21 / 28
第五章 キミに好きだと言った日のこと
第二十一話
しおりを挟む
動物園に行った日から三日後。
いつも通り学校の授業を終えた俺と彩月は、授業の時間数が少なく比較的時間の取れた今日の放課後を使い、中学校近くにある公園で告白に関係ありそうなところを回ることにした。
「彩月、もう大丈夫なのか?」
「うん。もう平気だよ」
道中、俺はなるべく彩月のことを気遣うようにしていた。
動物園に行った日、彩月は激しく取り乱していた。自分の父親が離婚したのではなく亡くなったことや、俺と出会った日の記憶がないことに動揺していたようだった。
幼い日の記憶だ。勘違いや記憶の混濁、それこそ忘れてしまっているのも全然不思議なことではない。しかし彩月は俺の記憶障害のこともあってか、かなり気にしていた。ゆえに心配していたのだが、時間が経って落ち着いたのか、今ではすっかりいつも通りの彩月に戻っていた。もっとも……
「ほんとに? 無理してない?」
彩月は昔から弱みを隠して強がる癖がある。ほんとに彩月は落ち着いているんだろうか。
「もうー、相変わらず遼くんは過保護だなあ。大丈夫だよ、ごめんね心配させちゃって」
なんてことを思っていると、彩月に呆れた視線を向けられた。なんだか恥ずかしくなってくる。そうか、彩月は強がりだけど、俺は過保護だったのか。
「ささ、とりあえずまた頑張って心の辺りのあるとこ回ってこうよ。今日は私たちが通ってた中学校の近くにある公園をいくつか見て回ろっか」
「ははっ、そうだな」
「ええ、なんでそこで笑うの」
グッと握りこぶしを胸の前で作り、意気込む彩月を見ているとつい笑いが込み上げてくる。彩月はそれがご不満らしく、ムッとした表情で頬を膨らませた。
やっぱり、彩月はこっちの顔をしていた方がいいな。
再度こぼれそうになる笑いを我慢しつつ、彩月に「何をそんなにニヤニヤしてるの」とジト目で見られつつ。俺たちはバスを乗り継ぎ、通っていた中学校近くまでやってきた。
最初に向かったのは、陸上競技場のある緑地公園。彩月曰く、中一になったばかりの春先に、俺が小学生の時に所属していたクラブチームの後輩の女子から告白されていたらしい。
「私、走ってる遼くんを見ようと思ってきたんだけど、まさか告白されてる遼くんを見て私が走って帰ることになるなんて思いもしなかったな」
「そ、そんなことが」
「遼くんって中学上がってからほんとモテたもんねー」
「し、身長が一気に伸びたからかな。あとはその頃から美容院に行くようになったからかも……って、痛い痛い。脇腹、どつくのやめて」
彩月に嬉しい嫉妬を向けられながら、緑地公園のあちこちを見て回った。しかし、いくらその時のことを聞いてもやはり記憶にはなかった。陸上の大会に出ていた記憶はある。彩月が見に来ると聞いて、いつも以上に気合が入っていた。けれど、彩月の言うクラブチームの後輩の女子のことは全くといっていいほど記憶がない。
やっぱり、この時には既に……。
俺が解離性健忘症を患った具体的な時期はわからない。しかしちょうど中一の頃に、女子の何人かの記憶がすっぽり抜け落ちていて苦労したのは覚えている。幸いにもと言うべきか、その女子たちはみんな俺のことを敬遠していたから大きなトラブルにはならなかった。きっと、俺は彩月のことが好きで告白されたとしても全て断っていたはずだから、それが敬遠されていた理由だろう。記憶にはないが。
「それと、この近くにももうひとつあるよ。桜の木はないけど、ここでも遼くんは告白されてましたねえー」
「そ、そうですか……」
次に向かったのは、緑地公園からほど近いところにある小さな公園。
その公園自体は俺もよく知っていた。というのも、その公園には雨避けになる東屋があり、公園前のバス停での待ち時間に雨が降っていた時はよく雨宿りをしていたからだ。
