スイさんの恋人~本番ありの割りきった関係は無理と言ったら恋人になろうと言われました~

樹 史桜(いつき・ふみお)

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本編

98 クローズドサークル クアスとシュクラ2

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 足元の違和感。いつの間にか己の足元には小さな黒髪の人形がいた。黒髪、黒目の珍しい容姿をしたジェイディ人形だった。驚いたのは、それが一体ではなく、数十体のジェイディ人形がクアスの足元にいて、彼のふくらはぎにしがみついていたのである。

「……!」

 驚いて足を振り払うものの、しっかりしがみついて離れないものや、あきらめずにまたわらわらと寄ってくるものもいて、気が付けば数十体ではなく数百体がクアスの足にしがみついて、さらに彼の足をよじ登り始めた。

「離せ!」

 クアスが足元に群がる人形たちを足で振り払った。きゃー、などと気の抜けた声を上げて、その動く人形たちは床や壁にぶつかってからからと転がり落ちる。ぶつかった衝撃で腕の球体やら何やらがばらばらと弾けたものもあった。

 しかしその砕けた人形たちは一瞬の間を置いてからゆらりと自動的に立ちあがり、落ちた腕もすぐに元の付け根にもどってくっついた。完全に元の姿に戻った人形たちは、またくすくすと笑いながらクアスとシュクラの元に駆け寄ってくる。

 腕で振り払って、剣を抜いて薙ぎ払い、数体を蹴散らしても、ばらばらとなった人形たちはすぐに再生・増殖して二人の足にしがみついてくる。
 シュクラもマントを振り払って人形たちを一度退けたが、それも全くの無駄であった。

「ふむ、埒が明かぬな」
「これは一体……! シュクラ様、大丈夫ですか!」
「むう。悪戯にもほとがあるのう」
「れ、冷静すぎませんかシュクラ様!」
「それより……いかん、カイラード卿、息を止めろ」
「えっ?」
「この煙が見えぬのか? いいから口と鼻を塞げ!」

 シュクラの指摘通り、辺りには桃色の妖しい煙が充満しはじめた。うっかり少し吸い込んでしまったクアスは、膝から下の力が一瞬がくりと抜けそうになるところをシュクラに支えられた。

「……っ?」

 クアスは身体の動きが緩慢になるのとともに、何やら身体じゅうに熱を帯びてきた感覚を覚えた。どきどきと鼓動も爆発しそうなくらい早鐘を打ち始める。
 一体、自分の身体に何が起こったというのか、あの煙が漂い始めてから身体が熱くてたまらない。

「たわけが! 吸うなと言ったであろう!」
「う、ぐっ……申し訳」
「喋るな、口を開くな! 媚薬の香じゃ!」
「……!」

 媚薬の香と聞いて、この子供用の娯楽施設で似つかわしくないものであるけれど、敵に対する足止めや混乱をもたらすには媚薬による催淫が、どこまでいっても快楽に弱い人間相手にはわりと簡単かつ効果的というものだ。

 王国の騎士が媚薬ごときでこのような無様に膝を折るなど、羞恥で死にそうだとクアスは思った。

 悔し気に目尻に涙すら滲ませて、身体の奥底から沸き上がる熱いものをぐっと抑える苦し気なクアス。こんなところでムラムラしてどうするのだとシュクラは呆れ半分、周りへの怒り半分でこめかみの血管がブチ切れそうになった。

 くすくす、くすくす……

 笑い声はますます強くなってくるのが癪に触ってしょうがない。
 二人にしがみついてくるジェイディ人形の数もどんどん増えてくる。可愛い人形であってもウジャウジャいたらそりゃあ気味が悪いことこの上ないだろう。
 それにこの煙……そう考えたとき、シュクラがクアスの心の声を読んだみたいに呟いた。

「幻覚剤と媚薬の香が混ざった煙じゃな。これを施した魔術師は余程のスキモノと見える」
「幻覚と、媚薬……?」
「カイラード卿、気を確かに持て」
「シュクラ様は……」
「吾輩は神ぞ? このようなもの効かぬわ。それより……スイによく似たジェイディ人形に魔法を書いて呪いの媒体にするなど、相手はよほど吾輩を怒らせたいらしい」

 足元にしがみついてくすくす笑いながらよじ登ってくる小さな人形たちを千切っては投げ千切っては投げをして、シュクラはその一体をぐわし、と掴んでその可愛らしいワンピースの衣装をべりりと剥がす。裸の女性の人形ということで、思わず目を反らしてしまうクアスであったが、「やはりな!」と確信めいた言葉をつぶやいたシュクラに振り返った。

 素っ裸に剥かれたジェイディ人形は、その背中に何やら「al iggs chamed antmoss」などという魔法文言が書かれていた。

「……? シュクラ様これは?」
「良いかカイラード卿。このウジャウジャいるのは幻覚ぞ。しかし幻覚とは言え実体があるようにしっかり作られたやっかいなものじゃ。そして本体を見つけねばいくらでも復活する」
「幻覚ですと……うぅ、ぐぅ……っ」

 はあはあと息を荒げ始めるクアスを見て駄目だこりゃと思ったシュクラは「仕方ないのう……」とため息を大げさにつきながら、クアスの前髪を額を露わにさせた。目を白黒させたクアスをよそに、シュクラはクアスの額にチュッと口付け、その跡にふっと息を吹きかけた。
 急に額にキスをされたクアスは驚いてびくりと肩を震わせたが、その瞬間すっと目の前がクリアになった気がした。先ほどまでのどこにも逃がしようのない身体の熱も感じなくなり、身体が軽くなった。

「長くはもたぬが、祝福をくれてやったぞ。幻覚の中に本物を見分けられるか?」
「……」

 耳元でひそひそと話すシュクラの言葉にきっと前を見据えたクアスは、今や床一面にうじゃうじゃと増殖してくすくすと狂気的に笑い続けるジェイディ人形をぐるりと見回した。それくらいの余裕が生まれていた。

 こちらに手を伸ばして駆け寄り、クスクス笑いながらクアスとシュクラに群がる人形の中、本体らしきものを見つけろという無理難題を押し付けられたものの、今シュクラから祝福を受けたクアスの視界には、同じ動きのなか、一体だけおかしな動きをしているものを発見した。
 その他大勢の人形たちが手を伸ばしてこちらに向かってきている中、その一体だけ立ち止まってカクカクと首を動かしていたのだ。

 その一体の瞳は、黒い瞳の中に明らかに他と違う光を宿していた。恐らくはこれがシュクラのいう本体と感じたクアスは腕までも登ってきた人形たちを振り払ってその人形に突進し、思いきり剣を振りかぶった。
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