嘘つき王と影の騎士

篠雨

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第2章:献身と解凍

第38話:熱の独占

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 暗闇の中で視覚が奪われる分、他の感覚が研ぎ澄まされていく。
 背後から回されたアルヴィスの腕は、丸太のように太く、重い。セシルの細い腹部を容易く跨ぎ、逃げ場を完全に塞いでいる。
 それはかつて、戦場からセシルを守り抜くために振るわれた、頼もしい「盾」のような腕だったはずだ。だが、今はセシルをこの寝台に、そしてアルヴィスという存在に釘付けにするための「檻」のようでもあった。

「……アルヴィス、苦しい。……少し、緩めてくれ……」

 セシルは掠れた声で嘆願した。だが、アルヴィスは答える代わりに、首筋に顔を埋め、深く、深く息を吸い込んだ。まるで、セシルの皮膚から立ち上る僅かな体温さえも、すべて自分のものだと主張するかのように。

「苦しいのは、生きている証拠ですよ、セシル。……あの雪山で止まりかけていた貴方の鼓動が、こうして私の腕の中で速まっている。……それがどれほど私を安堵させるか、お分かりですか?」

 アルヴィスの言葉に伴い、腕にさらにミシリと力がこもる。
 騎士としての鍛錬を積んだアルヴィスの肉体は、二十年分の呪術に蝕まれ、限界を迎えている今のセシルにとっては、あまりに暴力的で、圧倒的だ。
 抵抗しようと身体を捩っても、アルヴィスはびくともしない。むしろ、その無意味な足掻きを愛おしむかのように、さらに深くセシルを自分の懐へと引き寄せた。

「離して、と言ったはずだ……。これは、騎士のすることでは……っ」 

「騎士、騎士、と……。まだそんな、貴方を『偽物』だと切り捨てた国の肩書きに、貴方を縛り付けるのですか」

 アルヴィスの低い声が、激しい憤りを含んで耳朶を打った。
 アルヴィスはセシルの肩を強引に掴んで仰向けにさせると、そのまま覆い被さるようにして、逃げ場を完全に奪った。
 暗闇の中でも、アルヴィスの瞳が鈍い光を放っているのが分かる。それは執愛に焼かれた男の瞳だ。

「私が貴方を連れ出したのは、騎士の義務だからではない。……貴方が、私のセシルだからだ。国のためでも、王を守るためでもない。魔力がどうとか、真偽がどうとか、そんなことはどうでもいい。私の腕の中で震える、ただの一人の人間として、貴方を私の熱で満たすためだ」

 アルヴィスの大きな掌が、セシルの両手首を頭上で一つにまとめ、寝具に押し付けた。
 力でねじ伏せられる、という感覚。
 聖王であった頃なら、決して許されなかったはずの無礼。けれど、今のセシルは「嘘つき」として王座を追われ、脇腹に刻まれた本物の呪術の痕跡だけを抱えた無力な存在であり、アルヴィスの手の中にしか居場所がない。

「……ひどい。……貴方は、ひどい男だ……」

「ええ、構いません。……ですが、そう口にしながらも、貴方の身体は私の熱を求めている。違いますか?」

 アルヴィスが、空いた方の手でセシルの頬をなぞる。その指先は、世界中に嘘つきと呼ばれても自分だけは彼を信じ、慈しむという、狂信的な敬愛に震えていた。
 恐ろしい。これほどまでに支配されることが。

 だが、否定できなかった。
 アルヴィスに押し潰されるような重み。規則正しく、力強く打つ心音。それが、二十年間孤独に呪いを引き受け続けてきたセシルの冷えた心に、麻薬のような安らぎを与えていた。

 セシルは力を抜き、ただアルヴィスの腕の中で、その巨大な熱量に身を任せるしかなかった。


___________________________________

2025.12.23追記

16話から23話のセリフ等を一部変更致しました。

先のストーリーに影響は余りありません。
よろしくお願いいたします。
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