そしてどうやら、中一の夏休みに入ったばかりの頃に俺はここでも好意を伝えられていたらしい。詳しく聞くと、ここでの一件は当時べつの友達から聞いたものと同じだったので、より信憑性が高まったことになる。
俺は、いったいどれだけの記憶を忘れているんだろう。
どうしても、怖くなる。
忘れていることの中には、決して忘れちゃいけないこともあったんじゃないか。
実は、俺はもっとたくさんの人のことを忘れているんじゃないか。
好意を伝えられること以外にも、記憶障害が発症するトリガーがあるんじゃないか。
今こうしている間にも、俺の知らないうちに記憶が、思い出が抜け落ちていってるんじゃないか。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……。
慣れることのない、きりのない不安が押し寄せてくる。
「……大丈夫?」
「え?」
気がつくと、彩月が俺の顔を心配そうにのぞきこんでいた。俺は慌てて笑顔を作る。
「わり、大丈夫」
「強がらなくて、いいよ」
彩月はスッと隣に並ぶと、やや遠慮がちに俺の手を取ってきた。
「私ね、この前の動物園でのことで、ちょっと遼くんの気持ちがわかった。自分が当然だと思っていた記憶が、実は違ってて。大切な思い出が、記憶が、すっぽりと抜け落ちている。ほんとに、とても怖かった。だから、強がらなくて大丈夫」
握られた手が、じんわりと熱を帯びてくる。その温かさは手を伝い、心にまで届いてくる。
「……ありがとな、彩月」
なんだか、目頭が熱かった。そんな顔を見られたくなくて、俺は顔を背ける。
そうだ。俺は、ひとりじゃない。ひとりで、頑張る必要なんてない。
俺には、彩月がいるんだから。
「ねえ、遼くん。一度、遼くんの家に行って休まない? ここからバスですぐでしょ」
「ああ、そうだな。そうするか」
彩月の提案に、俺は頷いた。
いつも通り学校の授業を終えた俺と彩月は、授業の時間数が少なく比較的時間の取れた今日の放課後を使い、中学校近くにある公園で告白に関係ありそうなところを回ることにした。
「彩月、もう大丈夫なのか?」
「うん。もう平気だよ」
道中、俺はなるべく彩月のことを気遣うようにしていた。
動物園に行った日、彩月は激しく取り乱していた。自分の父親が離婚したのではなく亡くなったことや、俺と出会った日の記憶がないことに動揺していたようだった。
幼い日の記憶だ。勘違いや記憶の混濁、それこそ忘れてしまっているのも全然不思議なことではない。しかし彩月は俺の記憶障害のこともあってか、かなり気にしていた。ゆえに心配していたのだが、時間が経って落ち着いたのか、今ではすっかりいつも通りの彩月に戻っていた。もっとも……
「ほんとに? 無理してない?」
彩月は昔から弱みを隠して強がる癖がある。ほんとに彩月は落ち着いているんだろうか。
「もうー、相変わらず遼くんは過保護だなあ。大丈夫だよ、ごめんね心配させちゃって」
なんてことを思っていると、彩月に呆れた視線を向けられた。なんだか恥ずかしくなってくる。そうか、彩月は強がりだけど、俺は過保護だったのか。
「ささ、とりあえずまた頑張って心の辺りのあるとこ回ってこうよ。今日は私たちが通ってた中学校の近くにある公園をいくつか見て回ろっか」
「ははっ、そうだな」
「ええ、なんでそこで笑うの」
グッと握りこぶしを胸の前で作り、意気込む彩月を見ているとつい笑いが込み上げてくる。彩月はそれがご不満らしく、ムッとした表情で頬を膨らませた。
やっぱり、彩月はこっちの顔をしていた方がいいな。
再度こぼれそうになる笑いを我慢しつつ、彩月に「何をそんなにニヤニヤしてるの」とジト目で見られつつ。俺たちはバスを乗り継ぎ、通っていた中学校近くまでやってきた。
