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六十八話〜クズは殴られたい〜
しおりを挟む向かい側に座っている超大型の駄犬が小さくなっている。
エレノラは氷嚢を左頬にあてながら苦笑した。
あれから我に返ったユーリウスが慌てて呼んだ医師に診察を受けた後、ユーリウスに事の経緯を説明した。その間彼は目を見張ったかと思えば眉根を寄せた、かと思えば顔を顰め目を吊り上げてすぐさま目尻を下げるという顔芸を繰り広げた後に今の情けない状態になった。
「まさかフラヴィがこんな強硬手段に出るとは思わなかった。すまない、君の言うように私の責任だ……。ただ自分自身を殴るのは中々難しいものがある」
真面目にそう話す姿に本気で反省しているように見えた。ただ流石に自分自身を殴るのは嫌みたいだ。
だがまあいくらクズだろうと仕方がない。暴力は良くない。
それにエレノラだって本気でユーリウスに殴られて欲しい訳ではない。それくらい反省して欲しいとの意味で言ったに過ぎないのだ。
「そこで提案がある。ミルを借りたい」
「はい?」
脈略のない言葉に思わず間の抜けた声が出た。
ただ余りにも真剣な表情を浮かべているので、取り敢えずボニーに頼んでエレノラの部屋からミルを連れて来て貰う事にする。
余談だが、フラヴィの異様さを感じ心配になり避難させていた。
「ミル、頼みがある」
……。
程なくしてミルはボニーの手に乗せられやってきた。そしてユーリウスの前のテーブルの上に下ろされたミルは物凄く嫌そうな顔で彼を見る。
「私を殴ってくれ」
シュウ?
「ユーリウス様、一体何を仰るんですか⁉︎」
予想外の言葉にエレノラは驚き声を上げるが、ミルは可愛く小首を傾げた。
「いやこれが最善だと思ったんだ。私は人を殴った事がなく不慣れだ。そんな人間が自分自身を殴るとなると、防衛本能が働き無意識に手加減をしてしまう可能性がある。それでは無意味だ」
てっきり難しいとは精神的な話かと思ったが、どうやら物理的な話のようだ。いやある意味精神的でもあるのか……?
そんな事よりユーリウスは全力で殴られにいこうとしているみたいだと困惑をする。
「本来ならばエレノラ、君に殴られたい」
「え……」
真剣な彼の眼差しが見つめてくる。
エレノラの心臓は大きく跳ねた。
(今のちょっと……気持ち悪かったかも)
他意はないのだろうが少し変態に見えてしまった。
「だが、慈悲深い君にそんな重荷は背負わせられない。だからと言って、第三者に頼むのも実質無理だろう」
第三者とは屋敷の使用人達の事だろう。
確かにいくら命令でも主人を殴れる強者は少なくてもこの屋敷にはいない筈だ。仮に屋敷外の人間に頼んだとして、本人からの要望といえど公爵令息を殴ったとなればかなりの大事になってしまう。
「そこでミルの出番という訳だ」
名案だとばかりに話すが、エレノラは首を横に振った。
「先程はあのように言いましたが、言葉のあやです。本気で殴って欲しいとは思っていません」
だが殴る選択肢しかないのならば、そこはやはり元凶であるユーリウスが殴られるべきだとは思う。間違いない。
「いやダメだ! 君をそんな目に遭わせて私だけ無傷でいられる筈がないだろう⁉︎」
「……」
普通ならば尊敬出来そうな台詞だが、元凶そのものに言われてもいまいちしっくりこない。それに気にするべきはそこじゃないように思う。
「さあミル! 私を殴ってくれ‼︎ 遠慮などーーっ‼︎‼︎」
シュウッ‼︎
言葉が言い終わる前に、ミルはユーリウス目掛けて飛び上がった。そしてパンチではなく力強い足蹴りが彼の右頬にめり込む。
その光景を見て先程のミルを思い出す。
可愛く小首を傾げていたのは言葉の意味が理解出来なかった訳ではなく、恐らくーー
シュウ?(え、ヤッてもいいん?)
と言っていたのだろうと。
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