懐いていた後輩はどうやら俺のことが好きらしい

光野凜

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第2章

戻れない距離

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 昨日のことを考えないようにしてた。それなのにそうおもえばおもうほど――無理だった。

 高良の「好きです」が、頭ん中ぐるぐる回ってて、寝不足確定。

 おまけに、朝からそいつ本人はケロッとして
「おはようございます!」とか言ってくるし。

 ......いや、なんで俺が気まずがってんだよ!!
 そうやってモヤモヤしてるうちに、試合形式の練習が始まっていた。

 ブロックに跳んだ瞬間――高良と目が合った。

 ドクンッと心臓が鳴って思わず、手の力が抜ける。

「......っッ!」

 あ、って思った時にはボールが直撃、鈍い痛みに顔をしかめた。

「湊先輩、大丈夫ですか!?」

 すぐに駆け寄ってきた高良が俺の手を取って、眉を寄せる。

「見してください」

「いや大丈夫、ちょっと当たっただけ――」

「ダメです、動かさないで」

 そんな大したことでもないのに、周りの奴らも集まってくる。

「おい、大丈夫かよ?」

「大丈夫、ちょっと突き指しただけだって」

「俺、あっちでテーピングしてきます」

「じゃあ、高良頼んだ。こっちは練習続けるからな」

「悪い、すぐ戻るわ」

 俺たちはコートを出て、体育館の端へと移動する。

「手、貸してください」

 真剣な顔で、高良が俺の指を包み込み、指先が触れるたびに心臓が跳ねた。

 どうしてこんなに落ち着かねぇんだ、俺。
 触れられたところから熱が伝わってきて、指先がじんじんする。

「先輩、指は大事にしてください」

 ぎゅっと握られた瞬間、息が止まった。
 温かい手のひらが、現実味を帯びて――呼吸の仕方がわからなくなる。

「......高良」

「はい?」

「近いって......」

「ちゃんと巻くには、これくらい必要です」
「......そーですか」

 言い返したものの、明らかに意識している自分がいた。

 くそ、情けねぇ。

 そんな俺を見上げながら、高良が小さく笑った。

「......先輩、昨日のこと、考えてました?」

「っ――なっ!」

 反射的に顔を上げる。
 図星。完全に。

「なんか、そんな顔してたんで」

 嬉しそうに笑う高良に、胸の鼓動がまた高まった。

「......そりゃ、考えるなってほうが無理だろ」

「嬉しいですけど、ちゃんと集中してくださいね」

 そう言って、最後にもう一度、俺の手を包み込む。

 両手で、やさしく。

 触れられてるだけなのに、どんどん心臓が忙しくなってくる。

「......誰のせいだと思ってんだよ」

「俺の、ですよね?」

「うるせぇ」
 言葉では突き放したのに、顔の熱はぜんぜん引かない。

「はい、完成です」

「......サンキュー」

 俺は目を逸らして笑った。

 手の温度だけが、しばらく残っていた。



 練習が終わるころには、指の痛みもほとんど引いていた。

 汗を拭いながら片づけをしていると、体育館の扉が開く。

「おーい、お前らー!」

 監督が体育館に入ってくると、全員が反射的に姿勢を正す。

「来月の夏合宿の日程が決まったぞ」

 その一言で、空気がざわついた。

「またその時期がきたか......」

 二年と三年は一様に渋い顔。

 地獄の走り込みと、寝不足の地獄メニューを、俺たちはよく知っている。

 けど――まだ何も知らない一年たちは、目を輝かせていた。

「合宿ちょーー楽しみです!」

 特に高良はテンション爆上がりで、遠足前みたいな顔をしている。

 ......おい、それ、今だけだからな。

 そんな中、監督が意味深に口角を上げた。

「お前ら、そんな呑気なこと言ってるが、大丈夫なのか?」

「え、なんでですか?」

 首をかしげる高良に、監督の笑みが深くなる。

「もうすぐ期末テストだろ」

 ――その瞬間、全員の動きピクっと止まった。

「うちは“文武両道”だからな!」

 監督の声が体育館中に響いた。

「赤点がひとつでもあれば、合宿の参加は認めんぞ!!」

 高笑いしながら、監督は「じゃあ頑張れよ!」とだけ言い残して去っていく。

 バン、と閉まる扉の音。
 静まり返る体育館。

「......地獄の前に地獄かよ」

「数学、もう終わった......」

「英語が......」

 全員が絶望の表情を浮かべる中――

 誰よりも顔が真っ青なのは、高良だった。

「湊先輩......助けてください! 俺、本当に勉強できないんです......!」

 高良が涙目で俺にしがみついてくる。

「最初のテストはそんな難しくないから大丈夫だと思うぞ? それより俺の日本史の方がやばい」

「ぜっっったい俺の方がやばいので!」

「いや、絶対に俺だから。こっちの日本史の範囲なめんなよ」