最初に向かったのは、陸上競技場のある緑地公園。彩月曰く、中一になったばかりの春先に、俺が小学生の時に所属していたクラブチームの後輩の女子から告白されていたらしい。
「私、走ってる遼くんを見ようと思ってきたんだけど、まさか告白されてる遼くんを見て私が走って帰ることになるなんて思いもしなかったな」
「そ、そんなことが」
「遼くんって中学上がってからほんとモテたもんねー」
「し、身長が一気に伸びたからかな。あとはその頃から美容院に行くようになったからかも……って、痛い痛い。脇腹、どつくのやめて」
彩月に嬉しい嫉妬を向けられながら、緑地公園のあちこちを見て回った。しかし、いくらその時のことを聞いてもやはり記憶にはなかった。陸上の大会に出ていた記憶はある。彩月が見に来ると聞いて、いつも以上に気合が入っていた。けれど、彩月の言うクラブチームの後輩の女子のことは全くといっていいほど記憶がない。
やっぱり、この時には既に……。
俺が解離性健忘症を患った具体的な時期はわからない。しかしちょうど中一の頃に、女子の何人かの記憶がすっぽり抜け落ちていて苦労したのは覚えている。幸いにもと言うべきか、その女子たちはみんな俺のことを敬遠していたから大きなトラブルにはならなかった。きっと、俺は彩月のことが好きで告白されたとしても全て断っていたはずだから、それが敬遠されていた理由だろう。記憶にはないが。
「それと、この近くにももうひとつあるよ。桜の木はないけど、ここでも遼くんは告白されてましたねえー」
「そ、そうですか……」
次に向かったのは、緑地公園からほど近いところにある小さな公園。
その公園自体は俺もよく知っていた。というのも、その公園には雨避けになる東屋があり、公園前のバス停での待ち時間に雨が降っていた時はよく雨宿りをしていたからだ。
そしてどうやら、中一の夏休みに入ったばかりの頃に俺はここでも好意を伝えられていたらしい。詳しく聞くと、ここでの一件は当時べつの友達から聞いたものと同じだったので、より信憑性が高まったことになる。
俺は、いったいどれだけの記憶を忘れているんだろう。
どうしても、怖くなる。
忘れていることの中には、決して忘れちゃいけないこともあったんじゃないか。
実は、俺はもっとたくさんの人のことを忘れているんじゃないか。
好意を伝えられること以外にも、記憶障害が発症するトリガーがあるんじゃないか。
今こうしている間にも、俺の知らないうちに記憶が、思い出が抜け落ちていってるんじゃないか。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……。
慣れることのない、きりのない不安が押し寄せてくる。
「……大丈夫?」
「え?」
気がつくと、彩月が俺の顔を心配そうにのぞきこんでいた。俺は慌てて笑顔を作る。
「わり、大丈夫」
「強がらなくて、いいよ」
彩月はスッと隣に並ぶと、やや遠慮がちに俺の手を取ってきた。
「私ね、この前の動物園でのことで、ちょっと遼くんの気持ちがわかった。自分が当然だと思っていた記憶が、実は違ってて。大切な思い出が、記憶が、すっぽりと抜け落ちている。ほんとに、とても怖かった。だから、強がらなくて大丈夫」
握られた手が、じんわりと熱を帯びてくる。その温かさは手を伝い、心にまで届いてくる。
「……ありがとな、彩月」
なんだか、目頭が熱かった。そんな顔を見られたくなくて、俺は顔を背ける。
そうだ。俺は、ひとりじゃない。ひとりで、頑張る必要なんてない。
俺には、彩月がいるんだから。
「ねえ、遼くん。一度、遼くんの家に行って休まない? ここからバスですぐでしょ」
「ああ、そうだな。そうするか」
彩月の提案に、俺は頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる