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第9章
いちばん欲しいもの
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体育館に響くホイッスルの音が、やけに遠く感じた。
地区予選二日目、決勝戦。
スコアは〈22対24〉。あと一点取られたら、終わりだ。
タイムアウトをとったベンチで、監督の声が響く。「ここからが勝負だ。焦るな、いつも通りだぞ!」
汗ばんだ手のひらを握りしめながら、俺はその言葉を聞いていた。けど、緊張で喉が張りついて、何を言えばいいのか迷っていた。
そんな中で――。
「先輩、まだまだですよ! 次も俺、決めますから!」
高良がいつもの調子で笑った。その明るさに、空気が一瞬やわらぐ。
「おいおい、今度決めるのは俺だぞ!」
陽稀が負けじと声を上げる。
「高良、お前生意気なんだよ!」
「そうだ先輩に花役は譲れよな!」
笑い声がちらほらこぼれ、重たかった空気が少しだけ軽くなった。
――やっぱり、こいつら最高だ。
俺は立ち上がって、円の真ん中でみんなを見渡す。
「......よし。最後まで、俺たちらしくいこう」
俺はめいいっぱい空気を吸って、
「全員で勝つぞ!」
「おおっ!!!」
手を重ねた瞬間、全員の声が重なった。
コートに戻ると、心臓の鼓動がやけに大きく響いた。
笛の音。一球目のボールが高く上がる。
綺麗に、吸い込まれるように上がったレシーブ。
チャンスだ。
相手ブロックは、陽稀を警戒して動いてい
る。その一瞬、視界の端で高良と目が合った。
――わかってるよ。
お前なら、絶対に決めてくれんだろ。
そう信じて、俺は全力でセンターにトスを上げた。
高良がすごい笑顔で、まっすぐ上へと跳ぶ。
光の中を飛ぶように――
ボンッ、と鋭い音。
「っしゃああ!」
ボールが相手コートに突き刺さった。その瞬間、体育館が割れんばかりの歓声に包まれる。
――こいつは、ほんと。
どんな場面でも、最後に笑顔で決めてくる。
緊張の中、思わず笑ってしまった。
真っ先に高良がこっちを向いて、手を高く上げる。
「先輩! ナイストスです!!」
その顔がまぶしくて、胸がぐっと熱くなった。俺はその手を思いきり叩く。
「ナイス、スパイク!」
みんなも集まってきて、声を上げながら肩を叩き合う。
歓声と笑い声が混ざって、世界が一瞬きらめいて見えた。
――まだ、終わらせたくない。
こいつらと、高良と。
もっと一緒に。
そんな想いを胸の奥で叫びながら、俺は最後の一点に集中した。
相手のスパイクが高く上がり、コートの奥に、鋭く落ちてくる。
レシーブに飛び込んだ仲間が、必死に腕を伸ばした。
けれど、ボールは高く弾んで――コートの外へ。
「――っ!」
俺は全力で走った。
足がもつれそうになりながらも、ただボールだけを見ていた。
追いつけ、追いつけ、あと少し――!