 そう言うと、横から陽稀が笑った。

「何張り合ってんだよ、お前ら」

「いや、俺ほんとに英語がやばくて!」と高良が焦って言う。

 そこに、同じ一年のかけるが顔を出した。

「先輩、こいつの英語力はほんっっっとに壊滅的ですよ!」

「そうなのか?」

「こいつ、この間の授業で“game”を“ガミー”って読んだんですよ」

「ちょ、お前それ言うなっての!」

 その衝撃発言に、一瞬の沈黙。

 次の瞬間、俺と陽稀は顔を見合わせて、同時に吹き出した。

「ガミーって......! 腹いてぇ!」

「お前それでよく入学できたな!」

 高良は耳まで真っ赤にして反論する。

「ここに入るために必死で勉強したんです! でも受験終わったら全部忘れてました......」

「忘れるのはやすぎだろ」

「そもそも先輩がこんな偏差値高いところにいるのが悪いんですよ!」

「なんで俺のせいなんだよ!」

「もっとバカな学校だったら受験も楽だったのに!」

「その英語力じゃ、どこも無理だと思うぞ」

 俺が呆れ気味に言うと、陽稀がニヤリと笑った。

「じゃあ、お前が教えてやれよ」

「は? なんで俺なんだよ」

「お前、文系だろ? 英語得意だっつってたじゃん」

「そうなんですか!」

 高良が目を輝かせて、俺を見上げる。

「......お前こそ、英語得意だろ」

「俺はほかがやばすぎて教える余裕ねぇよ」

「先輩、お願いします! 俺、本気で合宿行きたいんです!」

 高良が合宿に来れないのは、正直キツいな。でも、こいつと2人っきりなのは少し気まずい。

 悩んだ末に俺ははぁ、とため息をつく。

「......仕方ねぇ俺が見てやるよ。ちょうど明日は体育館の点検で部活休みだし。......放課後、勉強会でもやるか」

「本当ですか!?」

 高良が子犬みたいに目を輝かせる。

「その代わり、寝たら即退場だからな」

「はい、絶ッ対に寝ませんから!」

 俺は笑いながら、「なんだ、いつも通りに話せるじゃん」なんて思っていた。

 そんなことを思いながらふと顔を上げると、高良と目が合った。

 その瞬間、高良は――俺にしかわからないような、やわらかい笑みを浮かべた。

 その笑顔は、昨日の“好き”をまだ胸の奥に残しているみたいで調子が狂う。

「......大丈夫。これは、ただの勉強会だ」そう言い聞かせながら、俺は視線を逸らした。


 それでも、心臓の音だけは、ごまかせなかった。



 次の日の放課後。

 教室でノートをまとめていると、廊下の窓から顔を出した高良が、満面の笑みで叫んだ。

「湊せんぱーーい!」

 その声に、クラスの数人が一斉にこっちを見る。

 ......おいおい、まただよ。

「お前、ただでさえ目立つんだから静かにしろよ」

「え、そんなことないですよ?」

 悪びれもなく笑う高良を見て、俺はため息をついた。

 俺が一年のときは、先輩のクラスに行くだけで緊張してたもんだけどな。

 こいつ、ほんとに人見知りとか知らねぇタイプだ。

「先輩の席ってどこなんですか?」

「ああ、こっちだ」

 俺は自分の席へと案内する。窓際のいちばん後ろそこが今の俺の席だった。

「じゃあ、さっそくやるか」

「お願いします!」

 高良が勢いよく椅子を引いて、俺の机に自分のをくっつけた。

 机の上には教科書とノート。俺たちは並んで腰を下ろす。

「その感じで授業も頑張ればいいじゃないのか?」

「どうも授業は寝ちゃうんですよ。そもそも朝練から走らされたら寝るしかないです」

「まぁ、それはわかる。でも前提として、お前が頑張らないと話にならないんだから。今からテストまでは、せめて起きとけ」

「はーい」

 返事だけはいい。

「で、テスト範囲わかるか?」

「はい、写真撮ってきました!」

 スマホを差し出され、俺は画面を覗き込みながら教科書をめくる。

「まず、単語が十点分出るから、そこは絶対に取っとけよ」

「簡単に言いますね、先輩」

「単語なんて暗記なんだ。ひたすらター〇ットやるんだな」

「できるならやってるんですけど......」

 情けない声を出す高良に、つい笑いそうになる。

「お前、他の科目は大丈夫なのか?」

「はい、他はなんとか。そもそも英語なんて、日本人なんだからやれなくて当然ですよ」

「そんなこと言ってたってテストあるんだから。で、どこがわかんないんだ」

「今、時制やってて」

「あー、時制か。これややこしいよな」

 そこから俺は、課題のプリントを取り出して、ひとつひとつ解説を始めた。

 最初はふざけたような顔をしていた高良も、次第に真剣な表情に変わっていく。

 ペンを握る手が止まらず、頷きながらノートを取る姿。

 意外と――ちゃんとやるんだな、こいつ。

 一通り教え終わると、高良がペンを置いて、ぱっと顔を上げた。

「湊先輩、教えるのめっちゃ上手ですね! すごいわかりやすいです!」

「お前ほんとにわかってんのか?」

 呆れたように笑って、俺はシャーペンでプリントの端を軽く叩く。

