贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希

文字の大きさ
31 / 35
第二部

嬉しい出来事

しおりを挟む

 先日、ケイの妻でこの屋敷のメイド長であるアニーの妊娠が発覚した。結婚して九年、待望の懐妊である。


 少し前から体調不良で心配していたケイとリオは泣いて喜んだ。


 ただメイド長が休職するということで、今後の屋敷内が立ち行かない可能性が出てきた。事情が事情なだけにそうそう新しく求人などできるはずもなくハント代行官は速やかに公爵家に報告した。すると速やかに公爵家から三人のメイドが派遣されてきたのだった。一人は長く公爵夫人についていて、リオもよく知っている年配のローラ、リオがレオンの頃お世話になっていた時にはメイド長をしていた。そしてもう二人は王都の公爵邸でリオについていたメアリーとモイラだった。リオ達が公爵家からカレッジ領に発ったのと入れ替わりに王都から公爵領の屋敷に異動になっていたらしい。


「ローラさん!!久しぶり」


「いやだこないだ会ったばかりですよリオ坊ちゃん!!安心してください、ローラが来ましたからね。アニーのお産と子育てまでばっちりフォローしますからね」


「なんと、ローラが来たのか」


「フレドリック坊ちゃまもお元気そうで何よりですわ。奥様が若い子だけでは心もとないだろうと私をご指名されましたよ」


「そうだね、ローラが来たなら何の問題もないだろう。コリー、ミック、三人の荷解きと屋敷内の案内を頼む」


 代行官交代まではまだ時間があるが、既にフレドリックが差配している。ハント代行官がいるうちに差配して問題があるところは注意してもらうためだ。いうならば見習い代行官である。


「メアリーとモイラも来てくれるとは思わなかった。知ってる人だからすごく安心した」


「王都でリオ付きになった時点できっとあの四人は領地の屋敷に来ることが決まっていたんだろうね」


 正確には、領主邸で研修した後カレッジ領に来ることが決まっていたのだろう。アニーの妊娠がなくてもそのうち理由をつけてメアリーとモイラはこちらに派遣されてきたと思われる。


「でもアニーもケイも頼る実家はもうないから、こうしてお屋敷で面倒見てくれて本当にありがたかった。この屋敷で産んでもらえるの、うれしい」


 兄のように姉のようにリオに寄り添ってくれた、今では書類上は本当の兄と義姉だ。この十年、ずっと一緒に身を寄せ合いながら生きてきた。彼らの家族が増えるのだ、これ以上嬉しいことはない。頬を紅潮させるリオの顔は満面の笑みだ。


「彼らはこのカレッジ領代行官邸の家族だからね。もっともっと幸せになっていいんだ、リオもね」


「……うん」



 そっとフレドリックの手がリオの背中を撫ぜた。




     ◇◇◇◇◇




「リオは可愛いなあ」



「仕事してくださいよフレドリック様」



「はあ、可愛い……」



「――大丈夫か、これ」


「フレドリック様、書類は……、あもう出来てる」


 代行官執務室には現在ハント代行官とケネス、そしてフレドリックがいた。既に代行官の机にはフレドリックが座り、ハント代行官は補佐に回っている。ケイは妻アニーのつわりがひどく、本日は午後からは休んでいる。ずっと働き通しだったケイとアニーがゆっくり休むことが出来て、屋敷の者は全員ほっとしているのだ。


 窓の下ではリオが詰め所の騎士たちと談笑している様子が見えた。それを眺めながらぼやいていたのがフレドリックである。


「最近は本当に首ったけですねえ」


「ずっと自分が死なせたようなものだと贖罪していた相手が実は生きてて、手ずから許しを与えたんだからそりゃ特別になるよなあっては思ってたんですけどね……」


 二人の会話など聞こえていないようで、フレドリックは窓の下を覗いていた。これでもリオの前では完璧な公爵令息を保っていられるのだけれども、ハント代行官とケネスしかいない時は最近いつもこうである。