床が近づく。
伸ばした腕の先、白いボールがゆっくりと落ちていく。
まるで時間が、スローモーションになったみたいだった。
指先が、ほんのわずかに届かず――ボールは静かに床を打った。
――ピィィィィ。
ホイッスルの音が、やけに遠くで鳴った気がした。
歓声と拍手が響いているのに、俺の耳には何も入ってこない。
ただ、目の前の床と、転がるボールと、動けない自分がいた。
振り返ると、コートに倒れ込んだみんなが、涙を流している。
泣き声があちこちから漏れて、床の汗と涙が光って見えた。
その光景を見た瞬間、胸の奥が締めつけられる。
悔しくて、どうしようもなかった。
俺は、奥歯を強く噛みしめる。
泣くな。
泣いたら、ダメだ。
――キャプテンなんだから。
そう言い聞かせながら、拳をぎゅっと握った。
指先に爪が食い込んでも、痛みなんて感じなかった。
◆
控え室に戻ると、誰もすぐには口を開かなかった。
シューズの音も、息をつく音も、やけに重い。汗のにおいと涙のにおいが、混じっていた。
監督が静かに前に出てきて、ぽつりとつぶやく。
「......よくやった。胸を張れ」
その言葉に、抑えていた涙が一気にあふれそうになったのをグッとこらえる。監督が俺に視線を送る。俺は深呼吸して、1歩前に出た。顔を上げてみんなの顔を順に見渡す。
泣きはらした目、うつむいたままの背中に俺は言葉を選びながら、ゆっくり口を開いた。
「正直、俺なんかがキャプテンでいいのかって、何度も思った。でも、お前らがいたからここまで来れた。最後まで一緒に戦ってくれて、ほんとに――ありがとう」
言い終えた瞬間、空気が少しだけやわらかくなった。
誰かが鼻をすする音がして、陽稀が「バカ湊......泣かせんなよ」と笑いながら言った。
「特に――1、2年生。途中で気持ちが折れそうな時も、最後までついてきてくれてありがとな。......次は、お前らの代で勝てくれ」
そう言ったとき、前列の2年たちが一斉に顔を上げた。
高良が唇を噛んで、真っ赤な目で頷く。
こうして俺たちは少し早く部活を引退した。
◆
夜の帰り道。
さっきまでの高揚感が嘘みたいに、あたりは静かだった。
隣を歩く高良の足音だけが、一定のリズムで響く。
「はー! まだ引退の実感ないなー!」
やけに明るい声が出た。自分でも、ちょっと不自然だと思う。でも、そうでもしないと泣いてしまいそうだった。
高良が、ちらりと俺を見た。街灯の下で、その顔はどこか悲しそうに見えた。
「あの時の高良のスパイク、ほんとすごかったよな!」
笑いながら言うと、高良は少し眉を寄せて、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「......泣かないんですね、先輩」
「当たり前だろ。泣いたらキャプテン失格だ」
笑って返す。けど、喉が少し詰まった。
高良が、小さく息を吐いた。
「......そんなことないですよ」
その声が、驚くほど優しくて、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「先輩、もう我慢しなくていいです」
そう言って、高良歯俺をそっと抱き寄せた。
肩に顔をうずめるようにして、あたたかい体温が伝わってくる。
「......もういいですよ」
耳元で、やさしく囁かれた。
その瞬間、張りつめていた何かがふっと切れた。
我慢してた涙が、溢れ出して、泣きたくなかったのに、止まらなかった。
高良の胸の中で、声を押し殺して泣いた。
少しして、俺の肩を包んでいた腕がほどけた。
顔を上げると、すぐ目の前に高良の顔。
そのまま、両手でそっと俺の頬を包まれ、指先が、涙の跡をなぞる。
親指でそっと拭われるたびに、胸の奥が熱くなっていく。
「......やっと、泣いてくれました」
苦笑しながら言う高良の目が、やさしく揺れていた。
涙の残る視界の中で、まっすぐに見つめ返した。
言葉が出ない。
ただ、どうしようもなく、この距離が近く感じた。
「もっと先輩と、一緒にいたかったです」
その言葉が、胸の奥に深く刺さった。
さっきまで流してた涙の意味が、少しずつ変わっていくのがわかった。
――悔しさだけじゃない。
この手を離したくない。まだ終わりにしたくない。
この先も高良と一緒にいたい。
そんな想いが、喉の奥でせり上がってきた。
「......高良」
名前を呼んだ瞬間、自分でも驚くほど声が震えた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、近すぎる距離で高良が見つめてくる。
まっすぐで、優しくて、でもどこか痛いほどに真剣な目。
心臓が、ドクンと鳴った。
今まで何度も並んでコートに立ってきたのに、こんなふうに高良を見たのは初めてだった。
「......なんか、ずるいな」
「え?」
「お前ばっか、俺のこと分かってて」
言葉より先に体が動いた。
気づけば、高良の胸を掴んで、顔を近づけてた。
触れた唇は、涙で少ししょっぱかった。
