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六十九話〜責任〜
しおりを挟む向かい側に座り氷嚢を右頬に当てているユーリウスの頬はエレノラの倍は腫れ上がっている。
先程また医師を呼び今度はユーリウスが診て貰うはめになった。
「大丈夫ですか?」
「君の傷に比べればかすり傷だ」
明らかにそんな事はないと思うのだが……。
どうやらミルから随分と恨みを買っていたらしいユーリウスは、右頬にかなりの勢いで足蹴りを食らった。
まあ食べ物の恨みは恐ろしいとよくいうし仕方がないだろう。
「でも、ユーリウス様の方が重症じゃないですか?」
現に医師もエレノラの時より更に驚いていた。ただ一応ユーリウスの名誉の為にミルに足蹴りされた事は黙っておいた。医師から何があったかと聞かれた時、彼は気不味そうにして黙っていたからだ。
「女性が顔に傷を受ける事と男性が受けるのとでは事の重大さが違うだろう」
「芋顔ですが」
「関係ない」
気遣っているが否定しない所は実に彼らしい。
「そういえば、ユーリウス様は私と離縁されたいんですか?」
ふとフラヴィとの会話のやり取りを思い出し聞いてみた。
「なっ、どうして突然そんな話になるんだ⁉︎」
その瞬間、ユーリウスは声を荒げ目を見開き立ち上がると手から氷嚢を落とした。
人払いをしてしまい応接間には今、エレノラとユーリウスしかいないので仕方なく落ちた氷嚢を拾って手渡す。
「先程のフラヴィ様の様子から察するに、邪魔者は私の方なのかもと思いまして」
「そんな筈ないだろう⁉︎ 私は、君と離縁したいなど微塵も思っていないっ」
ハッキリと否定する。
意外な反応に眉を上げた。
てっきり「芋娘が妻なんだ、当然だろう」と涼しい顔で言うかと思った。
「でも芋はお嫌いなのでは?」
「……嫌いじゃ、なくなった」
「え……」
「だから嫌いではないと言っているんだ! 寧ろ、すう、すぅ、すぅぅ、だ‼︎」
(何それ、新しい言語? いやもしかして、都会の言葉?)
訝しげに見ていると、何故か息を切らしているユーリウスと目が合う。すると彼は頬を赤く染め目を逸らした。
よく分からないが離縁はしたくないらしい。エレノラは少しホッとした。
「それで、フラヴィ様とは一体何があったんですか?」
エレノラは改めて本題に入る。
愛人との揉め事に巻き込まれるのは正直ごめんだが、また屋敷に乗り込んでこられても困る。ある程度状況を把握しておいた方がいいだろう。場合によっては対策が必要だ。
「落ち着いたら君にも話すつもりだったが、このような状況になった以上仕方がない。実は数日程前にーー」
その後、暫く黙ってユーリウスの話を聞いていたが、意外過ぎる内容に驚きながらも呆れてしまった。
「お話は分かりました。ですがその後はどうされるおつもりだったんですか?」
「どうとは?」
目を丸くしている姿に本気で理解していない事が分かりため息が出た。
「ユーリウス様が彼女達とのこれまでの関係を終わりにしたい事は分かりましたが、彼女達はこれからどうするんですか? 嫁ぎ先は決まっているんですか?」
「いや、それは分からないが、婚姻の支度金と同等のお金は用意するつもりだ」
彼の言葉に左頬のみならず頭まで痛くなってくる気がした。
ユーリウスの話では、数日前にフラヴィに別れ話をしたそうだが当然彼女は納得せず揉めた。それからは顔を合わせていなかったという。更に他の愛人達全員には手紙でその趣旨を告げたらしいが、そちらもまだ返事はきていないそうだ。要するに何一つ解決していないという事になる。
突然のユーリウスの心境の変化の理由は取り敢えず今は置いておくとして、先通しが甘過ぎる彼に怒りすら覚える。
「ユーリウス様、フラヴィ様のご年齢はご存知ですか?」
「私と同じ年齢だが……」
「なるほど」
フラヴィ含め他の愛人達の詳しい年齢は知らなかったが、恐らく似たり寄ったりと思われる。エレノラが想像していたよりも少し上だった。これは益々崖っぷちだ。
「女性の適齢期は十六歳から二十三歳でぎりぎりです。この意味がお分かりですか?」
「それは……」
そこでようやく合点がいったようにハッとした顔をした。
彼の場合本気でそこまで考えていなかったのだろう。仕事は優秀らしいが、私生活となるとただのクズで駄犬でボンクラでおまけに少し変態疑惑も浮上した。
最近少し慣れてきて、ちょっぴりクズにも良い所があるかも知れないと思っていたがやはりクズはクズに過ぎないとしみじみ思う。
「いいですか? 二十四歳ともなると、今から嫁ぎ先を探すのはかなり厳しくなります。更に公にユーリウス様の愛人をしていた事を考えると、嫁ぎ先が見つかる可能性は十パーセントくらいですね」
あくまでエレノラの見解であり、それには色んな条件がついてくる。
例えば分かり易い所で容姿。幾ら適齢期が過ぎていてもそれなりの美女なら結婚したいという男性もいる。
また良い家柄で更に男性側の方が身分が低い場合、更にはそれなりに歳が上の男性や離縁歴があったり、死別した男性などは愛人だった事実があっても気にしない可能性もある。
「彼女達のこれまでの振る舞いは決して褒められたものではなく、正直自己責任です。ですがユーリウス様の責任も同等に、いえそれ以上に大きいと思います。私は嫁いできてまだ半年程なので、ユーリウス様やフラヴィ様方との実際の関係がどのようなものなのかはよく分かりません。ですが必要としなくなったらお金を渡してそれで終わりにするのは余りにも酷です」
「……君が言っている事が理解出来ない。フラヴィや他の女性達も、向こうから私と身体だけの関係を望んできたんだ。私はただそれに応じていただけだ。会う時も私から誘った事など一度もない。私はただ女性を抱きたかった、彼女達はユーリウス・ブロンダンという価値ある男に抱かれたかったそれだけだろう。そこに愛などはなく、謂わば利害の一致だ。互いに不要になれば終わる希薄な関係に過ぎない」
感情が抜け落ちたような表情で淡々と話す姿にエレノラは眉を顰め開けかけた唇を結んだ。
言葉が見つからなかった。
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