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第1章
第14話:別れの決意
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さらに数日が経過した。古びた医学書の知識を頼りに施した、僕の稚拙で必死な看病が功を奏したのだろうか。鴉の傷は、驚くべき速度で塞がっていった。
慎重に添え木を外してみれば、一度は無残に折れ曲がっていた右翼は、今や力強く本来の曲線を取り戻している。鴉は時折、埃の舞う書庫の机の上で、バサリと大きく翼を広げるようになった。それはまるで、自らの内に眠る空への本能を、一刻も早く解き放とうと準備を始めているかのようだった。
「……もう、大丈夫そうだね。本当に、よかった」
僕は窓辺に腰を下ろし、陽光を浴びて艶やかに輝く鴉の姿を静かに眺めていた。
羽根の黒い輝きは濡れたように美しく戻り、以前は混濁していた瞳には、外界を射抜くような鋭い光が宿っている。
理解していたはずだ。この子は、境界のない空を領地とする住人なのだ。陽の光も届かぬ、カビと埃にまみれた書庫に閉じ込めておくべき命ではない。
今なら、まだ間に合う。
この子が完全に僕に懐き、野生を忘れてしまう前に。
そして、僕の心が、この温かな「隣人」なしでは一歩も前に進めなくなってしまう前に。
「……行こうか。君のいるべき場所へ」
僕は、千切れそうなほど震える腕を伸ばし、鴉をそっと抱き上げた。
鴉は不思議そうに賢しげな首を傾げ、僕の瞳をじっと覗き込んでくる。その無垢で純粋な瞳に見つめられるたび、心の奥底で固めたはずの決意が、脆くも崩れ去りそうになる。
『行かないで。僕を、また独りにしないで』
喉の奥までせり上がってきた卑怯な嘆願を、僕は奥歯を噛み締めて強引に飲み込んだ。
僕は、あの日にすべてが始まった、あの窓を再び開け放った。ひんやりとした冬の終わりの外気が、停滞していた書庫の澱んだ空気を容赦なくかき回す。
「ほら、お前の世界だよ。……もう二度と、こんな塔の近くで怪我しちゃダメだよ」
僕は、自分の体の一部を外に出さないよう細心の注意を払いながら、窓枠の外の虚空へと腕を差し出した。
鴉は一瞬、僕の手のひらを離れるのを躊躇うように、鋭い爪を僕の粗末な袖にぐっと立てた。布越しに伝わるその微かな重みさえ、僕には愛おしくてたまらなかった。けれど、開かれた空から吹き込む自由な風が、鴉の羽根を優しく撫で、空へと誘う。
やがて鴉は、決したようにその翼を大きく、最大まで広げた。
バサッ――。
鼓膜を叩く力強い羽ばたきの音。
鴉は僕の指先を力強く蹴り、青く澄み渡った空へと高く、高く舞い上がった。
冬の光に溶け込んでいく、一筋の黒い影。それは、一度も、ただの一度も振り返ることなく、自由を謳歌するように森の向こうへと消えていった。
「…………」
僕は窓枠を指が白くなるほど掴んだまま、その場に立ち尽くしていた。
腕の中に残っていた、あの確かな命の重みと熱が消え、そこにあるのは、空虚を撫でる冷たい風の感触だけ。
重い窓を閉めると、書庫は瞬く間に、以前よりもさらに酷く「死んだような静寂」に包み込まれた。
自分の肺が空気を吸い込み、吐き出す音だけが、不自然なほど大きく、耳障りに響く。
「……これで、いいんだ。これが、一番良かったんだ」
誰に聞かせるわけでもない独り言が、冷たい壁に跳ね返る。
悲しいけれど、これが正しい選択だ。自由な空を知る生き物を、僕の身勝手な孤独に付き合わせる権利なんて、最初から一欠片も持っていなかったのだから。
そう自分に言い聞かせ続け、僕は暗く沈んでいく部屋の隅で、膝を抱えて動けなくなった。
一分が一時間のように長く感じる、耐え難い夜。