高良の体温も、鼓動も、息の音も全部、すぐそこにあった。
唇を離したあとも、まだ胸の奥が熱くて、息が乱れてる。
高良は少し驚いた顔をして、すぐに微笑む。
「俺、うれしいです」
「え?」
「先輩が、そんな顔してくれるの」
また胸の奥がきゅっと痛くなる。
試合に負けた悔しさとは違う、どうしようもない気持ちが溢れてきた。
「......俺さ、今までずっとバレーばっかで」
言葉を探しながら、夜の風に目を細めた。
「誰かと一緒にいたいなんて、思ったことなかったんだ」
高良は黙って聞いていた。
その沈黙が、やけに優しく感じた。
「でも今、思う。もっとお前とバレーしたかったし......まだ、終わりたくないって思ってる。俺......お前のこと、好きなんだ」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かがほどけた気がした。
高良が目を見開いて、それから少しだけ笑った。
「知ってました」
「......え?」
「先輩、ずっとそういう顔してましたよ」
その言葉に、顔が熱くなった。
夜風がやけに冷たくて、でも、肩が触れたところだけが妙にあたたかかった。
俺が言葉を吐ききったあと、夜の空気が一瞬、静まり返った。
街灯の下、高良は少し俯いて、それからゆっくり顔を上げた。
「俺も湊先輩が大好きですよ」
「――っ!」
「......そんなこと言われたら、もう我慢できないです」
次の瞬間、手が頬に触れた。
指先があたたかい。
そのままゆっくりと顔が近づいて──もう一度、唇が触れた。
今度は俺が引き寄せられる側だった。
少し乱暴なくらいで、でも優しくて、あったかくて。
「先輩って、強がるときいつも口角ちょっと上がるんですよ」
「そ、そうなのか?」
「今日もそうでした。泣かないように、無理して笑って」
高良が小さく笑う。
「俺、そういうとこ、全部好きです」
その言葉で、また涙が込み上げてくる。
俺はただ、黙って高良の胸に顔を埋めた。
もう我慢しなくていいと分かっても、涙は勝手に溢れ続ける。
「......泣くとこ、初めて見ました」
「......うるさい」
「やっと、俺だけに見せてくれた」
その低い声に、心の奥がぎゅっと締めつけられた。
――もう、完全に落ちてた。
ただの後輩じゃなくて。
バレーよりも、勝つことよりも、今はこいつの笑顔が、いちばん欲しかった。
地区予選二日目、決勝戦。
スコアは〈22対24〉。あと一点取られたら、終わりだ。
タイムアウトをとったベンチで、監督の声が響く。「ここからが勝負だ。焦るな、いつも通りだぞ!」
汗ばんだ手のひらを握りしめながら、俺はその言葉を聞いていた。けど、緊張で喉が張りついて、何を言えばいいのか迷っていた。
そんな中で――。
「先輩、まだまだですよ! 次も俺、決めますから!」
高良がいつもの調子で笑った。その明るさに、空気が一瞬やわらぐ。
「おいおい、今度決めるのは俺だぞ!」
陽稀が負けじと声を上げる。
「高良、お前生意気なんだよ!」
「そうだ先輩に花役は譲れよな!」
笑い声がちらほらこぼれ、重たかった空気が少しだけ軽くなった。
――やっぱり、こいつら最高だ。
俺は立ち上がって、円の真ん中でみんなを見渡す。
「......よし。最後まで、俺たちらしくいこう」
俺はめいいっぱい空気を吸って、
「全員で勝つぞ!」
「おおっ!!!」
手を重ねた瞬間、全員の声が重なった。
コートに戻ると、心臓の鼓動がやけに大きく響いた。
笛の音。一球目のボールが高く上がる。
綺麗に、吸い込まれるように上がったレシーブ。
チャンスだ。
相手ブロックは、陽稀を警戒して動いてい
る。その一瞬、視界の端で高良と目が合った。
――わかってるよ。
お前なら、絶対に決めてくれんだろ。
そう信じて、俺は全力でセンターにトスを上げた。
高良がすごい笑顔で、まっすぐ上へと跳ぶ。
光の中を飛ぶように――
ボンッ、と鋭い音。
「っしゃああ!」
ボールが相手コートに突き刺さった。その瞬間、体育館が割れんばかりの歓声に包まれる。
――こいつは、ほんと。
どんな場面でも、最後に笑顔で決めてくる。
緊張の中、思わず笑ってしまった。
真っ先に高良がこっちを向いて、手を高く上げる。
「先輩! ナイストスです!!」
その顔がまぶしくて、胸がぐっと熱くなった。俺はその手を思いきり叩く。
「ナイス、スパイク!」
みんなも集まってきて、声を上げながら肩を叩き合う。
歓声と笑い声が混ざって、世界が一瞬きらめいて見えた。
――まだ、終わらせたくない。
こいつらと、高良と。
もっと一緒に。
そんな想いを胸の奥で叫びながら、俺は最後の一点に集中した。
相手のスパイクが高く上がり、コートの奥に、鋭く落ちてくる。
レシーブに飛び込んだ仲間が、必死に腕を伸ばした。
けれど、ボールは高く弾んで――コートの外へ。
「――っ!」
俺は全力で走った。
足がもつれそうになりながらも、ただボールだけを見ていた。
追いつけ、追いつけ、あと少し――!
