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第2章:献身と解凍
第27話:茨の隠れ家
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どれほどの時間が経っただろうか。
意識の表層をなぞるように、絶え間なく続く馬の蹄の音と、身体を叩く激しい風の音、そして自分を抱きしめる腕の、痛いほどの強さだけをセシルは感じていた。
再び意識が覚醒の兆しを見せたとき、セシルの鼻腔を突いたのは、荒野の凍てつく雪の匂いではなかった。
乾燥した薪が燃える匂い。古い石造りの壁が放つ冷気と、それを打ち消そうとする薬草の、どこか鼻を突くような鋭くも懐かしい香り。
「……あ、……ぁ」
セシルは、焼けるような喉の痛みで声を漏らした。
身体が、内側から燃え上がるように熱い。雪山で芯まで冷え切った反動だろうか。あるいは、かつて嘘のために呪術を酷使し続けた「器」が、急激な環境の変化に耐えきれず悲鳴を上げているのか。凄まじい高熱が、セシルの意識を再び闇へと引きずり戻そうと渦巻いていた。
「気がつきましたか。……まだ、動かないで」
枕元から、低く、湿り気を帯びた声がした。
セシルが焦点の定まらない瞳を向けると、そこには、寝台のすぐ傍らに座り込み、血走った目で自分を見つめるアルヴィスの姿があった。
彼は騎士の甲冑を脱ぎ捨て、黒いシャツ一枚になっていた。その眼窩は深く落ち込み、目の下には濃い隈が浮き出ている。王都を飛び出し、雪山を越え、ここへ辿り着くまでの間、一秒たりとも眠っていないのは明らかだった。
「アル……ヴィス……。ここは……どこ、だ……」
「俺の、隠れ家です」
アルヴィスは短く答え、固く絞った濡れ布をセシルの熱い額に当てた。
ここは、ラインハルト公爵家がかつて狩猟用の別邸として使っていたという、人里離れた深い森の奥にある古い小屋だった。地図からも消え、アルヴィス以外に知る者はいない。
「ここは安全だ。バルトロも、あの転移者の小僧も……あなたを食い潰そうとする民も、誰もここへは来られない。あなたを傷つけ、利用するものは、ここには何一つ存在しない」
アルヴィスの言葉は穏やかだったが、その瞳の奥には、セシルを外界から完全に断絶し、自分だけのものにしようとする、粘りつくような執着が沈んでいた。
彼は、熱に浮かされるセシルの、今にも折れそうなほど細い手を握りしめた。その掌の熱さに、セシルは思わず身震いする。
「貴方は、もう自由です、セシル。……私が、あなたを世界から隠して差し上げます。誰も貴方の名を呼ばず、誰も貴方に祈らない。ただ俺だけが、貴方とともにあり、貴方の世話をする。……いいですね?」
「……そんな、こと……許される、はずが……」
「許す、許さないを、もう貴方が決める必要はない」
アルヴィスは、セシルの言葉を拒絶するように、その手を自身の頬に強く押し当てた。
騎士としての忠誠心は、すでにこの隠れ家の外に捨ててきたのだ。
ここにいるのは、最も敬愛する人を救い出すという名目で、略奪を完遂した一人の狂信者だった。
「死ぬことも、王に戻ることも、俺が許さない。貴方はここで、ただ俺に身を任せ、息をしていればいいんだ……」
介抱という名の支配。
アルヴィスが注ぎ込む献身は、あまりに重く、昏い情念に満ちていた。
セシルは、再び高熱の波に飲まれ意識を失う直前、自分を繋ぎ止めるアルヴィスの手の熱さだけを、逃げ場のない呪縛のように感じていた。
意識の表層をなぞるように、絶え間なく続く馬の蹄の音と、身体を叩く激しい風の音、そして自分を抱きしめる腕の、痛いほどの強さだけをセシルは感じていた。
再び意識が覚醒の兆しを見せたとき、セシルの鼻腔を突いたのは、荒野の凍てつく雪の匂いではなかった。
乾燥した薪が燃える匂い。古い石造りの壁が放つ冷気と、それを打ち消そうとする薬草の、どこか鼻を突くような鋭くも懐かしい香り。
「……あ、……ぁ」
セシルは、焼けるような喉の痛みで声を漏らした。
身体が、内側から燃え上がるように熱い。雪山で芯まで冷え切った反動だろうか。あるいは、かつて嘘のために呪術を酷使し続けた「器」が、急激な環境の変化に耐えきれず悲鳴を上げているのか。凄まじい高熱が、セシルの意識を再び闇へと引きずり戻そうと渦巻いていた。
「気がつきましたか。……まだ、動かないで」
枕元から、低く、湿り気を帯びた声がした。
セシルが焦点の定まらない瞳を向けると、そこには、寝台のすぐ傍らに座り込み、血走った目で自分を見つめるアルヴィスの姿があった。
彼は騎士の甲冑を脱ぎ捨て、黒いシャツ一枚になっていた。その眼窩は深く落ち込み、目の下には濃い隈が浮き出ている。王都を飛び出し、雪山を越え、ここへ辿り着くまでの間、一秒たりとも眠っていないのは明らかだった。
「アル……ヴィス……。ここは……どこ、だ……」
「俺の、隠れ家です」
アルヴィスは短く答え、固く絞った濡れ布をセシルの熱い額に当てた。
ここは、ラインハルト公爵家がかつて狩猟用の別邸として使っていたという、人里離れた深い森の奥にある古い小屋だった。地図からも消え、アルヴィス以外に知る者はいない。
「ここは安全だ。バルトロも、あの転移者の小僧も……あなたを食い潰そうとする民も、誰もここへは来られない。あなたを傷つけ、利用するものは、ここには何一つ存在しない」
アルヴィスの言葉は穏やかだったが、その瞳の奥には、セシルを外界から完全に断絶し、自分だけのものにしようとする、粘りつくような執着が沈んでいた。
彼は、熱に浮かされるセシルの、今にも折れそうなほど細い手を握りしめた。その掌の熱さに、セシルは思わず身震いする。
「貴方は、もう自由です、セシル。……私が、あなたを世界から隠して差し上げます。誰も貴方の名を呼ばず、誰も貴方に祈らない。ただ俺だけが、貴方とともにあり、貴方の世話をする。……いいですね?」
「……そんな、こと……許される、はずが……」
「許す、許さないを、もう貴方が決める必要はない」
アルヴィスは、セシルの言葉を拒絶するように、その手を自身の頬に強く押し当てた。
騎士としての忠誠心は、すでにこの隠れ家の外に捨ててきたのだ。
ここにいるのは、最も敬愛する人を救い出すという名目で、略奪を完遂した一人の狂信者だった。
「死ぬことも、王に戻ることも、俺が許さない。貴方はここで、ただ俺に身を任せ、息をしていればいいんだ……」
介抱という名の支配。
アルヴィスが注ぎ込む献身は、あまりに重く、昏い情念に満ちていた。
セシルは、再び高熱の波に飲まれ意識を失う直前、自分を繋ぎ止めるアルヴィスの手の熱さだけを、逃げ場のない呪縛のように感じていた。
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