虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第1章

第13話:情愛の檻

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 鴉という「他者」を拾い上げてから、僕の灰色の生活は劇的な変貌を遂げた。 

 昨日までは、ただ義務をこなすように、死なないためだけの最低限の動きを繰り返す人形のような日々だった。けれど今は、僕の指先の一つひとつに「この小さな命を繋ぎ止める」という、重く、切実な使命が宿っている。

「……これ、少しは食べられるかな。無理しなくていいからね」

 僕は、自分に与えられた数少ない食料の中から、もっとも柔らかそうなパンの白い芯の部分を慎重に選び取った。それを真水に浸してふやかし、赤子の食事を作るような手つきで鴉のクチバシへと運ぶ。 

 鴉はまだ、自力で起き上がることさえ叶わぬまま横たわっていたが、僕の差し出した指を拒まず、その温かな指先から慎重に、確かめるように食べ物を受け取ってくれた。

 鋭いクチバシの先端が指に触れるたび、そこから小さな、けれど確かな生命の拍動が流れ込んでくる。 

 死の静寂に沈んでいた塔の中に、自分以外の「音」が満ちていく。水を飲むかすかな音、羽を繕う硬い響き、そして暗闇の中で響く安らかな寝息。そのどれもが、何年もの間、砂漠を彷徨っていた旅人の喉を潤す滴のように、僕の乾ききった心に染み渡っていく。それは今の僕にとって、この世のどんな旋律よりも美しい至上の音楽だった。

 けれど、看病という名の献身を重ねるうちに、僕の胸の奥底には、泥のように重くどす黒い感情が、ゆっくりと、確実に芽吹き始めていた。

「……ずっと、ずっと、ここにいてくれたらいいのに」

 無意識のうちに唇を突いて出たその言葉に、僕は自分自身で戦慄し、喉の奥を凍らせた。 

 ここは塔だ。外の世界から隔離され、人間としての権利を剥奪された者が、ただ魔力を搾り取られるためだけに存在する「美しい檻」だ。僕は、そんな呪われた場所に、本来なら自由の象徴であるはずの翼を持つこの生き物を、いつまでも繋ぎ止めておきたいと願ってしまったのか。

 磨き上げた窓の向こうを見れば、仲間と思われる鴉たちが、境界線のない大空を我が物顔で駆けている。 

 この子の傷が癒えれば、当然、あの高く眩しい空へと帰してやるべきなのだ。それが正しい「愛」の形だ。それなのに、僕は心のどこかで、この子の傷が治るのがもっと遅ければいい、いっそ飛べないままでいてくれればいいとさえ、望んでしまったのではないか。

「……醜いな、僕は。レリルとしての外聞以上に、中身がひどく汚れている」

 僕は自分の手をじっと見つめた。 

 レリルという名の少年が持つ、透き通るような美しい皮膚。けれど、その薄い皮一枚を剥いだ中身は、あまりの孤独に耐えかねて、迷い込んだ一羽の鳥に縋りつく、ひどく臆病で、救いようのないほど自分勝手な人間の魂だった。

 もし、この子が不意に目を覚まし、力強く羽ばたいて空の彼方へと消えてしまったら。 

 その後に残されるのは、鴉を知る前よりもずっと深く、そして刃のように鋭い絶望的な孤独だろう。それを想像するだけで、意識の足元が音を立てて崩れ落ちるような感覚に襲われる。

「いけない。これ以上、好きになっちゃいけない。執着してはいけないんだ」

 自分を戒めるように、僕は鴉を乗せた机から数歩、距離を置いた。 

 けれど、鴉が寝苦しげにかすかな声を上げれば、結局すぐに吸い寄せられるように駆け寄ってしまう。そして、絹のように柔らかな羽の感触に触れ、その熱を確かめては安堵するのだ。

 看病を深めれば深めるほど、心の根は深くこの生き物に絡みついていく。 

 情が湧けば湧くほど、来るべき別れという名の処刑が恐ろしくなる。 

 僕は、石造りの物理的な塔とは別に、目に見えない「情愛」という名の執着の檻を、自分自身とこの鳥の周りに、誰よりも強固に作り上げているようだった。

 僕は自分の手をじっと見つめた。 レリルの美しい手。けれど、その中身は、孤独に耐えかねて一羽の鳥に縋りつく、ひどく臆病で自分勝手な人間の魂だ。

 もし、この子が起きて、元気よく羽ばたいていってしまったら。 その後に残されるのは、前よりもずっと深く、鋭い孤独だろう。 それを想像するだけで、足元が崩れるような感覚に襲われる。

「いけない。これ以上、好きになっちゃいけないんだ」

 僕は自分に言い聞かせるように、カラスから少しだけ距離を置いた。 けれど、カラスが苦しげな声を上げれば、結局すぐに駆け寄って、その柔らかな羽に触れてしまう。

 看病をすればするほど、情が湧いていく。 情が湧けば湧くほど、手放す時が怖くなる。 僕は、目に見えない「情愛」という名の檻を、自分自身とこの鳥の周りに作り上げているようだった。
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