「じゃあ今度はこの問題、同じ感じでやってみろ」

「はい!」

 高良は元気よく返事をして、再びノートに向かった。

「俺は数学やってるから、終わったら教えろよ」

「わかりました!」

 その声を聞きながら、俺も自分の課題に取りかかる。
 シャーペンの走る音だけが、静かな教室に響いた。

 気づけば、いつの間にか他のやつらはみんな帰っていて、教室には俺と高良の二人きり。

 放課後の西日がカーテン越しに差し込んで、机の上をオレンジ色に染めていた。

 少しの間、静寂が続く。

 ふと、自分のワークと答えを見比べると――どうも答えが違う。

「......どこで間違えたんだ?」

 独り言のように呟いた瞬間、横から声が飛んできた。

「これ、こっちの公式じゃありません?」

 顔を上げると、高良が俺のワークを覗き込んでいた。

 近い......思わず姿勢を正すと、高良はペンを取って、俺のノートの隅にさらさらと式を書き出す。

「これはこの公式を使って......答えは、えっと――120分の1238通りです」

 その答えは、ちゃんと合っていた。

「お前、すごいな。計算も早いし」

「ちょうど、俺も今ここやってるんですよ。なんで一緒なんですか?」

「俺は文系だから、数学A・B終わったあとに復習で3年はAに戻るんだよ」

 高良は「なるほど」と頷いた。

「お前、数学できたのか」

「一応、数学は得意科目です! 計算するだけなんで」

「それ、頭いいやつが言うセリフだぞ」

 そう言って笑うと、高良も口元を緩めた。

「俺とは真逆だな」

「じゃあ、ふたりでちょうどぴったりですね」

 そう言って、高良が頬に手を添えながらこちらを見つめて微笑む。

 柔らかい光の中、その笑顔が妙に近く感じて、胸の奥がざわついた。

 ――なんだ、この感じ。

 頬がじわりと熱くなる。誤魔化すように、俺は話を逸らした。

「お、お前は終わったのか?」

「それが、スラスラ解けました!」

 満足そうに笑う高良を見て、俺は小さく息をついた。

「先輩は、受験勉強とかしてるんですか?」

 問題を解き終えたあと、不意に高良がそう聞いてきた。

 顔を上げると、さっきまでの明るさはそのままに、どこか探るような目をしていた。

「あー、登校中に一問一答見たりはしてる」

 そう答えると、高良の笑顔がほんの少しだけ陰った気がした。

 気のせい......ではなかった。

「それがどうしたんだよ」

「......せっかく先輩と一緒なのに、またすぐ先輩は次に行っちゃうんだなって」

 言葉がやけに静かだった。

 放課後の光が傾いて、教室の影が長く伸びていく。
 夕焼けの色の中で、彼の横顔が少し遠く感じた。

「まぁ、それはしょうがないだろ。年が違うんだから」

 自分でも、薄っぺらい返しだとわかっていた。

 だけど、それしか言えなかった。

「俺があと二年早く生まれてればよかったのに」

 ぽつりと呟いた高良は、笑っているようで、寂しそうだった。

 ――そういう顔、すんなよ。
 胸の奥が、少しだけざわつく。

 しばらく沈黙の続いたあと、先に口を開いたのは俺だった。

「......お前はさ」

 自分でも驚くくらい低い声が出た。

「なんで俺なんだ。女子にもモテるのに」

 高良が少し驚いたように俺を見る。

 高良は顔も整ってるし、誰にでも明るくてモテるのに。言い方は悪いが高良からすれば選びたい放題だろ?

 そんなやつが、なんで俺なんだ。

 問いかけながら、自分の心臓がわずかに高鳴っていくのを感じた。

 少しの間、言葉が消えた。

 高良は視線を落としたまま、机の角を指でなぞっている。

 沈黙が、夕焼けと一緒にゆっくりと広がっていった。

「......そんなの、関係ないですよ」

「え?」

「俺が欲しいのは先輩だけですから」

 一瞬、呼吸を忘れた。

 真っすぐすぎるその言葉が、胸の奥をかき乱してくる。

「ずっと先輩を見てました。バレーしてる時の顔も、笑う時も、怒る時も......どれも好きなんです」

 心臓の音が、やけにうるさく響く。
 “好き”という単語が、ゆっくりと耳の奥に沈んでいった。

「......高良」

 名前を呼んでも、次の言葉が出てこない。

 どう言えばいいのか、わからなかった。高良は小さく息をついて、少しだけ笑った。

「すみません、変なこと言いましたね」

 何かを言いかけたけど、声にならない。

 カーテンが風に揺れて、紙の端がカサリと鳴った。

 それでも、俺は動けなかった。

 そんな俺を見て高良がいつもように笑う。

「赤点取らなかったら、ご褒美下さいよ」

「随分と低い目標だな......平均以上あったらな」

「じゃあ、ちゃんと頑張ります」

 そう言いながらも、どこか照れ隠しみたいに笑う高良。

 ......俺はその視線から、逃れられなかった。
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