102 / 155
本編
98 クローズドサークル クアスとシュクラ2
しおりを挟む
足元の違和感。いつの間にか己の足元には小さな黒髪の人形がいた。黒髪、黒目の珍しい容姿をしたジェイディ人形だった。驚いたのは、それが一体ではなく、数十体のジェイディ人形がクアスの足元にいて、彼のふくらはぎにしがみついていたのである。
「……!」
驚いて足を振り払うものの、しっかりしがみついて離れないものや、あきらめずにまたわらわらと寄ってくるものもいて、気が付けば数十体ではなく数百体がクアスの足にしがみついて、さらに彼の足をよじ登り始めた。
「離せ!」
クアスが足元に群がる人形たちを足で振り払った。きゃー、などと気の抜けた声を上げて、その動く人形たちは床や壁にぶつかってからからと転がり落ちる。ぶつかった衝撃で腕の球体やら何やらがばらばらと弾けたものもあった。
しかしその砕けた人形たちは一瞬の間を置いてからゆらりと自動的に立ちあがり、落ちた腕もすぐに元の付け根にもどってくっついた。完全に元の姿に戻った人形たちは、またくすくすと笑いながらクアスとシュクラの元に駆け寄ってくる。
腕で振り払って、剣を抜いて薙ぎ払い、数体を蹴散らしても、ばらばらとなった人形たちはすぐに再生・増殖して二人の足にしがみついてくる。
シュクラもマントを振り払って人形たちを一度退けたが、それも全くの無駄であった。
「ふむ、埒が明かぬな」
「これは一体……! シュクラ様、大丈夫ですか!」
「むう。悪戯にもほとがあるのう」
「れ、冷静すぎませんかシュクラ様!」
「それより……いかん、カイラード卿、息を止めろ」
「えっ?」
「この煙が見えぬのか? いいから口と鼻を塞げ!」
シュクラの指摘通り、辺りには桃色の妖しい煙が充満しはじめた。うっかり少し吸い込んでしまったクアスは、膝から下の力が一瞬がくりと抜けそうになるところをシュクラに支えられた。
「……っ?」
クアスは身体の動きが緩慢になるのとともに、何やら身体じゅうに熱を帯びてきた感覚を覚えた。どきどきと鼓動も爆発しそうなくらい早鐘を打ち始める。
一体、自分の身体に何が起こったというのか、あの煙が漂い始めてから身体が熱くてたまらない。
「たわけが! 吸うなと言ったであろう!」
「う、ぐっ……申し訳」
「喋るな、口を開くな! 媚薬の香じゃ!」
「……!」
媚薬の香と聞いて、この子供用の娯楽施設で似つかわしくないものであるけれど、敵に対する足止めや混乱をもたらすには媚薬による催淫が、どこまでいっても快楽に弱い人間相手にはわりと簡単かつ効果的というものだ。
王国の騎士が媚薬ごときでこのような無様に膝を折るなど、羞恥で死にそうだとクアスは思った。
悔し気に目尻に涙すら滲ませて、身体の奥底から沸き上がる熱いものをぐっと抑える苦し気なクアス。こんなところでムラムラしてどうするのだとシュクラは呆れ半分、周りへの怒り半分でこめかみの血管がブチ切れそうになった。
くすくす、くすくす……
笑い声はますます強くなってくるのが癪に触ってしょうがない。
二人にしがみついてくるジェイディ人形の数もどんどん増えてくる。可愛い人形であってもウジャウジャいたらそりゃあ気味が悪いことこの上ないだろう。
それにこの煙……そう考えたとき、シュクラがクアスの心の声を読んだみたいに呟いた。
「幻覚剤と媚薬の香が混ざった煙じゃな。これを施した魔術師は余程のスキモノと見える」
「幻覚と、媚薬……?」
「カイラード卿、気を確かに持て」
「シュクラ様は……」
「吾輩は神ぞ? このようなもの効かぬわ。それより……スイによく似たジェイディ人形に魔法を書いて呪いの媒体にするなど、相手はよほど吾輩を怒らせたいらしい」
足元にしがみついてくすくす笑いながらよじ登ってくる小さな人形たちを千切っては投げ千切っては投げをして、シュクラはその一体をぐわし、と掴んでその可愛らしいワンピースの衣装をべりりと剥がす。裸の女性の人形ということで、思わず目を反らしてしまうクアスであったが、「やはりな!」と確信めいた言葉をつぶやいたシュクラに振り返った。
