嘘つき王と影の騎士

篠雨

文字の大きさ
25 / 86
第1章:氷の王座と、崩れゆく嘘

第23話:英雄という名の偽善

しおりを挟む
セシルが追放された直後の王座の間。

 アルヴィスは、主を失ったがらんとした空間で、魂が抜けたように立ち尽くしていた。

 もはや自分を繋ぎ止めるものは何もない。今すぐ剣を抜き、この城にいる者すべてを斬り捨てて、自分も死のうか——そんな暗い思考が脳裏をよぎった時だった。

「……大丈夫……ですか?」

 聞き慣れない、若々しい声が背後からかかった。

 振り返ると、そこには見慣れぬ意匠の衣服を纏った少年が立っていた。しなやかに鍛えられた身体、そして「主人公」としての輝きを放つ瞳。彼こそが、あの大轟音とともに召喚され、セシルを玉座から引き摺り下ろした「新たな英雄」、レオであった。

 レオは、目の前で絶望に暮れるアルヴィスをじっと見つめた。

 泥と返り血に汚れ、しかし隠しきれない気品と、壊れそうなほど危うい色気を放つ騎士。レオは、アルヴィスの圧倒的な存在感に、一瞬で心を奪われた。

(……綺麗な人。この人を、僕が救い出してあげなきゃ。僕なら、この絶望した英雄を笑顔にしてあげられるはずだ)

 そんな歪んだ救済心が、レオの瞳には宿っていた。

「貴方が、この国の最強の騎士様……ですよね? セシルさんのことは、僕も聞きました。でも、あんな効率の悪い呪術で国をすり減らすより、僕の力で救う方が、みんなが幸せになれる。僕ならこの国を、貴方を救える。みて! この草も花も僕のおかげで元気になったんだ! すごいでしょう?」

 レオが足元の石畳を指差すと、そこには本来生えるはずのない色鮮やかな花々が、不自然なまでの生命力で咲き乱れていた。

「これからは僕がこの国を支えます。貴方も、僕と一緒に新しい国を作っていきましょう?」

 ――すごいでしょう?

 その無邪気な、現代的な価値観に満ちた問いかけが、アルヴィスの鼓膜を突き破り、心をズタズタに切り裂いた。セシルがその身を焼き、爪が剥がれるまで祈り続けて守ってきたこの国を、この少年はゲームのスコアでも競うかのような軽々しさで「非効率」と切り捨てたのだ。

 レオの手がアルヴィスに触れる直前、刺すような殺気が噴出した。

「……触るな」

 地を這うような低い声。アルヴィスは、レオの手を撥ねのけることさえせず、ただその瞳だけで少年を射抜いた。

「救うだと? お前のような、出どころも知れぬ小僧に……セシルの、あの方の何がわかる!!」

「ち、違う、僕はただ、良かれと思って……!」

 アルヴィスの怒号に、レオは思わず一歩後ずさった。英雄として持て囃され、誰もが自分に縋り付いてくると思っていたレオにとって、これほどの拒絶は人生で初めてだった。

「……ああ、そうか」

 アルヴィスの中から、何かが完全に死んだ。

「すごいな。……確かにな。あの方が死に物狂いで守ってきたものを、貴様は一瞬で上書きした。……見事だよ、勇者様。だが、俺は貴様と一緒に歩むつもりはない。……この花も、この国も、俺には死臭がしてたまらないんだ」

 アルヴィスはふらりと立ち上がり、出口へと歩き出す。

「アルヴィス卿! どこへ行く! 騎士団長としての義務を忘れたか!」

 背後から飛んできたバルトロの怒声を、アルヴィスは乾いた笑いで撥ね退けた。

「黙れ。……こんな、恩知らずな連中の集まりなど、もうどうでもいい。義務だと? ……そんなものは、あの方が追放された瞬間に、この国の泥水に捨ててきたよ。お前たちが陛下と呼ぶあの方は、この国のためにすべてを捧げた! それを、力がなくなった途端にゴミのように捨て、代わりの『おもちゃ』が来たからと、よくもまあそんな反吐が出るような笑顔でいられるものだ!」

 アルヴィスは、腰の剣から騎士団長の証である房飾りを引き千切り、バルトロたちの足元に投げ捨てた。レオの困惑した顔など、もはや視界に入っていない。

「俺は、あの方を追う。……待っていてください、セシル」

 一度も振り返ることなく、アルヴィスは呪われた王城を後にした。降り始めた雨が、彼の中に残った最後の「騎士」の残滓を洗い流していくようだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。

黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。 ※このお話だけでも読める内容ですが、 同じくアルファポリスさんで公開しております 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 と合わせて読んでいただけると、 10倍くらい楽しんでいただけると思います。 同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。 魔法と剣で戦う世界のお話。 幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、 魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、 家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。 魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、 「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、 二人で剣の特訓を始めたが、 その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・ これは病気か!? 持病があっても騎士団に入団できるのか!? と不安になるラルフ。 ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!? ツッコミどころの多い攻めと、 謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの 異世界ラブコメBLです。 健全な全年齢です。笑 マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。 よろしくお願いします!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

死に戻り騎士は愛のために願う 〜10回だけの奇跡〜

湯川岳
BL
「一生苦しむがいい。その呪いは俺からのプレゼントだ」 幼い頃に出会った友から呪いを貰ってしまったユーリ。 時は流れ、シューベルト家次男のアルトを追って騎士団に入隊をし、副団長まで上り詰めたユーリ。 毎日アルトの世話をしていく内に心惹かれていく。 「キスしてみろよ。それでオレが嫌じゃなければ……考えてやってもいい」 ユーリはアルトに口付けをする。そして呪いがこの時を待っていたかのように発動してしまった。 意識が乗っ取られ、目を覚ませばそこにあったはずの幸せは鮮やかな赤で染まっていた。 その日を境に始まったのは、暗くて長い道のりだった。 ※アルト編、ユーリ編。どちらから先に読まれても大丈夫です。 エンディング異なります。それもお楽しみ頂けたら幸いです。 ※最後はハッピーエンド確定。4話までだいぶ暗めの話なので苦手な方はお気をつけ下さい。 ※タイトル変えてみました。 旧:死に戻り騎士の願い 表紙素材:ぱくたそ

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

昨日の自分にサヨナラ

林 業
BL
毎晩会えるだけで幸せだった。 いつか一緒に過ごせたらと夢を見る。 目が覚めれば現実は残酷だと思い知る。 隣に貴方がいればそれだけでいいのにと願う。

『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。
BL
聖クロノア学院で、記憶と感情が静かに交差する。 「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」 記憶を失ったベータの少年・ユリス。 彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオンだった。 封じられた記憶。 拭いきれない心の傷。 噛み合わない言葉と、すれ違う想い。 謎に包まれた聖クロノア学院のなかで、 ふたりの距離は、近づいては揺れ、また離れていく。 触れたいのに、触れられない。 心を開けば、過去が崩れてしまう。 それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。 ――やがて、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。 過去と向き合い、誰かと繋がることでしか見えない未来がある。 許し、選びなおし、そしてささやかな祈り。 孤独だった少年たちは、いつしか「願い」を知っていく。 これは、ふたりの愛の物語であると同時に、 誰かの傷が、誰かの救いへと変わっていく物語。 運命に抗うのは、誰か。 未来を選ぶのは、誰なのか。 優しさと痛みが交差する場所で、物語は紡がれる。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

処理中です...