床が近づく。
伸ばした腕の先、白いボールがゆっくりと落ちていく。
まるで時間が、スローモーションになったみたいだった。
指先が、ほんのわずかに届かず――ボールは静かに床を打った。
――ピィィィィ。
ホイッスルの音が、やけに遠くで鳴った気がした。
歓声と拍手が響いているのに、俺の耳には何も入ってこない。
ただ、目の前の床と、転がるボールと、動けない自分がいた。
振り返ると、コートに倒れ込んだみんなが、涙を流している。
泣き声があちこちから漏れて、床の汗と涙が光って見えた。
その光景を見た瞬間、胸の奥が締めつけられる。
悔しくて、どうしようもなかった。
俺は、奥歯を強く噛みしめる。
泣くな。
泣いたら、ダメだ。
――キャプテンなんだから。
そう言い聞かせながら、拳をぎゅっと握った。
指先に爪が食い込んでも、痛みなんて感じなかった。
◆
控え室に戻ると、誰もすぐには口を開かなかった。
シューズの音も、息をつく音も、やけに重い。汗のにおいと涙のにおいが、混じっていた。
監督が静かに前に出てきて、ぽつりとつぶやく。
「......よくやった。胸を張れ」
その言葉に、抑えていた涙が一気にあふれそうになったのをグッとこらえる。監督が俺に視線を送る。俺は深呼吸して、1歩前に出た。顔を上げてみんなの顔を順に見渡す。
泣きはらした目、うつむいたままの背中に俺は言葉を選びながら、ゆっくり口を開いた。
「正直、俺なんかがキャプテンでいいのかって、何度も思った。でも、お前らがいたからここまで来れた。最後まで一緒に戦ってくれて、ほんとに――ありがとう」
言い終えた瞬間、空気が少しだけやわらかくなった。
誰かが鼻をすする音がして、陽稀が「バカ湊......泣かせんなよ」と笑いながら言った。
「特に――1、2年生。途中で気持ちが折れそうな時も、最後までついてきてくれてありがとな。......次は、お前らの代で勝てくれ」
そう言ったとき、前列の2年たちが一斉に顔を上げた。
高良が唇を噛んで、真っ赤な目で頷く。
こうして俺たちは少し早く部活を引退した。
◆
夜の帰り道。
さっきまでの高揚感が嘘みたいに、あたりは静かだった。
隣を歩く高良の足音だけが、一定のリズムで響く。
「はー! まだ引退の実感ないなー!」
やけに明るい声が出た。自分でも、ちょっと不自然だと思う。でも、そうでもしないと泣いてしまいそうだった。
高良が、ちらりと俺を見た。街灯の下で、その顔はどこか悲しそうに見えた。
「あの時の高良のスパイク、ほんとすごかったよな!」
笑いながら言うと、高良は少し眉を寄せて、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「......泣かないんですね、先輩」
「当たり前だろ。泣いたらキャプテン失格だ」
笑って返す。けど、喉が少し詰まった。
高良が、小さく息を吐いた。
「......そんなことないですよ」
その声が、驚くほど優しくて、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「先輩、もう我慢しなくていいです」
そう言って、高良歯俺をそっと抱き寄せた。
肩に顔をうずめるようにして、あたたかい体温が伝わってくる。
「......もういいですよ」
耳元で、やさしく囁かれた。
その瞬間、張りつめていた何かがふっと切れた。
我慢してた涙が、溢れ出して、泣きたくなかったのに、止まらなかった。
高良の胸の中で、声を押し殺して泣いた。
少しして、俺の肩を包んでいた腕がほどけた。
顔を上げると、すぐ目の前に高良の顔。
そのまま、両手でそっと俺の頬を包まれ、指先が、涙の跡をなぞる。
親指でそっと拭われるたびに、胸の奥が熱くなっていく。
「......やっと、泣いてくれました」