素っ裸に剥かれたジェイディ人形は、その背中に何やら「al iggs chamed antmoss」などという魔法文言が書かれていた。
「……? シュクラ様これは?」
「良いかカイラード卿。このウジャウジャいるのは幻覚ぞ。しかし幻覚とは言え実体があるようにしっかり作られたやっかいなものじゃ。そして本体を見つけねばいくらでも復活する」
「幻覚ですと……うぅ、ぐぅ……っ」
はあはあと息を荒げ始めるクアスを見て駄目だこりゃと思ったシュクラは「仕方ないのう……」とため息を大げさにつきながら、クアスの前髪を額を露わにさせた。目を白黒させたクアスをよそに、シュクラはクアスの額にチュッと口付け、その跡にふっと息を吹きかけた。
急に額にキスをされたクアスは驚いてびくりと肩を震わせたが、その瞬間すっと目の前がクリアになった気がした。先ほどまでのどこにも逃がしようのない身体の熱も感じなくなり、身体が軽くなった。
「長くはもたぬが、祝福をくれてやったぞ。幻覚の中に本物を見分けられるか?」
「……」
耳元でひそひそと話すシュクラの言葉にきっと前を見据えたクアスは、今や床一面にうじゃうじゃと増殖してくすくすと狂気的に笑い続けるジェイディ人形をぐるりと見回した。それくらいの余裕が生まれていた。
こちらに手を伸ばして駆け寄り、クスクス笑いながらクアスとシュクラに群がる人形の中、本体らしきものを見つけろという無理難題を押し付けられたものの、今シュクラから祝福を受けたクアスの視界には、同じ動きのなか、一体だけおかしな動きをしているものを発見した。
その他大勢の人形たちが手を伸ばしてこちらに向かってきている中、その一体だけ立ち止まってカクカクと首を動かしていたのだ。
その一体の瞳は、黒い瞳の中に明らかに他と違う光を宿していた。恐らくはこれがシュクラのいう本体と感じたクアスは腕までも登ってきた人形たちを振り払ってその人形に突進し、思いきり剣を振りかぶった。
「……!」
驚いて足を振り払うものの、しっかりしがみついて離れないものや、あきらめずにまたわらわらと寄ってくるものもいて、気が付けば数十体ではなく数百体がクアスの足にしがみついて、さらに彼の足をよじ登り始めた。
「離せ!」
クアスが足元に群がる人形たちを足で振り払った。きゃー、などと気の抜けた声を上げて、その動く人形たちは床や壁にぶつかってからからと転がり落ちる。ぶつかった衝撃で腕の球体やら何やらがばらばらと弾けたものもあった。
しかしその砕けた人形たちは一瞬の間を置いてからゆらりと自動的に立ちあがり、落ちた腕もすぐに元の付け根にもどってくっついた。完全に元の姿に戻った人形たちは、またくすくすと笑いながらクアスとシュクラの元に駆け寄ってくる。
腕で振り払って、剣を抜いて薙ぎ払い、数体を蹴散らしても、ばらばらとなった人形たちはすぐに再生・増殖して二人の足にしがみついてくる。
シュクラもマントを振り払って人形たちを一度退けたが、それも全くの無駄であった。
「ふむ、埒が明かぬな」
「これは一体……! シュクラ様、大丈夫ですか!」
「むう。悪戯にもほとがあるのう」
「れ、冷静すぎませんかシュクラ様!」
「それより……いかん、カイラード卿、息を止めろ」
「えっ?」
「この煙が見えぬのか? いいから口と鼻を塞げ!」
シュクラの指摘通り、辺りには桃色の妖しい煙が充満しはじめた。うっかり少し吸い込んでしまったクアスは、膝から下の力が一瞬がくりと抜けそうになるところをシュクラに支えられた。
「……っ?」
クアスは身体の動きが緩慢になるのとともに、何やら身体じゅうに熱を帯びてきた感覚を覚えた。どきどきと鼓動も爆発しそうなくらい早鐘を打ち始める。
一体、自分の身体に何が起こったというのか、あの煙が漂い始めてから身体が熱くてたまらない。
