虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第2章

第43話:違和感

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 それからも、俺はまるで取り憑かれたかのように、毎週欠かさずあの塔へと通い詰め、レリルと対話を重ねた。 

 どんな些細な食べ物が口に合うのか、陽の射さぬこの閉ざされた空間で、一体何を考え、どのようにして長い時間をやり過ごしているのか。一つ一つの、時に無遠慮で、時に不器用な俺の問いかけに対し、彼は初めのうちは酷く戸惑い、警戒していたものの、次第にその薄い唇を開き、凪いだ湖面のような静かさで答えてくれるようになっていった。

 だが、言葉を交わし、その魂の欠片に触れるたび、俺の中にある違和感は拭い去りようのないほど強固に、そして巨大に膨れ上がっていった。 

 凄惨な戦場で対峙し、あるいは王都の喧騒の中で醜聞として耳にしていた「大魔導師レリル」という男は、己の才に溺れて傲慢を極め、他人の命を道端の石ころほどにも思わぬ、冷酷非道な化け物だったはずだ。

 だが、今、俺の目の前で、小さな火に当たりながら穏やかに微笑むこの男は、あまりにも繊細で、驚くほど思慮深く、そして――触れれば粉々に砕けてしまいそうなほど、痛々しいまでに脆い。

(ひょっとして、これが……虚飾を剥ぎ取った、本来の彼の姿なのか……?)

 だが、彼が過去に犯したとされる数々の凶行を、ただの聞き間違いとして片付けるわけにもいかない。首輪を嵌める際、彼が虚ろな目で放ったあの「何も知らない」という言葉の真意。

 それが、処罰を免れるための卑劣な演技なのか、あるいは俺の想像も及ばぬ深い闇が潜んでいるのか。疑念のすべてを完全に拭い去ることは、この地の守護を任された領主としての立場が、どうしても許さなかった。

 そうして、胸の内に解消できぬ違和感の澱を抱えたまま、無情にも日々は淡々と過ぎ去り、ついに二度目の魔力搾取の刻限がやってきてしまった。 

 一ヶ月前、全身を弓のようにしならせ、逃げ場のない激痛に絶叫し、その端正な顔を苦悶に歪めていた彼の姿が、最悪の残像となって脳裏をよぎる。

 前回までは、それを「罪人への正当な義務」であり、彼自身の犯した罪への「不可避な償い」なのだと、冷徹に切り捨てることができた。だが、今はもう、その時とは俺の心が決定的に違っていた。 

 彼の存在を疎ましい大罪人ではなく、守るべき、そして大切にしたいと願い始めた今の俺にとって、この逞しい両手で、彼に身を切るような苦痛を直接与えるという行為は、自身の臓腑を素手で抉られるよりも、遥かに残酷で耐えがたい責め苦だった。

(……すまない。本当に、許してくれ。だが、これだけは、今の俺の力ではどうすることもできないんだ……)

 せめて、ほんの少しでも、彼の心身にかかる重荷を減らしたい。 

 俺は、罪人を括り付けるための冷たい石の祭壇ではなく、自ら運び込んだばかりの、柔らかな革張りのソファへと彼を座らせた。魔力を奪われ、空っぽになった身体がすぐに栄養を求められるよう、温かな食事の準備も万全に整える。

 魔力抽出の詠唱が終わり、その反動で糸が切れた人形のように気を失ったレリルの蒼白な顔を見て、俺の全身から血の気が一気に引いた。以前よりは、俺が持ち込んだ食材のおかげで僅かに血色が戻っていたとはいえ、閉じた瞼の下にあるその身体は、まだあまりにも細く、羽毛のように軽い。

「頼む、レリル。目を覚ましてくれ……! レリル!」

 祈るような、あるいは己の罪を許しを乞うような切実な思いで、俺は彼をこの太い腕の中に抱きかかえ、その意識が戻るのを必死に待ち続けた。 

 それから数秒か、あるいは数時間にも感じられる永劫の時間の後、彼はようやく微かに身じろぎし、意識を取り戻した。

 だが、その様子は明らかに異常だった。 

 彼は焦点の合わぬ目で虚空を見つめ、何かにひどく怯えるように身を震わせると、俺の顔を認識した瞬間に――言葉にならない悲鳴を上げ、まるで幼子のように大粒の涙を流して泣き出してしまったのだ。

 かつてのレリルなら、決して見せるはずのない、魂の深淵に触れた者の絶望的な泣き顔。 

 とてつもない罪悪感の荒波が俺の胸に押し寄せ、己の不甲斐なさと、彼を救い出せないこの世界の不条理さに、俺の心は無惨にも押し潰されそうになっていた。
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