明日からはまた、色を失った、僕一人の生活が戻ってくる。痛みとともに、すべてを諦める日々がまた始まるだけだ。
――そう、思っていたのに。
慎重に添え木を外してみれば、一度は無残に折れ曲がっていた右翼は、今や力強く本来の曲線を取り戻している。鴉は時折、埃の舞う書庫の机の上で、バサリと大きく翼を広げるようになった。それはまるで、自らの内に眠る空への本能を、一刻も早く解き放とうと準備を始めているかのようだった。
「……もう、大丈夫そうだね。本当に、よかった」
僕は窓辺に腰を下ろし、陽光を浴びて艶やかに輝く鴉の姿を静かに眺めていた。
羽根の黒い輝きは濡れたように美しく戻り、以前は混濁していた瞳には、外界を射抜くような鋭い光が宿っている。
理解していたはずだ。この子は、境界のない空を領地とする住人なのだ。陽の光も届かぬ、カビと埃にまみれた書庫に閉じ込めておくべき命ではない。
今なら、まだ間に合う。
この子が完全に僕に懐き、野生を忘れてしまう前に。
そして、僕の心が、この温かな「隣人」なしでは一歩も前に進めなくなってしまう前に。
「……行こうか。君のいるべき場所へ」
僕は、千切れそうなほど震える腕を伸ばし、鴉をそっと抱き上げた。
鴉は不思議そうに賢しげな首を傾げ、僕の瞳をじっと覗き込んでくる。その無垢で純粋な瞳に見つめられるたび、心の奥底で固めたはずの決意が、脆くも崩れ去りそうになる。
『行かないで。僕を、また独りにしないで』
喉の奥までせり上がってきた卑怯な嘆願を、僕は奥歯を噛み締めて強引に飲み込んだ。
僕は、あの日にすべてが始まった、あの窓を再び開け放った。ひんやりとした冬の終わりの外気が、停滞していた書庫の澱んだ空気を容赦なくかき回す。
「ほら、お前の世界だよ。……もう二度と、こんな塔の近くで怪我しちゃダメだよ」
僕は、自分の体の一部を外に出さないよう細心の注意を払いながら、窓枠の外の虚空へと腕を差し出した。
鴉は一瞬、僕の手のひらを離れるのを躊躇うように、鋭い爪を僕の粗末な袖にぐっと立てた。布越しに伝わるその微かな重みさえ、僕には愛おしくてたまらなかった。けれど、開かれた空から吹き込む自由な風が、鴉の羽根を優しく撫で、空へと誘う。
やがて鴉は、決したようにその翼を大きく、最大まで広げた。
バサッ――。
鼓膜を叩く力強い羽ばたきの音。
鴉は僕の指先を力強く蹴り、青く澄み渡った空へと高く、高く舞い上がった。
冬の光に溶け込んでいく、一筋の黒い影。それは、一度も、ただの一度も振り返ることなく、自由を謳歌するように森の向こうへと消えていった。
「…………」
僕は窓枠を指が白くなるほど掴んだまま、その場に立ち尽くしていた。
腕の中に残っていた、あの確かな命の重みと熱が消え、そこにあるのは、空虚を撫でる冷たい風の感触だけ。
重い窓を閉めると、書庫は瞬く間に、以前よりもさらに酷く「死んだような静寂」に包み込まれた。
自分の肺が空気を吸い込み、吐き出す音だけが、不自然なほど大きく、耳障りに響く。
「……これで、いいんだ。これが、一番良かったんだ」
誰に聞かせるわけでもない独り言が、冷たい壁に跳ね返る。
悲しいけれど、これが正しい選択だ。自由な空を知る生き物を、僕の身勝手な孤独に付き合わせる権利なんて、最初から一欠片も持っていなかったのだから。
そう自分に言い聞かせ続け、僕は暗く沈んでいく部屋の隅で、膝を抱えて動けなくなった。
一分が一時間のように長く感じる、耐え難い夜。
明日からはまた、色を失った、僕一人の生活が戻ってくる。痛みとともに、すべてを諦める日々がまた始まるだけだ。
――そう、思っていたのに。
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