嘘つき王と影の騎士

篠雨

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第1章:氷の王座と、崩れゆく嘘

第4話:虚飾の回廊

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王宮の主廊下は、どこまでも白く、高い。

 磨き抜かれた大理石の床は鏡のようにセシルの姿を映し出し、天井から吊るされた巨大な水晶のシャンデリアが、不自然なほど明るい光を投げかけている。

 セシルは、重厚な正装に身を包んでいた。
 金糸で刺繍された重いマントは、その薄い肩を容赦なく圧迫する。蒼白な顔には、侍女たちの手によって精巧な化粧が施され、吐血の痕も、死相さえも完璧に隠されていた。
 
「……顔を上げてください、陛下。視線を落とせば、その精巧な塗り壁が剥がれてしまいますよ。」

 真後ろを歩くアルヴィスの、硬く冷たい声。
 彼は近衛騎士団長の制服に身を包み、腰に帯びた長剣の鞘が、一歩ごとにカチリ、カチリと冷徹な音を立てる。その音は、セシルに「王」であることを強いるメトロノームのようだった。

「わかっている……。大丈夫だ、アルヴィス。これくらい、慣れている」
 セシルは微笑を作った。鏡の前で何度も練習した、慈愛に満ちた、けれどどこか遠い場所を見つめているような「聖王」の微笑だ。

 回廊の窓からは、王立庭園が見える。
 そこには、昨夜セシルが命を削って咲かせた青い薔薇が、不気味なほど鮮やかに咲き乱れていた。この季節、この土地で咲くはずのない花。それは奇跡の証明であり、同時にセシルの命の残滓でもあった。

(……昔、ここはもっと……静かだった)

 ふと、セシルの脳裏に、色褪せた古い記憶がよみがえる。  呪術に手を染め、自らの命を薪にする前。まだ、積み上げた学問の先に、光り輝く国の未来があると無邪気に信じていた頃だ。
 十歳のセシルと十二歳のアルヴィスは、西日に照らされたこの回廊を、影を揺らしながら駆け抜けていた。

 『セシル、走りすぎです! 転んで膝を擦りむいたらどうするのですか!』

 『だってアルヴィス、新しい天文学の本が入ったんだよ。星の動きを読めば、きっと次の雨の時期だってわかるようになる。そうしたら、もう誰も飢えなくて済むかもしれないんだ』

 弾むような声。
 振り返った先には、いつも少し困ったように眉を下げた、少年時代のアルヴィスがいた。

 あの頃、アルヴィスはセシルの数歩後ろを走っていた。
 ただ、追い風に吹かれるセシルの背中を、眩しそうに見つめながら、同じ明日を夢見て隣を走っていた。

 当時の庭に咲く花はまばらで、今の「奇跡」が咲かせる狂い咲きの花々ほど鮮やかではなかった。
 けれど、石造りの回廊に差し込む太陽は、今の魔力によって無理やり引き出した光よりも、ずっと柔らかく、肌に触れる体温を心地よく暖めてくれた気がする。

 あの時、セシルが掴んでいたのは、古びた天文学の書物だった。
 けれど今、重いマントの下で震える指先に触れているのは、決して洗い流すことのできない、鉄の匂いがする呪いの残滓だけだ。

「陛下。……回想はやめてください。もうすぐ着きますよ。」

 アルヴィスの鋭い指摘に、セシルはハッとして息を整えた。
 背後にいる男には、自分の心音すら見透かされている。
 アルヴィスは一歩距離を詰め、セシルの耳元で囁くように告げた。

「これより先は、ハイエナどもの巣窟です。……貴方が少しでも隙を見せれば、奴らは貴方の喉元を食い破り、最後の一滴まで魔力を吸い上げようとするでしょう」

「……彼らも必死なんだ、アルヴィス。それを責めることはできない」

「必死なのは己の利権だけです。……行きますよ、セシル。私の腕を」

 アルヴィスが、無言で左腕を差し出した。
 公の場では「王を支える騎士」としての儀礼的な仕草だが、その指先がセシルの腕を掴む力は、逃亡を許さない番人のそれだった。

 セシルは、その逞しい腕に手を添えた。
 冷たいマントの下で、アルヴィスの体温だけが熱く、不快なほどに自分の存在を主張してくる。
 二人は、黄金の扉が待ち構える「謁見の間」へと足を踏み入れた。
 扉が開いた瞬間、ぶわりと押し寄せてきたのは、鼻を突くような香水の匂いと、欲望の熱気。

 
「「聖王陛下、万歳!!」」


 跪く臣下たちの唱和。

 その声を聞きながら、セシルは内側から崩壊していく肉体を必死に繋ぎ止め、玉座へと向かった。
 これから始まるのは、慈悲深い王という名の、地獄のような演技。

 傍らに立つアルヴィスだけが、セシルの足元の僅かな震えを、ただじっと見つめていた。
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