「たわけが! 吸うなと言ったであろう!」
「う、ぐっ……申し訳」
「喋るな、口を開くな! 媚薬の香じゃ!」
「……!」
媚薬の香と聞いて、この子供用の娯楽施設で似つかわしくないものであるけれど、敵に対する足止めや混乱をもたらすには媚薬による催淫が、どこまでいっても快楽に弱い人間相手にはわりと簡単かつ効果的というものだ。
王国の騎士が媚薬ごときでこのような無様に膝を折るなど、羞恥で死にそうだとクアスは思った。
悔し気に目尻に涙すら滲ませて、身体の奥底から沸き上がる熱いものをぐっと抑える苦し気なクアス。こんなところでムラムラしてどうするのだとシュクラは呆れ半分、周りへの怒り半分でこめかみの血管がブチ切れそうになった。
くすくす、くすくす……
笑い声はますます強くなってくるのが癪に触ってしょうがない。
二人にしがみついてくるジェイディ人形の数もどんどん増えてくる。可愛い人形であってもウジャウジャいたらそりゃあ気味が悪いことこの上ないだろう。
それにこの煙……そう考えたとき、シュクラがクアスの心の声を読んだみたいに呟いた。
「幻覚剤と媚薬の香が混ざった煙じゃな。これを施した魔術師は余程のスキモノと見える」
「幻覚と、媚薬……?」
「カイラード卿、気を確かに持て」
「シュクラ様は……」
「吾輩は神ぞ? このようなもの効かぬわ。それより……スイによく似たジェイディ人形に魔法を書いて呪いの媒体にするなど、相手はよほど吾輩を怒らせたいらしい」
足元にしがみついてくすくす笑いながらよじ登ってくる小さな人形たちを千切っては投げ千切っては投げをして、シュクラはその一体をぐわし、と掴んでその可愛らしいワンピースの衣装をべりりと剥がす。裸の女性の人形ということで、思わず目を反らしてしまうクアスであったが、「やはりな!」と確信めいた言葉をつぶやいたシュクラに振り返った。
素っ裸に剥かれたジェイディ人形は、その背中に何やら「al iggs chamed antmoss」などという魔法文言が書かれていた。
「……? シュクラ様これは?」
「良いかカイラード卿。このウジャウジャいるのは幻覚ぞ。しかし幻覚とは言え実体があるようにしっかり作られたやっかいなものじゃ。そして本体を見つけねばいくらでも復活する」
「幻覚ですと……うぅ、ぐぅ……っ」
はあはあと息を荒げ始めるクアスを見て駄目だこりゃと思ったシュクラは「仕方ないのう……」とため息を大げさにつきながら、クアスの前髪を額を露わにさせた。目を白黒させたクアスをよそに、シュクラはクアスの額にチュッと口付け、その跡にふっと息を吹きかけた。
急に額にキスをされたクアスは驚いてびくりと肩を震わせたが、その瞬間すっと目の前がクリアになった気がした。先ほどまでのどこにも逃がしようのない身体の熱も感じなくなり、身体が軽くなった。
「長くはもたぬが、祝福をくれてやったぞ。幻覚の中に本物を見分けられるか?」
「……」
耳元でひそひそと話すシュクラの言葉にきっと前を見据えたクアスは、今や床一面にうじゃうじゃと増殖してくすくすと狂気的に笑い続けるジェイディ人形をぐるりと見回した。それくらいの余裕が生まれていた。
こちらに手を伸ばして駆け寄り、クスクス笑いながらクアスとシュクラに群がる人形の中、本体らしきものを見つけろという無理難題を押し付けられたものの、今シュクラから祝福を受けたクアスの視界には、同じ動きのなか、一体だけおかしな動きをしているものを発見した。
その他大勢の人形たちが手を伸ばしてこちらに向かってきている中、その一体だけ立ち止まってカクカクと首を動かしていたのだ。
その一体の瞳は、黒い瞳の中に明らかに他と違う光を宿していた。恐らくはこれがシュクラのいう本体と感じたクアスは腕までも登ってきた人形たちを振り払ってその人形に突進し、思いきり剣を振りかぶった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる