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第二部
フレドリックの新しい心模様
しおりを挟む昔、誰かに言われたことがある。子供の社交の場だったかもしれないし、学園に入ってからだったのかもしれない。
『死んだ子供にいつまでもうつつを抜かしていないでいい加減現実を見たらどうですか。死んだといってもたかが子爵家の跡を継げるかどうかもわからない病弱な子供だったじゃないですか。事件がなくても死んだかもしれないと聞いていますよ』
あの時ほど激昂したことはなかった、と思う。それ以来その子供には会っていないから、きっと言い負かせて子供の実家に報告が行ったのだろう。子爵家の子供だろうが公爵の子供であろうが平民の子供であろうが、死を軽んじてはいけないのだ。子爵家を軽んじた、命を軽んじたと判断されて、おそらく再教育のために領地に下げられて、その後学園でも会わなかった。確か伯爵家の子供だった気がする。
そのあとに続いた言葉は婚約の申し込みだったらしい。頭に血が上り過ぎて覚えていないが、それ以外にも婚約の申し込みや好意の告白を山のように受けた。成人してからは遅れに遅れていた同年代の有力貴族たちがバタバタと婚約を結んでいるので、フレドリックに来る件数は落ち着いてきた。公爵位を継ぐと宣言したが同時にフレドリックの次代は妹の血統だとも宣言しているので旨味はないと判断されたのだろう。あとは金目当ての愛人希望ばかりだから見る必要もない。
そんなフレドリックの心を占めているのはリオである。カレッジ子爵家の生き残りで魂の迷い人であるリオ、それを知る有力者が一気に増えて、リオの周りに集る可能性があった。だからリオの隣にいればそれを払い落とすことが出来るな、と思い立ち、カレッジ領に来ることを立候補したのだ。父であるウォルターズ公爵も王宮も同じことを危惧していて、フレドリックの提案は特に反対されることもなく通った。フレドリックが来ること、また旧ヤーアク家関連の逆恨みを警戒して、警備や屋敷の人間を増やすことも自然に出来た。リオには健やかに憂いなく過ごして欲しいが、彼の幸せを想像した時、隣に立つ『誰か』を想像すると気分が悪くなる。
「リオは可愛いから、寄ってくる有象無象を気を付けておかないと……」
カレッジ領に戻ってきたリオはいつでも輝くような笑顔を浮かべていて本当に可愛い。
フレドリックの件も片付き、あの伯爵家もいなくなり、心の憂いが取れた状態なのだろう。とにかく可愛い。先日ケイの妻であるアニーの懐妊が分かった時はわたわたしたあと、幸せを実感するようにじっとアニーのお腹を見つめていた。
リオには今後誰よりも幸せになってほしい。今後は遅くなってしまったが兄のように彼を庇護していきたいと思っているし、何なら自分のお眼鏡に叶う人間としか添うことを許さないとまで思っている。かつて父が望んだように、リオの『兄』として見守っていきたい。公爵家にいるのならカレッジ領とは一生の付き合いになるだろう。
「後悔しかないな」
リオに赦しを与えてもらえたといっても、あの時自分がちゃんと父の意を汲み、ちゃんと情報を自主的に手に入れて考えて行動できていれば、自分もレオンであるリオも全く違った世界を歩んでいたんだろう。
「小さい頃のリオも可愛かっただろうな」
自分の記憶にある五歳のレオンは青白いその顔色と表情のなかったその顔だけだ。本人曰く『あの時はこの子やっべえとしか思っていなかったので大丈夫です』とのことであるが、あの時交わった時間を無為にしてしまったのは本当に人生最大の汚点であった。
「フレドリック様、そろそろ次の仕事をリオが持ってきますよ、しゃんとしてください」
「――わかった」
リオはよく働く。先ほども代行官邸に出来た騎士団の詰め所に報告書を取りに行っていた。カレッジ領に来た騎士は全員身元調査をしているが、リオに懸想するような騎士がいるとも限らない。
「フレドリック様」
ケネスに肩をたたかれて、フレドリックは椅子を机に向き直した。それと同時に開け放したままの執務室のドアを潜って、リオが入ってくる。
