懐いていた後輩はどうやら俺のことが好きらしい

光野凜

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第1章

後輩に告白されました

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「お前、ほんと俺のこと好きだな」

 冗談まじりに笑いながら言ったつもりだった。
 けど――握っていた高良たからの手が、ぐっと強くなる。

「好きですよ、湊先輩」

 体育館のライトが一部だけ灯っていて、天井の明かりが高良の横顔を照らしている。
 冗談で返す空気じゃなかった。
 息が詰まるほどまっすぐな目で、俺を見ていた。
 ......たぶん、この瞬間を俺は一生忘れない。
 俺、和泉湊いずみみなと
 高校三年、バレー部キャプテン。
 そして今――
 人生で初めて“告白”された。
 それも、同じ部活の男の後輩に。



 帰りのSTが終わり、みんながガタガタと席を立ち始める。
 俺もリュックを肩に背負って、廊下に出ようとしたその時――

「湊ー!部活いくぞー!」

 廊下から顔を出した陽稀はるきが、にかっと笑って手を振ってきた。

「おう、今行く!」

 俺は急いで駆け寄る。

「なぁ湊、今日の練習メニューなんだっけ?」

「ブロックとレシーブ中心。顧問が“気合い入れ直せ”ってさ」

「うっわ、またあのスパルタモード?」

「たぶん。昨日あんなに走らされたのに、まだ足りねーらしい」

「マジ鬼畜。ま、うちの顧問、バレー愛が重いからな」

 笑いながら靴箱に向かう途中、窓から見える青空は雲ひとつない。
 他の部の掛け声、笛の音、砂の匂い――放課後って感じだ。

「なぁ湊、思わね?もうすぐ最後の大会なんだぜ」

「......ああ。なんか、早かったな」

「だよな。最初の頃なんて、まともに試合も出してもらえなくてさ」

「お前はな」

「それ言うか?」

 くくっと笑い合う。

 ――陽稀。
 こいつは同じバレー部の副キャプテン。2年間ずっと一緒に頑張ってきた仲間だ。

 1年のときは同じクラスで、部活外でもよくつるんでた。
 明るくて、チームを引っ張ってくれるタイプ。 
 対して俺は、バレー部キャプテン。

 気づけばバレーが生活の真ん中にあって、今じゃ“生きがい”って言ってもいいくらいだ。

 更衣室で陽稀とふざけ合いながら、部活着に着替える。

 Tシャツの背中にプリントされた「城南バレー部」の文字を見て、なんとなく胸が熱くなった。

 体育館に入った瞬間、汗とワックスの匂いが混ざった“部活の空気”に包まれた。

「湊先輩ー!!」

 声のする方を向くと、ボールを抱えた一年の稲富高良いなとみたからが駆け寄ってくる。

 短く切った前髪が額に張り付いて、目がキラキラしてる。

「湊先輩、やっと来た! 部活始まる前にトス上げてくださいよ!」

 そう言って、期待に満ちた顔でボールを差し出してくる。

 ......ほんと、昔から変わらねぇな。

「お前、早いな」

「はい! 湊先輩にトス上げてほしかったんで、いっっっそいできました!」

 素直すぎる後輩に、思わず笑ってしまう。

 そこに、陽稀が横から口をはさんだ。

「おいおい、俺のことは見えてないのか~? なんなら俺がトス上げてやろーか?」

 高良は即答した。

「いや、陽稀先輩は下手だし、遠慮します」

「おいっ、先輩に向かって“下手”とはなんだ!」

「だって、とても打ちやすいとは言えないですよ」

「それはそうだよな」

「おい湊! 味方すんな!」

 俺が笑うと、陽稀はわざとらしく頭をかいてため息をついた。

「お前、こいつのことしっかり躾けとけよ」

「俺も手に負えねぇんだよな」

「先輩、また犬扱いですか!!」

 高良が口を尖らせる。

 それを見て、陽稀と俺は顔を見合わせて笑った。

 こいつ稲富高良は中学も同じで、あの頃からやたらと俺を尊敬してくれていた。
 まぁ......満更でもなくて、俺もよく可愛がっていた。

 それが今年の春、また同じチームでバレーをすることになって。

 相変わらず慕ってくれるのは嬉しいけど――もう“可愛い”とか言ってられないサイズになってやがる。

 昔は俺の肩ぐらいしかなかったのに、今じゃ173cm。いや、自称175cmの俺よりもデカくなって、気づいたら、完全に見上げる側になってた。

 そんなことを思ってたら、体育館のドアのほうから声がした。

「高良ー!」

 顔を向けると、1年生らしく女子が手を振ってる。

「おいお前ら! 部活の邪魔しにくるな!」

「見てるだけだもーん!」

 陽稀がニヤニヤしながら肘で高良をつついた。

「さすがモテてんなぁ~高良」

「そんなんじゃないです」

 慌てて手を振る高良。

「でもあの子たち、毎日見に来てるだろ?」

「すみません、来るなって言ってるんですけど......」

「いや、いいんじゃね? 見られてるほうが他のやつらのやる気すごいし」

「それにしてもさ~」と陽稀がため息をついた。

「俺たち、このまま恋愛もできねぇまま卒業かよ」