「公爵様は大丈夫なの?知ってるのこのこと」


「知ってます。てか多分本人が気づく前から気づいてますし、奥様はものすごくリオ様のことを心配してましたよ」


 机に残された終了済の仕事を最終チェックしながらハント代行官がケネスに聞くと、そんな答えが返ってきた。公爵家として特に問題がないのなら、あとは当人たちの問題だろう。この地を去るハント代行官が出来ることはほぼないと言っていい。


「うーん、やっぱりとっとと辞めてこっちに就職しに来ようかな」


「代行官、それ本気で言ってます?」


 ハント代行官のつぶやきに、ケネスが顔をしかめた。短い付き合いの中でも、この代行官がこのカレッジ領を気に入り馴染んでいることはわかってはいたがそんなことを言い出すとは思っていなかったのである。何せハント代行官は王宮に帰ればおそらくそう遠くないうちに領主管理の部署の長になる予定だからである。そのために王宮に戻すのに辞めると言われたらおそらく関連部署は阿鼻叫喚だろう。


「半分くらい本気かな。だって今部署が地獄だって伝え聞いてるし。――王宮で我慢できなくなったらとっとと辞めてここのお屋敷に就職したいと思ってるよ。その旨公爵にも宣言してるし。ここは居心地がいいからね」


「公爵がご存じだったら、俺はもう何も言いませんけど」


 ヤーアク領が直轄管理領になってからかの部署は地獄のような忙しさだとケネスも聞いている。ハント代行官が戻りたくないのもよくわかるが、そうもいかないだろう。せめてハント代行官が戻るころには忙しさがマシになっていますようにと祈るしかなかった。ハント代行官が辞めてこちらに来てくれるのは大歓迎であるが、部内に親しい人がいて損はない。



 そんな二人をよそに相変わらず窓辺ではフレドリックがぼんやりとリオを眺めていた。



 こちらも色々重症である、そう主に恋の病の。



 フレドリックは八歳から十八歳の今になるまで、亡きレオンへの贖罪のために生きてきた。殉教するんじゃないかと心配されていたくらいなので、色恋沙汰には無縁だった。無縁というより全てをはねのけて生きてきた。最低限の社交は行っていたし、王族に連なる公爵家だ、同年代からの見合いは山のように持ち込まれたし、学園で直接乞われることもあった。けれどもその全てをはねのけたし、それを公爵家もなんなら王家も許していたし、なんなら公爵家ということもあり、どこも強引に事を運ぶようなことは出来なかった。


 つまり、このフレドリック・ウォルターズという男は己の恋愛とか結婚とかとかくそういった方面に対して無頓着だったのであるし、いうなれば情緒が全く育っていない。だから自分の中で神のように昇華してしまっていたレオンがリオとなって現れ、そして赦しを与えたのだ、心酔しないわけがない。幸いこの国では同性婚は広く平民まで行われているし、ウォルターズ公爵家は既にフレドリックが継いだ後、妹のライラの血統が継いでいくことが確定している。何より相手のリオが迷い人なのでこの二人が成立するのに全く問題も障害もないのであるが、いかんせん当の本人たちがそれを自覚していないのが問題なのである。


 またフレドリックはおそらく確実に恋情を抱いているが、リオに関してはまったくもってまだそういった感情は持っていないだろう。リオにとってフレドリックは頼りにしているお兄さん的存在である。


「私がいなくなっても頑張ってねケネス」


「……そうですね、ハイ……」


「定期的な報告は欲しいな」


「突っ込んできますね、代行官」


「ここまで関わったら最後まで見届けたいでしょう。公爵の許す範囲でいいですから頼みますよ」


「了解しました。――それにしても本当にうちの主人は」



 ここまでこそこそ話しているのに気にする様子もなく窓際ではフレドリックがリオを見下ろしていた。





------------------------------
次の更新は3/10(月)です。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

処理中です...