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五十三話〜一難去ってまた一難〜
しおりを挟むエレノラが留守番をしていると、珍しく早く往診が終わり昼過ぎに診療所にクロエが帰ってきた。
彼女からの提案でお茶をする事になったが、気分は沈んでいた。
「エレノラ嬢、今日は元気がないな。ユーリウス・ブロンダンは回復したのだろう?」
ユーリウスが回復してから数日、今朝彼は仕事に向かうべく屋敷を出て行った。
これでようやく落ち着いて薬作りに没頭出来るとエレノラは胸を撫で下ろした。
先日ユーリウスから請求書の支払いをして貰い、更にクロエからはお給金を貰えるのでこれは結構順調なのでは? と浮かれるのも束の間、今朝生家から届いた手紙を見て絶望して床に膝を付いた。
例の末の弟が詐欺に遭った被害金額が予想以上で、ユーリウスからの支払いとクロエのお給金を足してもたらない……。
これは品位維持費から補填するしかないだろうと落胆したのも束の間……更に手紙の追記に「先日、旦那様が売れなくて困っているという方から魔除けだといわれる頭の三つある犬の置物を買って帰宅されました。金額はーー」とさらりと恐ろしい事が書かれていた。
その金額を見て卒倒しそうになった。
(そもそ頭が三つの犬って何⁉︎ それ本当に魔除けなの⁉︎ 寧ろ悪いものを呼びそうなんだけど⁉︎)
「なるほど、それは大変だったな」
「え、もしかして、また口に出してましたか⁉︎」
「所々だが、大体は把握した」
エレノラはまたやってしまったと心の中で悶絶する。
穴があったら入りたい……いや寧ろ、ないなら掘ってでも入りたい!
羞恥心に耐え切れず席を立つ。
反省する為に外に出ようとするがクロエに止められてしまった。
「人間誰しも失敗はある。それに君のそれは長所だ。恥じる事はない」
「ありがとうございます……」
慰めて貰うが全く慰めになっていない。
ただクロエの場合他意はないのは分かっているので、取り敢えずお礼を言う他ない。そして逃げられないと諦めた。
気持ちを落ち着かせる為にお茶を一気に飲み干すと、クロエがお茶のお代わりを淹れてくれた。
普段彼女は淡々としているが、気遣ってくれる優しい人だと改めて実感する。
「ほら、新鮮なベリーだ」
シュウ!
退屈そうにしていたミルに、患者さんから貰ってきたというベリーをクロエは与える。
その様子にすっかり懐いていると笑ってしまった。
「そういえば、クロエ様はアンセイム様と昔から仲が良いんですか?」
少し気になっていた事を聞いてみる。
「いやそうでもない。ただ同い年故、昔から顔を合わせる機会は多かったが、元々彼は夫の友人でね」
話を聞けばクロエと彼女の夫、アンセイムは同い年で幼い頃からよくお茶会などで顔を合わせていたそうだ。そんな中で彼女の夫とアンセイムは友人関係となり、彼女が現夫と婚約した事がきっかけとなりクロエも交流を持つようになったという。
「アンセイムが気になるか?」
「……とても良い方だと思っていたんですけど、良く分からなくなりました」
フラヴィへの嫌がらせにユーリウスへの態度ーーお茶会での出来事を思い出しエレノラは眉根を寄せた。
「幻滅したか?」
「幻滅というより残念に感じてしまって……」
初めて会った時はとても紳士的だと思った。二回目に会った時は悪戯っ子みたいなお茶目な一面を知り、三回目に会った時は気さくで優しく良い人だと改めて思った。
だが四回目にお茶会で会った時、彼は平然と嫌がらせをし病人を無視した。
確かにフラヴィは人をお芋様と言って見下してきたりお茶に虫を入れて嫌がらせをしてくるような女性で、ユーリウスに至ってはただのクズではあるが、アンセイムも程度が同じだと思うと少しがっかりした。
「アンセイムは一見すると友好的で紳士だが、昔から変わり者で難解な人物だ。未だに私も彼の思考が理解出来ていない。ただ気に入った人間に対しては執着する傾向にあるのは確かだ」
「それって、クロエ様の事もですか?」
「いや、彼がここに来るのは私に会いに来ている訳ではなく、診療所が気に入っているからだ。そう考えると人だけではなく物にも執着するのかも知れない」
クロエの説明にエレノラは目を丸くする。
以前アンセイムとクロエが話している様子を見て仲が良く見えたが、実は彼はこの診療所が気に入っているに過ぎないという。
益々分からなくなった。
それならエレノラに良くしてくれたのは何か別の目的があったのかも知れない。
「エレノラ嬢、アンセイムには気を付けた方がいい」
「それはどういう意味ですか?」
「恐らく君を気に入っている」
余りに真剣な表情で突拍子もない事を言うのでつい笑ってしまった。
「冗談ではないんだが」
「すみません。でも私みたいな田舎者を気に入って下さっても、何も出ないですよ?」
ど田舎貴族で貧乏で財産と呼べる物は何もない。
ブロンダン家に嫁いだ身ではあるが、アンセイムやクロエにはお金で買われた嫁だという事もバレているし、そこに価値はない。強いて言えば、先程上げた別の目的にブロンダン家と関わりがあるのかも知れないが、アンセイムがエレノラ自身に執着するようなものは何もない筈だ。
「エレノラ嬢は己を分かっていない。君は魅力的な女性だ。君に付加価値は必要ない」
「クロエ様……」
お世辞だと分かっていても、こんなに素敵な美女にそんな風に言われたら同性であろうと胸がときめいてしまう。
「ご忠告、ありがとうございます。でも本当に大丈夫です」
これまで偶然出会す事があったが、そもそもアンセイムと顔を合わせる機会などそうあるものではない。
それよりも今心配しなくてはならない事はお金の事だ。
怪しげな魔除けの置物のせいで、馬車馬のように働かなくてはならない。
(よし、私は今日から芋から馬車馬に進化するわ!)
「馬車馬?」
「いえ、こっちのお話です……」
また心の声がダダ漏れていたと、慌てて口を噤んだ。
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