「俺はできないんじゃなくて、しないんですー」

 わざと軽く返すと、

「わぁ、先輩言い訳だー!」

 笑いながら俺も肩をすくめる。

 ほんと、高良がモテるのもわかる。

 高身長に自然体な笑顔、サラッとした茶髪が光を反射してる。

 優しい雰囲気で、男女問わず惹かれるタイプだ。

「――よし、そろそろ始めるか!」

 話しているうちに時間になり、俺は手を叩いて声を張った。

「集合ー!」

「お願いしまーす!!」

 体育館に響く声。

 いつも通り、活気に満ちた空気が広がる。

 スパイク、レシーブ、トス。
 ボールの音と、仲間の声。

 あぁ、やっぱりバレーって最高だ――そう思える時間だった。

 その日の練習も無事に終わり、みんなが「お疲れっしたー!」と元気よく帰っていく。

「じゃあなー!」

「また明日っす!」

 声が遠ざかって、体育館は一気に静かになる。

 気づけば俺ひとり。

 なんとなくまだ帰りたくなくて、ボールをひとつ手に取る。

 ガラガラとカゴを引き寄せる音だけが、広い体育館に響いた。

 そのとき――

 ガタッ。

 重たいドアが開く音に振り向くと、そこに高良が立っていた。

「......高良? まだ帰ってなかったのか」

「先輩こそ、コソ練ですか?」

「コソ練言うな。居残り練習だ」

 そう言うと、高良は少し笑って体育館に入ってきた。

「俺も混ざっていいですか?」

「帰らなくていいのかよ」

「ふたりのほうが、できること増えるじゃないですか」

 その言葉に苦笑して、俺は肩をすくめる。

「まぁ、そうだな」

「じゃあ、トス上げてください!」

 眩しい笑顔。

 反射的に、俺もボールを構えた。

「はいはい、ちゃんと打てよ?」

「もちろんです!」

 夜の体育館に、ボールの弾む音と二人の声が響く。

 高良にトスを上げるの、俺も何気にけっこう楽しんでる。

 強豪って言われるこの学校で、一年にしてAチーム入りしてる。中学では優秀選手賞に選ばれたらしい。

 監督も高良に期待をしている。

 こいつに上げれば、きっと決めてくれる――
 そんな信頼が自然と生まれてる。

「いくぞ、高良」

「はいっ!」

 トスを上げると、高良が鋭く踏み込み、スパイクを打ち抜いた。

 ボールが綺麗に決まって、体育館の床に“ドン”と響く。

「ナイストスです、先輩!!」

 満面の笑顔で振り返る高良。

 その顔見たら、なんか無性に嬉しくなって――

 気づいたら、手が勝手に動いてた。

「ははっ、こんなでかくなりやがって」

 わしゃわしゃ、と乱暴に頭を撫でまくる。
 いつもみたいに、ちょっと拗ねた感じで「また犬扱いですか!」って返してくるかと思ったのに――

 今日は違った。

 高良は何も言わず、顔を真っ赤にして俯いてる。

「お前照れてんのか」と笑って覗き込むと、視線がぶつかる。

 その瞬間、思わず息をのんだ。
 汗で頬に張りついた髪。
 熱を帯びた瞳。

 その中に、何か――今までと違う色があった。

「お前、ほんと俺のこと好きだな」

 冗談っぽく言うと、高良が一瞬笑って──次の瞬間、俺の手首をぎゅっと掴んだ。

「......好きですよ。湊先輩のこと」

 体育館が、しんと静まり返る。

 冗談にしては、目が真剣すぎた。

「は、ははお前、なに言って──」

 笑ってごまかそうとしたけど、高良の視線は逸れない。

「本当に好きなんです」

 その一言が、胸の奥に落ちてくる。

 冗談でも軽口でもない。真っ直ぐで、逃げ場のない声だった。

「え、えっと、それって......」

 高良の目が、笑ってなかった。
 まっすぐ、俺だけを見てる。

「すみません。困らせたかったわけじゃなくて」

「いや、困ってるっていうかその、初めてで......」

 自分でも何言ってるかわからないくらい焦ってるのに、高良はくすっと笑って、目尻が少し下がった。

 いや、でもちゃんと返事したほうがいいやつなんだよな?

 深呼吸して、真面目に言う。

「......その嬉しいけど、今は部活を優先したいっていうか」

 一拍の沈黙。

 次の瞬間、高良がふっと笑い出した。

「なっ、お前、なんで笑うんだよ!」

「すみません。なんだか、模範解答みたいだなって思って」

 笑いながらも、目は優しかった。

「でも......“嬉しい”って言ってくれたの、ちゃんと覚えときますね」

「......え?」

「じゃあ、俺これから頑張るんで。先輩が、俺のこと意識するくらいに」

「おい、俺いま、振ったよな!?」

「はい。でも“諦めろ”とは言われてません」 

 にやっと笑って、手を離す。

 その指先の温度が残ってて、心臓の音が止まらなかった。

「......なんなんだよ、もう」

 苦笑いしたつもりが、うまく笑えなかった。

 胸の奥が、じわっと熱い。

『......好きですよ。湊先輩のこと』

 あいつの声が、まだ耳の奥に残ってる。
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