「失礼しまーす、騎士の詰め所の書類、持ってきましたよ」
「ありがとう、どうだった?」
「調査が終わった後は平和過ぎて訓練が捗るって言ってた。住民と商人以外の出入りもないって」
代行官邸の騎士の詰め所は固定人員にしてはいない。シフト制でカレッジ領の騎士団出張所から交代で詰め所に来ている。ここのところの状況を雑談ついでに聞いてくれたらしい。
カレッジ領の騎士団の詰め所は他所から来て商店街に入る少し前に作られた。数十人が住み、訓練をするのにちょうどいい場所がそこだったわけだが道を通ってカレッジ領の繁華街ともいえる商店街に入ってくるものを結果的に見張ってくれている。
受け取った書類をぱらぱらと見てみたらようやく体制が落ち着いた旨の報告が書かれていた。今回は中央から派遣された騎士とウォルターズ公爵家にある駐屯地から派遣された騎士がいるので公爵が少し心配していたのだ。それもあり、今回カレッジ領を希望する騎士は指名制でなく立候補制にしたらしい。実際にカレッジ領で過ごした騎士が希望してくれて定員が埋まったという。おかげで田舎に飛ばされてふてくされる騎士が出なくて何よりだ。
「後でチェックしておこう。じゃあリオはこっちの書類をまとめてみて」
「わかった」
リオは隣にある机に座って、フレドリックから手渡された書類から数字を拾い別紙に転記し始めた。
この執務室には代行官のほかに新しく机が置かれた。ハント代行官とフレドリックが並んで仕事をするための物であったが、ハント代行官は早々にフレドリックを独り立ちさせるべく仕事を渡してきたので、隣の補佐用の机でリオを指導することにしたのだ。今ではフレドリックが仕事をしてる隣でハント代行官とケイがリオの机を囲み書類の書き方を指導する、といった光景が日常になりつつある。
フレドリックがこの業務を始めて驚いたのが、ケイもハント代行官並みに仕事が出来るということだった。事件で亡くなったカレッジ領の執事は執事見習いだったケイにありとあらゆる領の仕事を叩き込んでいたらしい。もともとは侍従として就職したはずなのに、いつの間にか執事見習いになっていた、とケイは言うが、ケイの才能をいち早く見抜いて適切な教育を詰め込んだ執事のおかげで赴任当初業務が滞らなくて済んだとハント代行官は言っていた。フレドリックもハント代行官が半年でいなくなってしまうことに若干の不安を感じていたが、ケイがいれば大丈夫な気がしている。
騎士団からの書類を眺めながら斜め横の机に座っているリオの顔を見る。今までリオは書類整理と書類運び、書類綴じの仕事しかさせていなかったらしいので、こういう書類作成はハント代行官とケイとフレドリック、そしてケネスが寄ってたかって教えている。貴族学園並みの授業を受けているリオは理解力が高く、そう時間を待たずに戦力になりそうだ。魂の迷い人として成人していた記憶があるなら尚更である。
少しずつ成長していくリオを間近に見られることに喜びを感じている自分がいる。いずれリオはこのカレッジ領代行官の地位に就くだろう。彼を支え隣に立つのが自分であるといいと思う。ウォルターズ公爵として、カレッジ領代行官になるリオと共に、この土地を護っていくのが、今現在のフレドリックの展望である。なんならリオが代行官として立つ頃合いに公爵位を妹に譲り、そのまま代行官補佐としてカレッジ領にいるのもいいな、と思い始めていた。
リオの隣にほかの人間が立つことなんか想像できないのに、フレドリックはリオの側に立ち続ける展望を持っている時点でそれは恋情なのであるが、フレドリックの経験値があまりにも無さ過ぎて、その恋心すら理解していないことに、周りの大人たちは薄々気づいていた。
ちなみに、ほほ笑みながらリオを眺めるフレドリックを見ながら、ちょっと勘違いしているなと眺めていたのがハント代行官で、情操教育が足りてない!!と頭を抱えたのがケネスであった。
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次の更新は3/12(水)になります。
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