が死なせたようなものだと贖罪していた相手が実は生きてて、手ずから許しを与えたんだからそりゃ特別になるよなあっては思ってたんですけどね……」


 二人の会話など聞こえていないようで、フレドリックは窓の下を覗いていた。これでもリオの前では完璧な公爵令息を保っていられるのだけれども、ハント代行官とケネスしかいない時は最近いつもこうである。


「公爵様は大丈夫なの?知ってるのこのこと」


「知ってます。てか多分本人が気づく前から気づいてますし、奥様はものすごくリオ様のことを心配してましたよ」


 机に残された終了済の仕事を最終チェックしながらハント代行官がケネスに聞くと、そんな答えが返ってきた。公爵家として特に問題がないのなら、あとは当人たちの問題だろう。この地を去るハント代行官が出来ることはほぼないと言っていい。


「うーん、やっぱりとっとと辞めてこっちに就職しに来ようかな」


「代行官、それ本気で言ってます?」


 ハント代行官のつぶやきに、ケネスが顔をしかめた。短い付き合いの中でも、この代行官がこのカレッジ領を気に入り馴染んでいることはわかってはいたがそんなことを言い出すとは思っていなかったのである。何せハント代行官は王宮に帰ればおそらくそう遠くないうちに領主管理の部署の長になる予定だからである。そのために王宮に戻すのに辞めると言われたらおそらく関連部署は阿鼻叫喚だろう。


「半分くらい本気かな。だって今部署が地獄だって伝え聞いてるし。――王宮で我慢できなくなったらとっとと辞めてここのお屋敷に就職したいと思ってるよ。その旨公爵にも宣言してるし。ここは居心地がいいからね」


「公爵がご存じだったら、俺はもう何も言いませんけど」


 ヤーアク領が直轄管理領になってからかの部署は地獄のような忙しさだとケネスも聞いている。ハント代行官が戻りたくないのもよくわかるが、そうもいかないだろう。せめてハント代行官が戻るころには忙しさがマシになっていますようにと祈るしかなかった。ハント代行官が辞めてこちらに来てくれるのは大歓迎であるが、部内に親しい人がいて損はない。



 そんな二人をよそに相変わらず窓辺ではフレドリックがぼんやりとリオを眺めていた。



 こちらも色々重症である、そう主に恋の病の。



 フレドリックは八歳から十八歳の今になるまで、亡きレオンへの贖罪のために生きてきた。殉教するんじゃないかと心配されていたくらいなので、色恋沙汰には無縁だった。無縁というより全てをはねのけて生きてきた。最低限の社交は行っていたし、王族に連なる公爵家だ、同年代からの見合いは山のように持ち込まれたし、学園で直接乞われることもあった。けれどもその全てをはねのけたし、それを公爵家もなんなら王家も許していたし、なんなら公爵家ということもあり、どこも強引に事を運ぶようなことは出来なかった。


 つまり、このフレドリック・ウォルターズという男は己の恋愛とか結婚とかとかくそういった方面に対して無頓着だったのであるし、いうなれば情緒が全く育っていない。だから自分の中で神のように昇華してしまっていたレオンがリオとなって現れ、そして赦しを与えたのだ、心酔しないわけがない。幸いこの国では同性婚は広く平民まで行われているし、ウォルターズ公爵家は既にフレドリックが継いだ後、妹のライラの血統が継いでいくことが確定している。何より相手のリオが迷い人なのでこの二人が成立するのに全く問題も障害もないのであるが、いかんせん当の本人たちがそれを自覚していないのが問題なのである。


 またフレドリックはおそらく確実に恋情を抱いているが、リオに関してはまったくもってまだそういった感情は持っていないだろう。リオにとってフレドリックは頼りにしているお兄さん的存在である。


「私がいなくなっても頑張ってねケネス」


「……そうですね、ハイ……」


「定期的な報告は欲しいな」


「突っ込んできますね、代行官」


「ここまで関わったら最後まで見届けたいでしょう。公爵の許す範囲でいいですから頼みますよ」


「了解しました。――それにしても本当にうちの主人は」



 ここまでこそこそ話しているのに気にする様子もなく窓際ではフレドリックがリオを見下ろしていた。





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次の更新は3/10(月)です。





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