大好きな君と離れる日まで

矢田川いつき

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第三章 君に好きだと言いたくなる日々

第十四話

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 放課後。
 生徒玄関前で遼くんと合流してから、私たちは学校からやや離れたところにある高台の公園に向かっていた。
 学校の前にあるバス停からバスに乗り、揺られること五分程度。その後は山の方へ向かって坂道を登って行けば到着する。乗るバスこそ違えど、すっかり慣れた道のりだ。

「この辺りの公園で桜といったら丘陵公園だもんね。ちょうど今は見頃を迎えてるはずだよ」
「そういえば、昔たまに行ったよな。高いところでお昼寝したいとかいう誰かさんの要望に応じて」
「も、もう。なんでそういう変なことは覚えてるかな」

 道すがら、遼くんはちょいちょい昔の恥ずかしい思い出話をほじくり返してきた。この丘陵公園は、海が見たいけどさすがに遠いから高い場所へ行けば見られるのでは、という私の突飛な発想から行くことになっただとか、でも結局ちんまりとしか海が見えなかったからふてくされた私は芝生に寝っ転がっていただとか、それで気がつけば気持ちよさそうに寝ていて起こすのがはばかられただとか、私ですら覚えていない話を次々と口にしてきた。

「あの頃の彩月はマジで天真爛漫って感じだったもんな。今はそうでもないけど」
「大人になったんだよ、私も」
「……そうか?」
「どこ見て言ってるの! ヘンタイ!」
「いたっ! 違うって、身長あんま伸びてないなって思っただけ……痛いって!」

 そんな実にくだらない話をしているうちに、私たちは目的地である丘陵公園に着いた。陽が傾き、若干薄くなっている青空の下、上方からは風に乗って桜の花びらがチラチラと舞ってきている。

「どう? なにか引っかかるところとかある?」
「いや、あんまり。もう少し上に行ってみようか」
「うん」

 今私たちがいるのは中腹ほどにある入り口付近。本当に見事な桜の花が咲き誇っているのはもう少し上ったところにある憩いの広場だ。そして、さらに上に行けば私たちが幼い頃に日向ぼっこに訪れた大きな芝生が広がっている。
 ただ、正直ここの線もかなり薄いと思っている。
 この丘陵公園は高校からはほど近いが通っていた小学校、そして中学校からはそこそこ離れているし、学校行事やイベントなんかでも訪れたことはない。遼くんが記憶障害になる直前に見えるという「公園」と「桜」というキーワードから一番に思いついたのがここだったというだけで来てみた場所だ。
 砂利と芝生で覆われた坂道を登っていく。
 高所にある公園ということもあって、風はそこそこに強い。あちこちに咲き乱れている桜の木々からは桃色の花びらが散っており、その下ではブルーシートを敷いて花見を楽しむ人たちも見て取れた。そのほか、道の脇にある花壇にはチューリップやムスカリ、ガーベラも咲いており、丘陵公園を春色に彩っていた。

「おっ、懐かしいな。あのオブジェ覚えてる?」
「え、なんかあったっけ?」

 隣を歩く遼くんは楽しそうに芝生の隅に置かれた石の像を指差す。

「初めてここに来た時に彩月が登ろうとして怒られた像」
「え、うそ」

 私は目を見張る。
 待て待て、なんだエピソード。ここに来るまでだけじゃ足らず、まだ出てくるというのか。
 怪訝そうに彼を見やれば、遼くんは悪戯っぽく口元を細める。

「うーそ。怒られたのは俺。彩月が被ってた帽子が飛んで、上に引っかかったんだ。んで、とろうとしたら危ないって言われた」

 穏やかな口調で、遼くんは当時のことを語った。ここに来る時もそうだったけれど、まるで私は覚えていない。

「そ、そんなことあったっけ?」
「あったよ。じゃあ、あれは? あそこにある、彩月がバランスを崩して落ちかけた噴水」
「き、記憶にない」
「およ~? なになに、この場所に関しては俺の方が覚えてるじゃん。彩月も記憶喪失?」
「違うし。いじりにくい冗談はやめい」

 背伸びをして遼くんの額にチョップをかます。すると彼は、あけすけに笑ってそれをかわしてきた。
 充実した時間だった。遼くんの記憶障害の原因を見つけにきたはずなのに、精神的な負荷どころか楽しい思い出ばかりが彼の口からは飛び出してきている。そしていじられているのは私で、昨日とは正反対ときた。なんか悔しい。
 やがて、桜が一番咲いている広場に辿り着く。平日だというのに、そこは思いのほか人がたくさんいた。

「どう? 遼くん」
「特になにも、って感じだな。ただただ懐かしい」
「んーそっかあ」

 成果のなさそうな彼の反応を見て、想定はしていたけれど少しだけガックリとくる。ミステリーのようにちょっとずつ何か手掛かりがつかめればと思うけれど、そんなにうまくいけば苦労しない。やはり、焦らず長期戦でいくべきか。

