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四十五話〜焦燥感〜
しおりを挟む数日前ーー
「ユーリウス、折り入って君に頼みがあるんだ」
仕事終わりにアンセイムから呼び止められた。
「何でしょうか?」
「君の奥方であるエレノラ嬢を今度お茶に招待したいんだが、夫である君に許可を貰いたい」
「っ……」
まさかこうも大胆な行動に出るとは正直驚いたが、無論それを態度に出す事はせず澄ました顔をする。
「それは二人きりでという事ですか?」
「おや、ダメかい?」
「流石に容認出来ません」
「てっきりユーリウスはエレノラ嬢を嫌っているから、快く承諾してくれるものだと思ったよ」
意外だと言わんばかりにアンセイムは眉を上げる。
「……私は殿下の心配をしているんです。既婚女性と二人きりでお茶をしたなどと噂が立てば、殿下の名誉に傷がつき兼ねません」
「なるほど、それは一理ある。主人想いの配下を持てて私は嬉しいよ」
納得した様子のアンセイムを見て、何故か安堵する自分がいた。
「そうだ、それなら夫婦で参加したらいい。後、フラヴィ嬢も招待して四人なら問題はない筈だ」
「何故、フラヴィ嬢を」
「以前話しただろう? 彼女との仲を取り持つと。良い機会だと思わないかい?」
突拍子もない提案にユーリウスは流石に呆気に取られた。だがそんなユーリウスを他所に、アンセイムは勝手に話を進める。
「日程が決まったら、改めて招待状を送ろう」
拒否をしたいが、正当な理由がない限り王太子からのお茶の席を辞退するなど不敬になる。
「承知しました」
内心苛つきながらもユーリウスは快諾をした。
最悪なタイミングだ。
昨夜、ヨーゼフから報告を受けたばかりで、昨日の今日でこれだ。
ヨーゼフからの報告内容はーー
昼間、エレノラと街へ出掛けたが途中見失ってしまい、ようやく彼女を見つけた場所は街外れの小さな診療所だった。だがそこにはエレノラだけでなくアンセイムの姿もあり、会話までは聞き取れなかったが二人は仲睦まじい様子でお茶をしていた。
その後、診療所の主人と思われる人物が加わり終始楽しげにしていた。
更に小屋の外に出てきたエレノラを追うようにアンセイムが出てくると、差し出された手を彼女は笑顔で取ったという。
要するに、逢瀬をしていたという事だ。
(いつの間にそんな仲になったんだ)
その話を聞いて激しく動揺をした。
以前アンセイムから受けた提案が頭を過り、彼が本気なのだと分からされた。
そしてエレノラも満更ではないのだろう。
(私を、捨てるつもりなのか……)
何故そんな風に思うのだろう。
普通に考えれば、捨てられるのエレノラの方だ、自分じゃない。あり得ないだろう。
そうだ、あり得ない。寧ろあの芋娘をアンセイムに押し付けて、自分は晴れてフラヴィと結婚出来る。それ以上でもそれ以下でもない。
一度フラヴィから拒否された事が気掛かりではあるが、彼女との関係は今も昔も良好であり結婚さえしてしまえばどうとでもなるだろう。
(私に相応しい女性はフラヴィのような淑女であり、あんな芋娘などでは……ない)
そう思うのに、胸が痛むのは何故なのだろう。
そして今日、アンセイムからお茶会の申し出を受けた。きっと彼からの招待にエレノラは喜び、あのすみれ色の瞳を細めて朗らかに笑うだろう。
(だから、何なんだ。私には関係ない……)
それから毎日、ユーリウスは仕事が終わると直ぐに屋敷に帰宅した。そしてエレノラと顔を合わせる度に「今日は何をしていた?」と気付けば聞いていた。
その後のヨーゼフの報告では、エレノラはこの数日毎日街へ行き馬車を降りて程なくすると必ず姿を暗ましている。行き先は聞くまでもない、例の診療所だ。
だが初日以降アンセイムの姿は見ていないと話していた。まあ当然だ。彼はこの数日、ユーリウスと仕事をしていたのだからそんな暇はなかった。暫くは仕事が立て込んでいる故、人目を盗んで外出も出来ない筈だ。
そんな中で、いつ来るかも分からないアンセイムをエレノラはあの診療所で待ち続けている。愛しい男が来るのをーー
毎日、顔を合わせお茶をしているのにエレノラはアンセイムと会った事を言おうとしなかった。それは、仮に身体の関係がなくとも疾しい気持ちがあるからだ。そう思うと無性に腹立たしく感じた。
だからかだろうか「今日は何をしていた?」と馬鹿みたいに繰り返したのは。
口に出す度に虚しさを覚えるのに、彼女の口から些末な事だと言って欲しかった。
だが結局、ユーリウスが望んだ言葉は聞けぬまま、エレノラとの最後のお茶会は終わってしまった。
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