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第2章:献身と解凍
第42話:悔恨の熾火
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セシルがその腕の中で、泥のような深い眠りに落ちたのを見届けた後。アルヴィスもまた、己の意識を休めようと目を閉じた。だが、微かな寝息を立てるセシルの体温を感じた瞬間、脳裏にふと、忌まわしい過去の断片がよぎった。
一度こびりついた記憶は、振り払おうとするほどに鮮明さを増し、アルヴィスの意識を覚醒させていく。到底、眠りにつけるような心境ではなくなった彼は、静かに寝具を抜け出し、一階の暖炉の前へと移動した。
暖炉の中で爆ぜる薪の音が、まるでアルヴィスの罪を糾弾する鳴り止まぬ鐘のように、静まり返った広間に響き渡る。
わずか一週間だった。
王都周辺に出没した魔物を退治するため、アルヴィスが騎士団を率いて出陣した期間。あの日、呪術による代行でボロボロになりながら、それでも「王の仕事」だと繰り返すセシルに対し、アルヴィスは行き場のない絶望に狂っていた。
『……分かった。……頭を冷やしてくる。……陛下、御身を大切に。私が戻るまで、その「大切な国」と心中でもしているがいい』
それは、忠誠を誓った騎士が口にしてはならない、最悪の呪いだった。
心中してしまえ――。自暴自棄になって投げつけたその言葉を最後の一瞥として背を向けた、あの一週間。その間に、セシルの十二年を壊すには十分すぎるほどの惨劇が起きた。
アルヴィスが魔物を斬り伏せていた空白に、異世界からの転移者は王宮の奥底へと入り込み、セシルが自身の肉体を削って肩代わりしてきた献身を「欺瞞」だと塗り潰した。魔力という奇跡の嘘を暴いたと称し、セシルが身を削って引き受けてきた本物の呪術の傷跡までも、「聖王を演じるための自称」だと貶めたのだ。
アルヴィスが王都へ戻ったとき、すべては手遅れだった。
あの日、心中しろと突き放した主は、心中することさえ許されず、魔力を失った「嘘つき」として、冷たい石の床の上で泥を投げつけられていた。
「……くそっ……!」
握りしめた拳の爪が手のひらに食い込み、嫌な肉の感触と共に血が滲み出す。だが、この程度の痛みでは、胸の奥でドロドロと渦巻く自己嫌悪を何一つ紛らわせることはできない。
なぜ、あんな言葉を遺して側にいなかったのか。
「心中してしまえ」などという呪いを吐かなければ、誰一人として、セシルの衣の裾にさえ触れさせなかった。彼を「不要」と断じたバルトロの喉を、即座にこの剣で掻き切っていただろう。あんなに彼を惨めな思いにさせ、その清らかな魂を傷つけた「アドレアン」という国そのものを、更地に変えてもよかったのだ。
だが、現実は違った。
一週間ぶりに目にしたセシルは、雪山で独り、死を待つだけの凍えた抜け殻となっていた。
その姿を見るたび、アルヴィスの心は「無能な自分」への殺意で焼き尽くされる。
(私は、本当に彼を救えているのか……?)
王宮という檻から連れ出した。だが、今のセシルはどうだ。
あの日、「陛下」と突き放して去った自分への罰のように、今は「セシル」と名を呼び、彼から自由と自尊心を奪い、自分という守護者に依存するだけの無力な存在へと塗りつぶしている。
(愛している、セシル。この命さえ、惜しくはないというのに。……貴方を救っているこの手が、誰よりも貴方を壊している気がしてならない)
あの日、捨て台詞のように残した一週間の不在。それが最愛の人の人生を台無しにした。
だからこそ、今は「私の隣にいろ」と執拗な呪縛をかける。この男のすべてを管理し、己の介助なしでは呼吸すら忘れてしまうほどに弱らせ、繋ぎ止めることで、自分の罪を贖い続けるしかないのだ。たとえそれが、独りよがりの愛であったとしても。
パチリ、と薪が大きく跳ねた。
背後で、弱々しく自身の名を呼ぶ声が聞こえた。
「心中しろ」と言われて置き去りにされたあの日から、もう二度と独りになることを耐えられなくなった、あまりに脆い「人間」の声。
——その声が、今の自分の罪深さと、歪んだ救済の形を暴き立てるようで、アルヴィスは振り向くことさえ躊躇われた。
一度こびりついた記憶は、振り払おうとするほどに鮮明さを増し、アルヴィスの意識を覚醒させていく。到底、眠りにつけるような心境ではなくなった彼は、静かに寝具を抜け出し、一階の暖炉の前へと移動した。
暖炉の中で爆ぜる薪の音が、まるでアルヴィスの罪を糾弾する鳴り止まぬ鐘のように、静まり返った広間に響き渡る。
わずか一週間だった。
王都周辺に出没した魔物を退治するため、アルヴィスが騎士団を率いて出陣した期間。あの日、呪術による代行でボロボロになりながら、それでも「王の仕事」だと繰り返すセシルに対し、アルヴィスは行き場のない絶望に狂っていた。
『……分かった。……頭を冷やしてくる。……陛下、御身を大切に。私が戻るまで、その「大切な国」と心中でもしているがいい』
それは、忠誠を誓った騎士が口にしてはならない、最悪の呪いだった。
心中してしまえ――。自暴自棄になって投げつけたその言葉を最後の一瞥として背を向けた、あの一週間。その間に、セシルの十二年を壊すには十分すぎるほどの惨劇が起きた。
アルヴィスが魔物を斬り伏せていた空白に、異世界からの転移者は王宮の奥底へと入り込み、セシルが自身の肉体を削って肩代わりしてきた献身を「欺瞞」だと塗り潰した。魔力という奇跡の嘘を暴いたと称し、セシルが身を削って引き受けてきた本物の呪術の傷跡までも、「聖王を演じるための自称」だと貶めたのだ。
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なぜ、あんな言葉を遺して側にいなかったのか。
「心中してしまえ」などという呪いを吐かなければ、誰一人として、セシルの衣の裾にさえ触れさせなかった。彼を「不要」と断じたバルトロの喉を、即座にこの剣で掻き切っていただろう。あんなに彼を惨めな思いにさせ、その清らかな魂を傷つけた「アドレアン」という国そのものを、更地に変えてもよかったのだ。
だが、現実は違った。
一週間ぶりに目にしたセシルは、雪山で独り、死を待つだけの凍えた抜け殻となっていた。
その姿を見るたび、アルヴィスの心は「無能な自分」への殺意で焼き尽くされる。
(私は、本当に彼を救えているのか……?)
王宮という檻から連れ出した。だが、今のセシルはどうだ。
あの日、「陛下」と突き放して去った自分への罰のように、今は「セシル」と名を呼び、彼から自由と自尊心を奪い、自分という守護者に依存するだけの無力な存在へと塗りつぶしている。
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