虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第2章

第44話:反則の温もり

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 スープの器を片付けようと、わずかに腰を浮かせたその刹那。俺の思考は、文字通り凍りついた。 

 不意に、レリルのあの折れてしまいそうなほど細い腕が、俺の胴を回るようにして絡められたのだ。

「……っ!? れ、レリル……!?」

 驚愕のあまり、肺の中の空気が一気に吐き出される。抱きついてくるその腕の力は、あまりにも弱々しく、頼りない。厚い軍服越しに伝わってくるその細さに、俺の心臓は万力で締め上げられたような激痛と、どうしようもない熱を帯び始めた。 

 彼はそのまま、さっきまでの震えが嘘だったかのように、安らかな、それこそ全てを預けきったような無防備な顔をして、俺の胸の中で深い眠りに落ちてしまったのだ。

「…………それは、あまりにも反則だろうが……」

 静まり返った塔の部屋で、俺は空いた片手で顔を覆い、やるせなさと愛おしさに天を仰ぐしかなかった。 

 国を裏切った大罪人として厳重に監視し、魔力を搾取し続けるべき対象。だというのに、そんな男にこれほどまでに無防備に甘えられ、縋られ、寝顔を晒される。自分の中に渦巻く、単なる同情や庇護欲をとうに通り越した「愛おしさ」という、底なしの感情。俺はもう、それに抗う術を何一つ持ち合わせていなかった。

 俺は、壊れやすい硝子細工を扱うような手つきで、眠りに落ちたレリルを優しく抱き上げた。羽毛のように軽いその体を抱えたまま、一歩一歩踏みしめるようにして二階のベッドへと運び、柔らかいシーツの上へと横たえる。

 月明かりに照らされる彼の寝顔を、ただ黙って見つめていた、その時だった。不意に、ずしりと左肩に奇妙な重みを感じた。 

 驚いて視線を走らせれば、そこには驚くべき光景があった。これまで俺を敵視し、一歩も近づこうとしなかったあの黒い魔物――レイブンが、俺の肩に平然と乗り、あろうことか親愛の情を示すように、俺の頬にその鋭い嘴をそっと擦り寄せてきたのだ。

「……なんだ。貴様まで、俺を仲間だと認めるとでも言うのか。あんなに威嚇していたくせに……」

 不覚にも、ふっと自嘲気味な笑みが漏れた。言葉の通じぬ生意気な魔物だ。だが、この鳥も、主であるレリルがようやく安らぎを得たことを理解したのだろう。

「……レリルを、頼んだぞ。何かあれば、すぐに知らせろ」

 返るはずのない言葉を小さく独りごちて、俺は名残惜しさを振り払うように塔を後にした。 

 外に出た瞬間、極北の冷たい夜風が、火照りきった俺の顔に心地よく吹き抜けていく。そのあまりの清々しさに、馬へと向かう俺の足取りは、昨日までの重苦しさが嘘のように、どこまでも軽く、希望に満ちていた。
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