「じゃあ、どうする? 一応、話してたもうひとつの公園にも行ってみる?」
「いや、せっかくだからちょっと寄っていきたいところがあるんだけど、いい?」

 訊かれて、私ははたと思い至った。そういえば、この近くにはあの場所もあった。

「……うん、いいよ」

 こくりと頷いてみせる。そして、若干の寂しさが垣間見える彼の隣に、わざとらしくピタリとつく。

「近い彩月」
「近くしてるの」
「歩きにくい」
「ちょっとくらいいいでしょ」

 またもどうでもいい会話をしつつ、私たちは広場の隅にある出口から外へと出た。
 少し、心配ではあった。
 私としては、好意を伝えることよりもこの出来事自体の方が、よっぽど記憶障害に繋がっていそうだと思えてくる。けれど、遼くんの様子を見るに当時のことはしっかりと覚えているらしい。
 彼の足は、私が予想していた場所へと向かっていた。長い階段を下っていき、石畳の敷かれた道をしばらく歩いていくと辿り着く。
 竿石が整然と立ち並ぶその場所は実に閑散としており、花見客の賑わう広場とは対照的だった。静謐な雰囲気を前にして、私たちのおバカな口数も自然と減る。
 彼について中に入っていくと、随分と昔に一度だけ一緒に来たことがある記憶が呼び起こされた。

「久しぶり、母さん」

 篠山家之墓、と書かれた竿石と向き合って、彼は穏やかな口調で挨拶をする。私は彼の隣で、一度深くお辞儀をした。
 今日はお線香もお花も用意はしていない。軽くお墓の周りの掃除だけをしてから、私たちは二人で手を合わせた。
 遼くんの家は、父子家庭だ。
 彼のお母さんは私と出会うよりも前に病気で亡くなったと、遼くんと仲良くなってから聞いた。
 病死、だったらしい。薬もしっかり飲み、入院や検査を繰り返していろいろな治療法を試してはみたものの回復には程遠く、ある雨の日の夕方に突然倒れてそのまま息を引き取ったらしい。病状的に遼くんのお父さんはそれなりの覚悟をしていたようだったけれど、まだ幼い遼くんにとっては理解しがたい突然の出来事で、しばらくはかなり塞ぎ込んでいたようだ。
 今にして思えば、確かに遼くんは当初、かなり暗く大人しい子だったように思う。

「彩月、何度も言うけど、マジでありがとな」
「え?」

 手を合わせ、目を閉じつつ昔を思い出していると、不意に遼くんが言った。私は思わず彼を見る。

「彩月が俺をあちこちに引っ張り回してくれたおかげで、俺は少しずつ立ち直ることができたんだ。だから、ありがとう」
「も、もう。またそれ? 私はその、自分がやりたいようにしてただけだから」

 なんだか恥ずかしくなって、フイッと視線を逸らす。
 建前でもなんでもなく、これは事実だ。まだ七歳程度の子どもにそんな細かい心の機微を理解できるはずもなく、幼い頃の私はしょんぼりしている遼くんに笑ってほしくてなんでもかんでも巻き込んでいた。
 それなのに、中学生に上がった頃から何度も遼くんからはお礼を言われた。成長してみればどこまでも自分勝手でアホな自分に頭を抱えたくなったが、遼くんは気にしていないどころかかなり好印象を持ってくれていた。結果オーライとはいえ、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

「それでも、だ。実際として俺は救われたわけだし、その時の思い出のおかげでこうして前を向いていられる。まあ、それを忘れたくなくて彩月には冷たく当たっちまったんだけどな」
「ああ。あれは辛かったなあ」
「だから悪かったって」

 顔を見合わせて小さく笑う。あまり時間は経っていないのに、随分と昔のことに感じられるくらいには傷も癒えていた。
 ひとしきり笑うと、遼くんはポンと私の頭に手を置いた。

「まあつまるところ何が言いたいかっていうと、これからも仲良くしてくれってこと。忘れることばかりを怖がって思い出を作らないのも損だし、こういう原因探しもいいけど遊びにも行こうぜ」
「遼くん」

 くしゃくしゃと頭を撫でられる。見上げれば、遼くんはいったいどこを見ているのかそっぽへと顔を向けていた。
 また笑みが込み上げてくる。
 これはあれだ。遼くんなりの照れ隠しだ。中学生の時、ううん小学生の時から、本当に変わっていないんだなあ。

「うん、そだね! 二人ででもいいし、日野瀬くんとか瀬奈も誘って遊びに行こうよ。私たちのわだかまりを解く手助けをしてくれたお礼もしたいし」
「そうだな。なんか癪だけど」
「もう~遼くん、素直になりなさい」

 お墓の前で、私たちはまた笑う。
 やっぱり、私は遼くんのことが好きだ。大好きだ。
 遼くんとの思い出を大切にして、これからもずっとずっと積み重ねていきたい。そのためにも、私は遼くんをしっかり支えていきたい。
 そしていつの日か、今度こそ面と向かって君に伝えるんだ。
 いつの間にか茜色に染まっていた空の下。なんとなく、遼くんのお母さんが優しい眼差しを向けてくれているような、そんな気がした。
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