嘘つき王と影の騎士

篠雨

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第2章:献身と解凍

第43話:擦れ違う視線

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「……アル、ヴィス?」

 石壁に爪を立て、這いずるようにしてたどり着いた一階。絞り出すようなセシルの声に、暖炉の前で座り込んでいた男の肩が、びくりと大きく跳ねた。

 ゆっくりと、まるで錆びついた機械のように振り返ったアルヴィスの瞳を正面から捉えた瞬間、セシルは喉の奥が凍りつくような感覚に襲われた。
 そこには、数時間前まで寝台でセシルを抱きしめ、熱い吐息を漏らしていた時の甘い熱情など、欠片も残っていなかった。

 炎に照らされたアルヴィスの目は血走り、何か恐ろしい地獄の底でも見つめているかのように、激しい殺意と後悔に濁っている。そのあまりに険しい——他人であれば、一瞥されただけで命を削られるような暴力的な表情に、セシルは自分が不用意に、彼の内なる聖域へと踏み込んでしまったことを悟り、身をすくませた。

(……ああ、やっぱり、そうなんだ)

 心臓を冷たい手が握りつぶすような衝撃が走る。
 彼は、後悔しているのだ。
 魔力を失った「嘘つき」だと罵られ、王でも神でもなくなった、ただの「無力な肉の塊」でしかない男を連れてきてしまったことを。
 本来なら騎士団長として、あるいは自由な一人の男として、輝かしい未来を歩めるはずの彼が、こんな森の奥で、自力で歩くことさえままならない男の世話に明け暮れている。

 先ほどアルヴィスが見せていた、あの暗く重い背中。それは、セシルという名の「重荷」に耐えかね、己の選択を呪っている証拠に他ならない。

「……すまない。……私の、せいだね」

 セシルは震える手で、肩にかけられていたアルヴィスの上着を握りしめた。
 彼の体温が残るこの布さえ、今の自分には過分な贅沢に思えて、いたたまれなくなる。セシルは力が入らない足で、それでも床を擦りながら、彼との距離を詰めようとした。

「君ほどの男が、こんな場所で私の……こんな、呪い汚れ、使い物にならなくなった男の世話をして一生を終えるなんて。……君がそんなに暗い顔をするのは、私が君の『お荷物』だからだろう? ……分かっているんだ。君は、本当は私を助けなければよかったと……心底、そう思っているんだろう?」

 一度口をついて出た卑屈な言葉は、泥沼のように止まらなかった。
 二十年間、奇跡を絞り出すための「器」として扱われ、最後にはゴミのように捨てられたセシルにとって、自分が愛される価値など一滴も残っていないという確信は、何よりも揺るぎない「真実」だった。その真実が、冷たい毒となって彼の唇を動かしていく。

「君が私を連れ出したのは……ただの騎士としての惰性か、あるいは憐れみだろう。けれど、もう十分だ。……これ以上、君の人生を私のために浪費しなくていい。この惨めな私を見て、君が私を疎ましく、目障りに思っていることくらい、私にだって……」

 セシルはアルヴィスの視線から逃げるように視線を床に落とし、自分の膝を抱えて小さく震えた。
 言葉を重ねるほど、胸が締め付けられ、息が詰まる。

 アルヴィスが「そうだ、その通りだ」と冷酷に告げ、あの日一週間の遠征に発った時のように、今度こそ自分を永遠に突き放すのを。セシルは半分は恐怖し、そしてもう半分は、それが当然の報いであるとして、心底から期待していた。

 自分のような、神にも国にも否定された男には、アルヴィスの温かい腕よりも、凍えるような拒絶の方が、よほどお似合いだとさえ思っていた。
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