苦笑しながら言う高良の目が、やさしく揺れていた。
涙の残る視界の中で、まっすぐに見つめ返した。
言葉が出ない。
ただ、どうしようもなく、この距離が近く感じた。
「もっと先輩と、一緒にいたかったです」
その言葉が、胸の奥に深く刺さった。
さっきまで流してた涙の意味が、少しずつ変わっていくのがわかった。
――悔しさだけじゃない。
この手を離したくない。まだ終わりにしたくない。
この先も高良と一緒にいたい。
そんな想いが、喉の奥でせり上がってきた。
「......高良」
名前を呼んだ瞬間、自分でも驚くほど声が震えた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、近すぎる距離で高良が見つめてくる。
まっすぐで、優しくて、でもどこか痛いほどに真剣な目。
心臓が、ドクンと鳴った。
今まで何度も並んでコートに立ってきたのに、こんなふうに高良を見たのは初めてだった。
「......なんか、ずるいな」
「え?」
「お前ばっか、俺のこと分かってて」
言葉より先に体が動いた。
気づけば、高良の胸を掴んで、顔を近づけてた。
触れた唇は、涙で少ししょっぱかった。
高良の体温も、鼓動も、息の音も全部、すぐそこにあった。
唇を離したあとも、まだ胸の奥が熱くて、息が乱れてる。
高良は少し驚いた顔をして、すぐに微笑む。
「俺、うれしいです」
「え?」
「先輩が、そんな顔してくれるの」
また胸の奥がきゅっと痛くなる。
試合に負けた悔しさとは違う、どうしようもない気持ちが溢れてきた。
「......俺さ、今までずっとバレーばっかで」
言葉を探しながら、夜の風に目を細めた。
「誰かと一緒にいたいなんて、思ったことなかったんだ」
高良は黙って聞いていた。
その沈黙が、やけに優しく感じた。
「でも今、思う。もっとお前とバレーしたかったし......まだ、終わりたくないって思ってる。俺......お前のこと、好きなんだ」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かがほどけた気がした。
高良が目を見開いて、それから少しだけ笑った。
「知ってました」
「......え?」
「先輩、ずっとそういう顔してましたよ」
その言葉に、顔が熱くなった。
夜風がやけに冷たくて、でも、肩が触れたところだけが妙にあたたかかった。
俺が言葉を吐ききったあと、夜の空気が一瞬、静まり返った。
街灯の下、高良は少し俯いて、それからゆっくり顔を上げた。
「俺も湊先輩が大好きですよ」
「――っ!」
「......そんなこと言われたら、もう我慢できないです」
次の瞬間、手が頬に触れた。
指先があたたかい。
そのままゆっくりと顔が近づいて──もう一度、唇が触れた。
今度は俺が引き寄せられる側だった。
少し乱暴なくらいで、でも優しくて、あったかくて。
「先輩って、強がるときいつも口角ちょっと上がるんですよ」
「そ、そうなのか?」
「今日もそうでした。泣かないように、無理して笑って」
高良が小さく笑う。
「俺、そういうとこ、全部好きです」
その言葉で、また涙が込み上げてくる。
俺はただ、黙って高良の胸に顔を埋めた。
もう我慢しなくていいと分かっても、涙は勝手に溢れ続ける。
「......泣くとこ、初めて見ました」
「......うるさい」
「やっと、俺だけに見せてくれた」
その低い声に、心の奥がぎゅっと締めつけられた。
――もう、完全に落ちてた。
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バレーよりも、勝つことよりも、今はこいつの笑顔が、いちばん欲しかった。
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